表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇の女王と真贋の迷宮(ラビリンス)〜地味な薬局店員の怪盗令嬢は、宿敵騎士を誘惑し、宝石と王冠と心を奪う〜  作者: 由畝 啓


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/10

6. 憲兵騎士団長と魔法薬局店員


フレイヤの日課は、鏡を見ることだ。

化粧をして、髪を整える──それだけのためではない。


前を向いて、横を向く。

口角を上げ、目を細め、眦を下げる。


目を伏せた、角度。

人から見られる、そのわずかな角度と距離の差で、印象は変わる。


口を開く、タイミング。

ちょっとした、躊躇。

視線の向き。


戸惑うような、声の振るわせ方。


一挙手一投足が、人の印象を形作る。

積み重ねられた言動で、人は相手を判断する。


純粋か、打算か。

無垢か、悪徳か。


真実は誰も知らないのに、ほんのわずかな違いだけで、人々は断じる。

それこそが、フレイヤが仕掛ける細工の一つだった。


ほんのわずかな作為は、今はもはや無意識だ。


「団長さま」


微かに滲む喜びを、懸命に隠す──そんな素振りを見せることすら訳はない。

フレイヤに気がついたラルスは顔を上げ、ほんの僅か目尻を緩めた。


「ああ」


ラルスはフレイヤの名を滅多に呼ばない。

フレイヤが居ない場所で仲間と話す時は、フレイヤ嬢と口にするらしい。

だが、本人を前にしては、気恥ずかしいようだ。


フレイヤも、ラルスの名を呼んだことはない──()()()()()()()()


奥手の二人だと、騎士たちに噂されているのは知っている。

それくらいが、フレイヤにはちょうど良かった。

必然的に、フレイヤは比較される。王太子の側に現れた女──彼女の計算高さとか弱さ、そしてフレイヤの純真無垢ながら凛とした姿はまさに対照的だ。


「お薬をお持ちいたしました。特に足りないものはありますか?」

「そうだな」


ラルフは少し目を伏せる。医務室に残っている薬の在庫を思い出しているのだろう。

普通、医務室には専属の薬師がいる。だが、今の王立憲兵騎士団に専属薬師はいない。

だから、騎士たちは極力、怪我や病の治療を独力で対応していた。

それでも足りない時は、街の医者を呼ぶ。

医者を呼ぶほどでもないが自分たちでは難しい、そういう時に、フレイヤが役立っていた。


「傷薬が減っているな。あと、湿布薬があれば助かる。今回はちょっと──打撲が多かったんだ」


知っていると、フレイヤは言わなかった。


「そうですか」


代わりに、少し心配そうに言う。


「大怪我でなければ良いのですけれど。打撲も、一つ間違えれば命に関わりますから」

「ああ、そこは大丈夫だ。命に別状はない」


生真面目にラルスは答える。

その口調は、普段と比べて柔らかい。フレイヤを見つめる目も優しい。

だが、フレイヤは気が付いてない素振りで、気兼ねする視線をラルフに向けた。


「団長さまはお怪我はされていないのですか」

「この通り、ピンピンしているよ」


でも心配してくれてありがとうと、ラルスは口角を上げる。


ラルスは顔が良い。若くして王立憲兵騎士団(ジャンダルムリ)の団長を務める。

王太子やその側近たちも若く格好良いと評判だが、さすがに手が届かない。少女や適齢期の女性たちは王太子たちに憧れるが、手の届く存在としてラルスたち王立憲兵騎士団(ジャンダルムリ)を狙っていた。

中でも、ラルスは一番人気だ。公開訓練の時は、ラルスが剣を抜くだけで黄色い悲鳴が上がる。


元々真面目なラルスは、そんな状況に嫌気がさしているようだ。

だから一層、女性に対しては態度が冷たい。

その中で唯一の例外がフレイヤ──そして、怪盗令嬢(レディ・ファントム)だった。


「それなら良かったです。いつも新聞でお名前を見る度に、怪我をされていないか心配になりますから」


控えめに、思わず本心が口から(まろ)び出たというように、フレイヤは呟く。

そして、はっとしたように口元を指先で覆った。


「あ──その、」

「いや、まあ、なんだ。心配させるようなことは、ない、と思う」


ラルフは少し照れたように、わずかに視線を外した。

端正な横顔を一瞥して、フレイヤは困ったような顔を作る。

だが、すぐにその表情を普段通りに替えた。


「今日は湿布薬の材料が入りましたから、少し多めに持って来たんです。余るかと思ったんですけれど、もしかしたら、ちょうど良かったかもしれませんね」

「そうか。いつも思うが、貴方はいつも欲しいものを持って来てくれるな」

「お役に立てているなら、嬉しいんですけど」


少し自信がなさそうに、それでも嬉しさは滲ませる。

この塩梅が難しい。それでも、フレイヤには慣れたものだった。


「せっかくですから、医務室までお持ちしますね。期限が切れているものがないか、確認しませんと」

「助かるよ。ああ、薬箱は俺が持とう」


ラルスは手を伸ばしてフレイヤから薬箱を受け取る。

有難くラルスに荷物を預け、フレイヤは何気なく言った。


「今日は、いつもの問屋さんで面白いものを見せて貰ったんです」

「面白いもの?」


本当なら、フレイヤが一々医務室に行く必要はない。だが、毎回王立憲兵騎士団(ジャンダルムリ)の兵舎を訪れる度、フレイヤは医務室に立ち寄っていた。

名目は、在庫を確認するため。

だが、本当はラルスと二人きりの時間を確保するためだった。


最初は、ラルスも一般人(フレイヤ)を兵舎の奥深くに入れることに難色を示していた。

それでも、フレイヤが何度も足を運んでいると、その警戒心もやがて解けた。

今ではラルスの方が、フレイヤに少し立ち寄らないかと持ちかけるほどだ。


そして、今は二人とも、医務室までの廊下と部屋の中で、誰にも邪魔をされず話をする時間を楽しんでいる。


ここまでの関係になるのに、随分と時間が掛かった。


一番の苦労だったかもしれないわね、と、フレイヤは内心で一人呟く。

そんなことはおくびにも出さず、彼女は「ええ」とラルスに頷いた。


麝香(じゃこう)と言うんですって。良い香りがして、香水に使われることがあるそうなんです。それが、鹿の香嚢(こうのう)から取るらしくて」

「──鹿の?」

「そうです。私も初めて聞きました」


ラルスの眉がぴくりと反応する。

しっかりと視界の端に捉えながらも、フレイヤは正面を見たままだ。


「フレイヤ嬢」


存外真剣な口調で、ラルスがフレイヤを呼ぶ。

ラルスが足を止めたのにつられて、フレイヤも立ち止まった。

そして、ラルスの顔を見上げる。


──既視感(デジャヴ)


影になるラルスの顔は、あの日、月夜の光を背にした怪盗令嬢(レディ・ファントム)が目にした表情と全く同じだった。


──ああ、


フレイヤの身は震えた。


恍惚。

愉悦。


これが、()()()()──。


わたくしが見出した、()()()()

このわたくしの隣に相応しい────


そこまで考えたところで、フレイヤは己を取り戻す。

フレイヤの仮面が綻ぶところだった。

改めて綺麗に取り繕い、フレイヤはきょとんと小首を傾げる。


「どうかしましたか?」

「これは、重要なことだ」


真剣な表情で、ラルスは憲兵騎士団長としてフレイヤに問うた。


「その問屋は、どこの店だ?」


これは、盤面が変わる一手。

何も不思議に思わず、ただ信頼を寄せる──そんな女に、ラルスからは見えるだろう。


「ヤンの店と、私たちは呼んでいます。そこの、ヤンという店主が貰ったと」


時が経つごとに、複数あった未来の選択肢は一つに絞られていく。

フレイヤは、まだ遠い勝利の鐘声を聞いた気がした。


「なるほど」


分かったと、ラルスは重々しく頷いた。

そして、逡巡を見せる。

言って良いものかと、口にすることでフレイヤが傷つくのではないかという、躊躇。

それでも、ラルスは誠実さを選んだ。


手にした薬箱を持ち直す。

ラルスは、真っ直ぐにフレイヤを見つめる。決して、目を逸らさない。その視線の強さは、ラルスの意志の強さそのものだった。

フレイヤは、宝石のようなラルスの瞳に魅入られる。


初めてラルスを見た時も、ラルスはこんな瞳をしていた。

その時にフレイヤは、探し求めていた、真の王がここに居たと、直感した。


彼女の直感は、()()()()()()


フレイヤの内心など知らぬまま、ラルスは少し言い辛そうに、しかしはっきりと告げる。


「それを取るためには、ジャコウジカを殺さなければならない。そして今、ジャコウジカは国が管理していて──簡単には手に入るものではない」

「え──それって、」

「そうだ」


ラルスは重々しく頷く。

フレイヤの反応から、ラルスは相手が一分の違いなく意図を汲み取ったと理解した。


「密猟の可能性が高い。関わった者は、処罰の対象だ」


唖然としたフレイヤは、呆けたようにラルスを見つめる。

それは、一般人なら必ずするだろう反応そのものだった。


しかし、フレイヤは知っていた。

ジャコウジカが、国に管理されていることも。

密猟は厳しく取り締まられていることも。


その法制度は、つい最近作られた。

この国で聖女と呼ばれる、()()()()少女の発言がきっかけだった。

動物が可哀そう、という良く分からない理由。

それだけで、狩猟に規制が掛かった。

ジャコウジカの密猟は、その一部だった。


あまりにも最近にできた法律だから、庶民にはほとんど知られていない。

猟師ではないヤンも、把握していなかったに違いない。


「その──それでしたら、ヤンは……」


当然、自分の立場なら心配するはずのことを、フレイヤは尋ねる。

ラルスは慰めるように、表情を緩めた。


「その店主は、貰ったといったのだろう。それなら罰金程度で済む。多少理不尽だと思うかもしれないが、調査に協力的なら、庶民でも問題ない額だ。多少お灸を据えられた、くらいのものだろう」

「そうですか。それなら──良かったのかしら」


フレイヤは小さく息を吐いて、肩を落とす。

ラルスは薬箱を持っていない方の手で、フレイヤの肩に触れようとした。慰めようとしたのだろう。だが、予期せず熱いものに触れたというように、手を離す。

そして、空咳をした。


「すまない。とりあえずは、医務室に行こうか」

「はい」


再び、フレイヤとラルスは医務室に向かって歩き出す。



◇◆◇◆◇



その後ろ姿を、遠くから見つめる二つの影があった。


「おい、フィン。お前、いつから覗き趣味ができたんだ?」

「カール先輩、あの二人、深刻な表情してますけど何の話してるんだと思います? 団長の実家の話とか? でも奥手だから、まだ結婚の話とかは出ないですよねえ」

「何の話をしてるんだよ、バカ」


フィンの隣には、筋肉質な男が立っている。

一般人と並べばがっしりとしているが、騎士の中では華奢のフィンとは正反対だ。

黒い短髪をガシガシと掻いて、カールはフィンの肩越しに、外回廊を歩く二つの人影を見た。


悔しそうに、フィンが地団太を踏む。


「ドムが居たら、読唇術で二人の会話盗み聞きしてくれるのになあ」

「団長がそんなことさせるかよ」


カールが呆れ顔で、自分の胸元くらいにあるフィンの頭を見下ろす。そして、何かに気が付いたように目を瞬かせた。


「おい、フィン」

「あ! 二人とも、行っちまう! 医務室でいつも、あの二人何話してんですかね。カール先輩、知ってます?」

「それよりも、フィン」

「あーもう、なんですか!」


少し、いらっとしたようにフィンがカールを振り返る。

カールは全く気に留めず、淡々と事実を指摘した。


「お前、頭のてっぺんがハゲて来てるぞ」

「はあ!?」


フィンはぎょっとする。

そして、慌てて両手で頭を抑えた。

その反応に、カールは腹を抱えて笑う。大爆笑だ。


「カール先輩! 俺のこと、からかったんですか!?」

「少しな。でも、ハゲそうになってんのは本当だぞ。この前、盗人女を追いかけた時に仕掛けた罠に、お前引っ掛かってただろ。その時に、閃光弾を裂けそびれたんじゃないか?」

「早く言ってくださいよー! 治らなくなるじゃないですか!」


あまりのことに、フィンは半泣きだ。

慌てた様子で、フィンは医務室に走り出す。

その後ろ姿を、カールは指をさして大いに笑ってやった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ