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EP14 波紋

辺境の村々では、レオンの技術が熱狂的に迎えられていた。核魔石がひび割れ、障壁がかすかに光るだけの貧しい領地で、スライム・ポッドの青い輝きはまさに救世主の到来を告げるものだった。

「もう一度言うぞ、レオン様」老領主が涙ながらにレオンの手を握る。「この技術が半年前に来てくれていれば、わが娘は魔獣に襲われずに済んだ」

レオンの胸が痛んだ。計算上、この領地の核魔石は三ヶ月前には完全に砕けていた。つまり、この老領主の言葉は真実だった。

「すみません」レオンは小声で呟いた。「もっと早く――」

「謝るな」辺境伯ヴィクトールが背後から声をかける。「お前の技術は、これから多くの命を救う。過去を悔やむより、未来を築け」

ヴィクトールの目には、冷徹な評価の光が宿っていた。辺境を巡回するこの旅で、彼はレオンの技術が辺境地域でいかに効果的かを目の当たりにしていた。王都から遠く離れ、魔石の供給が滞りがちなこれらの土地では、スライムを使ったシステムが唯一の現実的な解決策だった。

「父上、次の領地はどうしますか?」カイルが馬を寄せて尋ねる。彼の顔には辺境の風土が刻まれた日焼けの跡がくっきりと浮かんでいた。

「フォルテ男爵領だ。あそこの核魔石はまだ若干の余力があるはずだが……」ヴィクトールの目が細くなる。「お前たちの技術が通用するか、良い試金石になるだろう」

***

フォルテ男爵領は、辺境とはまったく異なる風景が広がっていた。領主館は白亜の城壁に囲まれ、庭園には手入れの行き届いた噴水が美しい水しぶきを上げている。しかしレオンの目には、その華やかさの裏にある脆さが見えていた。

「障壁の効率が35%以下です」レオンが計算板を手に呟く。「見た目の豪華さとは裏腹に、エネルギーは枯渇寸前です」

カイルが鼻で笑った。「てめえの目には、数字で世界が映ってるんだな」

領主館の応接間では、フォルテ男爵が待ち構えていた。50代半ばの男は、王都風の絹の服を着込み、指には分厚い魔石の指輪をはめている。

「辺境伯閣下、ご無沙汰しております」男爵の笑顔にはどこか虚ろいものがあった。「ですが、お連れの…この少年の提案については、少し疑問がございます」

レオンがスライム・ポッドの模型を差し出す。「男爵様、このシステムであれば、您の領地のエネルギー問題を解決できます」

「ふん」男爵は模型をちらりと見るだけで、すぐに目を背けた。「スライムごときで核魔石の代わりが務まると思うか?笑止千万だ」

ヴィクトールが冷静に口を挟む。「フォルテ卿、私は自分の直轄領でこの技術の有効性を確認している」

「辺境伯閣下の領地と、我が領地では事情が違います」男爵の声には露骨な軽蔑がにじんでいた。「我が家は代々、純粋な魔導技術を尊んで参りました。スライムのような…下等な生物を使うなど、穢れでございます」

レオンの指が無意識に硬直した。前世の病院で、最新医療機器を「怪しい民間療法」と嘲笑う医師たちの顔がかすかによぎった。

**同じだ。どの世界でも、新しいものは拒絶される。**

「では、実証してみせましょう」レオンが静かに言う。「現在の核魔石の状態を検査させてください」

男爵の顔が曇った。「核魔石は我が家の宝だ。異物によって穢されるわけにはいかぬ」

その瞬間、レオンの持つ魔力検知器が微かに振れた。男爵の魔石指輪から、かすかな魔力の漏れを感知したのだ。

「男爵様」レオンの声は冷静そのもの。「您の指輪の魔石、ひびが入っていますよ。それでいてお使いになっているということは……」

場の空気が一瞬で張り詰めた。男爵の顔から血の気が引く。

「失礼な!」男爵が立ち上がり、机を叩く。「下賤の者が、我が家宝に口を挟むとは!」

ヴィクトールがゆっくりと立ち上がった。「フォルテ卿、レオン・フォン・カトレイユはわが辺境伯家の客だ。その言葉を『下賤』と呼ぶとは、我が家への侮辱か?」

冷たい威圧感に、男爵はしばし言葉を失った。

***

その夜、領主館の客間でレオンは計算板を広げていた。窓の外では、かすかに光る障壁の向こうで魔獣の咆哮が聞こえる。

「てめえ、まだ働いてるのか」カイルが部屋に入ってきて、疲れた様子で椅子に腰を下ろす。「あのゴミジジイの言うことなんか、気にするなよ」

「気にしてない」レオンは計算を続けながら答えた。「ただ、問題は男爵個人じゃない。彼のような考えの領主が、王都周辺にはまだたくさんいる」

カイルが大きなため息をついた。「まったく、王都の連中は頭が固すぎる。目の前で実証されても信じようとしない」

「必要性の問題だ」レオンの指が計算板の上を滑る。「辺境では魔石がなくて死にかけている。だから新しい技術を受け入れる。でも王都近くの領地では、まだ多少の余裕がある。だから変革を拒む」

**人間の心理は、どの世界でも同じだ。切羽詰まらないと、変化を嫌う。**

突然、窓ガラスが微かに震えた。遠くで何かが爆発する音が聞こえる。

「なんだ?」カイルが警戒して立ち上がる。

レオンも計算板を置いた。「魔獣の襲撃か?」

「違う」カイルの目が鋭くなる。「音の方向が違う。あれは――」

次の瞬間、部屋のドアが吹き飛んだ。黒い装束の三人組が室内に乱入してくる。手には短剣と、魔力を帯びた杖。

「 Target acquired.」一番背の高い男が冷たく宣言する。

カイルは即座に反応した。テーブルを蹴り飛ばして刺客の一人をよろめかせ、レオンの前に立ちはだかる。

「てめえら、どこの勢力だ!」

「死ねば知ることもない」刺客の魔導師が杖を掲げる。「辺境伯の寵愛を受ける悪魔の子よ!」

青い閃光が部屋を照らす。魔法の矢がレオンに向かって放たれた。

「遅い!」カイルが大剣を振るい、魔法の矢を払いのける。しかし次の瞬間、別の刺客が放った無数の氷の針がカイルの左腕を貫いた。

「ぐっ……!」

「カイル!」

カイルは痛みに顔を歪めながらも、立ち位置を崩さない。「心配するな、レオン。こんなもん、かすり傷だ」

しかしレオンの目には、カイルの腕から滴る血の赤さが鮮烈に焼き付いた。前世、無菌室で見た輸血用の血袋の色を思い出させる。

**また……守られてばかりだ。**

カイルは負傷しながらも戦い続けた。18歳の騎士の肉体を駆使し、刺客たちを次々と追い詰めていく。しかし相手はプロの暗殺者だ。カイルの動きを読んで、巧妙に連携攻撃を仕掛けてくる。

「もういい、レオンを渡せ!」魔導師が杖を構える。「さもなければ、お前も一緒に死ぬぞ!」

カイルの唇が歪んだ。「ふん……てめえらごときが、俺の主を傷つけられると思うか?」

その言葉に、レオンははっとした。カイルは辺境伯の嫡男だ。本来なら「俺の父の客」と言うべきところを、「俺の主」と言った。

戦闘はさらに激化した。カイルはますます深手を負いながらも、レオンを守り抜いた。最終的に三人の刺客は撤退したが、カイルの体には無数の傷が残された。

***

次の日、レオンは作業場に閉じこもった。カイルの包帯から滲む血を見て、彼の中である決意が固まった。

**技術は人を殺すためではなく、守るためにあるはずだ。**

作業台の上には、スライム原液と各種のパウダーが並べられている。レオンは慎重に配合比率を変えながら、新しい樹脂の開発に没頭した。

「魔力を遮断する……エネルギーを減衰させる……」彼の独白が作業場に響く。「金属鎧じゃない。流体装甲……前世の防弾チョッキのように……」

何時間も試行錯誤を重ねた末、レオンはある配合を見つけた。極薄に伸ばしたスライム樹脂が、魔法エネルギーを効果的に吸収する特性を持っていた。

「これだ」

レオンは開発した樹脂膜を窓辺に貼り、微弱な魔力を流し込んだ。膜の表面に干渉波が広がり、外部からの魔力攻撃を分散させる様子が確認できる。

**カイルのためにも、もう守られる側で終わりたくない。**

そのとき、作業場のドアが開いた。包帯だらけのカイルが立っている。

「てめえ、また変なものを作りやがって」

レオンは微かに笑った。「君を守るためのものだ」

「俺は騎士だ。守られる必要はない」

「でも私はエンジニアだ」レオンの目には強い意志が光っていた。「私の技術で、守りたい人がいる」

カイルはしばし黙ってレオンを見つめ、やがて苦笑した。「まったく……てめえはほんとに変な奴だ」

***

一方、フォルテ男爵領での事件は、思わぬ方向に発展していた。男爵はレオンの技術を「危険な異端」として王都に報告し、それが政敵の耳に入ったのだ。

王都のとある貴族の屋敷では、老魔導師が報告書を手に沉吟している。

「スライムで動く魔導具……かつてない発想だ」

「辺境伯がそんなものを使って、何を企んでいるのか」貴族が葡萄酒を傾けながら問う。

「わかりませんが……もしこれが本当に機能するなら、魔石利権は完全に崩壊します」

老魔導師の目には恐怖の色が浮かんでいた。彼の一族は代々、魔石の採掘権で莫大な富を築いてきた。

「辺境伯が未知の兵器を開発している……そう考えるのが自然でしょう」

貴族の顔に陰険な笑みが浮かんだ。「ならば、我々も動かねばなるまいな。ヴィクトール・フォン・ローレンツの野望を、潰さねば」

王都の空には、重苦しい雲が垂れ込めていた。静かに、しかし確実に、内乱の気配が漂い始めている。

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