EP17 味方たち
王宮の謁見の間は、絢爛たる魔法灯に照らされていた。レオンは遠く離れたカトレイユ領の作業場で、最新のスライム・リザーバーの設計図を描きながら、エレナが今頃どのようなプレゼンテーションをしているか想像していた。
**エレナならきっと、あの冷徹な笑みを浮かべながら、完璧に演出した『真実』を提示しているだろう。**
一方、王宮ではエレナ・フォン・ローレンツが若き王子の前に立ち、机の上に配置された四つの水晶容器を指し示していた。
「殿下、これが辺境伯家が開発した新たな魔力供給システムの核心です」
彼女の声は理知的で、しかし熱を帯びている。眼鏡の奥の瞳は、王子と側近の宮廷魔導師たちをじっと見据えていた。
第一の水晶容器には青く輝く液体が満たされている。「循環魔導液、マナ・サーキュラー。従来の魔石とは異なり、流動性を持ったエネルギー媒体です」
王子が興味深そうに身を乗り出す。「液体の魔力?そんなものが可能なのか?」
「はい。そしてこれが」エレナが第二の容器を指す。「励起抽出媒体、エキサイティング・フルード。魔力を活性化させる特殊な溶液です」
**さあ、ここからが本番だ。**エレナの心の声が響く。彼女の指が第三の容器に向かう。中には柔軟な樹脂製の袋が収められている。
「魔力封入体、スライム・ポッド。この中にエキサイティング・フルードを満たし、くず魔石を投入することで魔力を抽出します」
宮廷魔導師長が疑わしげに眉をひそめる。「くず魔石など、魔力などほとんど残っていないではないか」
エレナの口元に微かな笑みが浮かぶ。彼女が最後の容器を取り出す。中にはきらめく銀白色の粉末が入っている。
「これが最大の秘密です。魔素転換触媒、コンバート・パウダー。特に『星屑の粉末』と呼ばれる希少な素材を配合することで、くず魔石からも効率的な魔力抽出が可能になるのです」
**レオン、見ていてね。私たちの共謀が、今、歴史を動かす。**エレナの瞳の奥に、ほのかな喜びが光る。
王子は真剣な表情で質問する。「この『星屑の粉末』はどこで入手できる?」
「ごく限られた鉱脈でしか採掘されない希少な素材です」エレナの声にはわずかなためらいが含まれている。「そのため、現段階では大量生産は難しいのですが……」
彼女の説明は完璧に計算されていた。初期型の高コスト製法を「完成形」として提示し、レオンがすでに開発した安価な代替素材については一言も触れない。
***
一方、王国外延部のとある男爵領では、カイル・フォン・ローレンツが宰相の息子と共に、粗末な馬車で領地に入っていた。
「てめえのところ、随分と荒れてるな」
カイルの言葉に、老いた男爵が肩を落とす。「核魔石が三年前に完全に枯渇してからは、街灯も障壁もすべて停止したままだ。王都からの支援も期待できない」
カイルが馬車からスライム・ポッドを取り出す。「心配するな。今日からお前の領地にも光が戻る」
**一振りの剣で守れるのはせいぜい数人だが、この小さな袋で救える命は何百、何千にも及ぶ。**カイルの心に、新たな自覚が生まれていた。
宰相の息子が詳細な設置手順を説明する。カイルはかつてのように黙って従うだけではなく、領民たちの疑問に一つ一つ丁寧に答えていた。
「どうしてそんなに優しくなったんだ?」宰相の息子がからかうように尋ねる。
カイルは遠くを見つめる。「レオンがあの時言っていた。『技術とは、弱き者を守るための武器だ』と。俺はただの武人じゃない。レオンの技術を現実にするための『手足』なんだ」
ポッドが設置され、くず魔石が投入される瞬間、領主館の魔法灯が数年ぶりに青白い光を放った。
「光った……!本当に光った!」老男爵の目に涙が光る。
カイルは固く握手を求める。「これからは辺境伯と宰相閣下を信じてくれ。俺たちは、中央に見捨てられた者たちを決して見捨てない」
***
同じ頃、王宮ではエレナのデモンストレーションが佳境を迎えていた。
「では、実演させていただきます」
エレナが小さなスライム・ポッドを机の上に置く。中にはすでにエキサイティング・フルードが満たされている。
「ご覧の通り、これはごく普通のくず魔石です」彼女が風化した白い石を示す。
**さあ、魔法の瞬間よ。**エレナの指先が微かに震える。
くず魔石がポッドの中に落とされる。一瞬の静寂の後、青い光が爆発的に輝き出す。
「なんと……!」王子が立ち上がる。
宮廷魔導師長も驚愕の表情を浮かべる。「あの枯れ果てた石から、これほどの魔力が?」
エレナは冷静に説明を続ける。「星屑の粉末の効果により、くず魔石中の残留魔力が完全に活性化されます。従来の核魔石に依存する必要はもうありません」
**レオン、私たちの技術が、ここで認められる。でも本当の核心は、まだ誰にも教えないわ。**エレナの瞳に狡猾な光が一瞬走る。
王子は深く感銘を受けた様子で、「即刻、この技術を王宮に導入せよ」と命じる。
しかしエレナは慎重に注意を促す。「殿下、星屑の粉末の調達には時間がかかります。まずは限られた範囲での導入を提案いたします」
***
その夜、三か所でそれぞれの成果が報告された。
レオンはカトレイユ領の作業場で、エレナからの魔導通信を受けている。
「王族の心は確かに掴んだ。でも、彼らに教えたのはあくまで『高級版』の製法よ」
レオンの口元に笑みが浮かぶ。「それでいい。本当の技術は、カイルたちが広めている『大衆版』の方だ」
一方、遠い男爵領では、カイルが領主たちとの宴席に臨んでいた。かつてはこうした場を苦手としていたが、今夜は違う。
「辺境伯家のご厚意に、心から感謝します」老男爵が杯を掲げる。
カイルは毅然とした態度で応える。「これは施しではありません。新たな同盟の始まりです」
**レオンが『知』を、俺は『和』を。これが俺たちの戦い方だ。**カイルの心に、指導者としての自覚が確かに根付いていた。
エレナは王宮の客室で、明日からの戦略を練っている。
「保守派貴族たちも、いずれこの技術の脅威に気づくだろう。それまでに、どれだけ多くの支持者を獲得できるかが鍵だ」
彼女の机の上には、カイルたちから送られてきた報告書が積まれている。一つ一つの領地で灯りが戻り、人々の希望が蘇っている。
レオンは作業場を出て、星の光る夜空を見上げた。
**エレナは王族の心を、カイルは民衆の心を動かしている。そして俺は、彼らを支える技術を磨き続ける。**
三人はそれぞれの場所で、静かな決意を新たにしていた。青き光の革命は、確かに進行していた――しかし、本当の戦いはこれから始まるのだ。




