EP13 波及
レオンは作業台の上に羊皮紙を広げた。15歳の指先が、墨で描かれた設計図の上を滑る。
「これが『心臓と血管』のシステムだ」
図面には、二種類の装置が描かれている。一つは村の中心に置かれるスライム・ポッド。もう一つは、そこから農地へと延びるスライム・ホースのネットワーク。
カイルが首をかしげる。「てめえ、また変なものを作りやがったな」
「魔力を生むだけじゃ足りない」レオンの指がホースの経路をなぞる。「ロスなく運ばなければ意味がない。点滴の管が詰まれば、薬は届かない。同じだ」
***
馬車は次の領地、フォルテ男爵領へと向かっていた。道中の景色はカトレイユ領よりもさらに荒廃している。畑は完全に枯れ、民家の屋根には大きな穴が空いていた。
「あの障壁、もう持たないな」カイルが空を指さす。
頭上では、薄くひび割れた障壁がかすかに光っている。向こう側では魔獣の影が蠢き、時折爪で引っ掻く音が聞こえてくる。
レオンの目が細くなる。「あと数ヶ月も持たない。計算上は」
領主館の応接間では、フォルテ男爵が待ち構えていた。50代前半の男だが、疲労とストレスで60代のように見える。
「カトレイユの若様か。噂には聞いているが……」
レオンは図面を広げる。「男爵様、あなたの領地を救う提案を持って参りました」
「核魔石をこのスライム・ポッドに置き換え、灌漑システムを導入する――」
「馬鹿な!」男爵が立ち上がり、机を叩く。「先祖代々の核魔石を外せと言うのか?正気の沙汰ではない!」
家臣たちも一斉に立ち上がる。剣に手をかける者もいる。
「障壁が消えれば、我が一族は全滅だ!お前の提案は自殺の強要だ!」
レオンは動じない。「現在の核魔石は、かえって領地を危険に晒しています。ひび割れから魔力が漏れ、効率は20%以下です」
「数字などどうでもよい!これは我が家の宝だ!」
罵声が飛び交う中、レオンは静かに言う。
「僕が、死なせはしない」
その瞬間、カイルが前に出る。
「それなら、私の命を賭けよう」
彼は懐から銀の印章を取り出す。辺境伯家の紋章が刻まれたそれは、場内を凍りつかせた。
「父・ローレンツ辺境伯の名にかけて、この少年の技術に私の命を預けている」
***
震える男爵の前で、レオンは核魔石の台座に近づく。
「ご覚悟を」
パリン――
ひび割れた石は粉々に砕け散った。男爵の顔から血の気が引く。
しかしレオンの手は確かだ。スライム・ポッドを取り出し、ユニバーサル・ソケットに合わせる。
「カチリ」
一瞬の静寂後――
ドクン!
青い光が迸り出した。頭上では、脆かった障壁がみるみると強固な青きクリスタルへと変わる。魔獣の爪音は消え、代わりに静謐な光が領地を包み込んだ。
「信じてください」レオンがホースを取り出す。「これが血管です」
水源近くに設置した第二のポッドから、ホースが農地へと延びる。レオンがバルブを開ける。
青く輝く魔力水が流れ出し、枯れ果てた大地を潤す。
驚くべきことが起きた。茶色かった土がみるみると緑に染まり、芽が吹き出した。まるで時間が早回しされるように、農地が命を取り戻していく。
「神々しい……」男爵が膝をつく。「これこそ、真の魔導技師……」
レオンは淡々と作業を続ける。彼の目には、父親を救ったあの日と同じ光景が映っている。
技術が希望を生む。循環が命を育む。
青き光に包まれたフォルテ領は、確かな再生の時を迎えていた。




