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公爵令嬢は、死んで宿敵騎士と王国を盗むことにした~闇の女王と真贋の迷宮(ラビリンス)~  作者: 由畝 啓
第1部 怪盗令嬢の仕掛けた罠と崩れ始めた王権

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41. 凋落の伯爵家



王太子ケンドリックは、執務室で書類に目を通していた。

だが、集中はできない。

同じ部屋には、側近のオーラン・カウマンスとニッキー・シーマン、そして聖女ミアが居た。

オーランとニッキーはどことなく落ち着かない様子だ。


「ねえ、ケニー。ヤフェスはどうしたの?」


ミアが何気なく尋ねる。

オーランとニッキーは、驚きを隠せずミアを見た。

愛称を呼ばれたケンドリックは、ちらりと書類から目を上げてミアを見る。

その口角を、彼はわずかに釣り上げた。


「何も聞いてないのか、ミア」


きょとんとミアは目を瞬かせる。そして首を傾げた。


「どういうこと? 実家が大変なことに巻き込まれたっていう話は聞いたよ」

「そうか」


ケンドリックは頷く。

その表情からは何も読み取れない。そのまま、ケンドリックは口を閉ざした。

オーランとニッキーは顔を見合わせる。

どうやら王太子はミアに教える気がないようだ。

だが、ミアの性格を考えると、納得はしないに違いない。

案の定、ミアは矛先をケンドリックからオーランとニッキーに向けた。


「ねえ、二人は知ってるの?」

「あー、うん、まあ」


ニッキーが反射的に答える。

だが、歯切れが悪い。

普段、あまり物事を深く考えることなく、思うが儘を口にする彼には珍しいことだった。

良く見なければ気が付かない程度だが、ほんの少し顔色も悪い。


オーランとニッキーは、こっそり視線を交わした。

もちろん、それにミアが気が付かないはずはない。

ミアは頬を膨らませて、唇を尖らせた。


「えー、ずるーい。二人だけの内緒なのぉ?」

「いやあ、なんていうか……」

「なあ」


これまでであれば、オーランとニッキーは、あっさりミアに教えただろう。

二人は、ミアのおねだりに弱い。

だが、どうしても今回ばかりは何をどう説明すれば良いのか、二人には分からなかった。


全てはあっという間の出来事だったのだ──それこそ、マクネア伯爵家の家宝であるユーディアライトを盗まれてから。


「もう良い! 知らない!」


ふーんだ、とミアは膨れっ面でそっぽを向く。

しかし、部屋から出て行こうとはしない。

彼女は目を潤ませて、ケンドリックに訴えかけた。


「ねえ、ケニー。二人が意地悪するのぉ」


その言葉に、ケンドリックは口角を上げる。

そして、ようやく書類からミアに顔を移した。

自分に興味を持ってくれたと、ミアの表情はパッと明るくなる。

ケンドリックはそんなミアを微笑ましげに見て口を開いた。


「二人はどう説明すれば良いか分からないだけさ。ヤフェスは、というよりマクネア伯爵家は、罪を犯していたことが明らかになってね。裁判にかけられることになったんだ」

「裁判? え、ヤフェスは?」

「ヤフェスもだ。彼も事情を把握していたからね。知った時点で訴えていれば、彼の身だけは確保されたかもしれないが──証拠隠滅に走ってしまったから」


わずかな苛立ちが、ケンドリックの言葉に滲んでいる。

ミアはきょとんとした。


「どういうこと? ケニーがひとこと言えば、ヤフェスくらいは無罪になるんじゃないの?」


マクネア伯爵家は、ミアにとってどうでも良い存在だ。

彼女にとっての世界は、王太子ケンドリックとその側近たち。

そして、自分を聖女たらしめてくれる後見人の教会。

それが全てだった。


「それは無理だよ、ミア……」


恐る恐る口を挟んだのは、オーランだった。

ミアは、オーランを振り返る。


「なんで?」

「だって、実際の証拠が、王立裁判所の主席判事に送られたんだ。どこから入手したのかは分からないけど、それが原本で、マクネア伯爵家当主テオバルトの自筆だと認められた。それに、ヤフェスと彼のお父上、兄上との会話が録音された魔法道具さえあった」


それだけ言えば分かるだろうと言わんばかりだ。

体を動かすことが得意で、あまり考えることが得意でないニッキーも沈鬱な表情をしている。

二人とも、それがどれほど貴族にとって致命的なことなのか、よく理解していた。


だが、ミアだけは分かっていない。


「なんで? 王様が一番偉いんでしょ? だったら、ケニーだって十分偉いはずだわ」

「そうだけど、ミア。無理なんだよ」


困ったような表情でオーランは口を挟む。

あまりケンドリックの前で、この件について質問を繰り返さないで欲しかった。


十年前までならば、ミアの言う通り、王は裁判に口出しできた。

むしろ、国を統治する国王が罪を定め、法を作り、罪人を追及して来たのだ。

だが、十年前から様相が変わった。


端緒は、時の主席判事が、国王が布告を出したとて法にはならないと宣言したことだった。

もちろん、社交界には激震が走った。

あまりにも前代未聞の宣言だった。


だが、それだけに留まらなかった。

時をそれほど経たずして、極端に不合理な法律は法として扱えないとして、高位貴族が商人相手に起こした裁判を棄却したのだ。


それだけなら、まだ王家に勝機はあった。

主(・)犯(・)で(・)あ(・)る(・)主席判事エディス・コークを、更迭する。

王の意志をより反映できる玉室庁裁判所を通して、対立する王立裁判所の判事を取り締まる。

幾らでも手段はあった。


だが、悪いことは重なるものだ。


商人が成長し、貴族並みの財力を持つ者が増えた。

地方の地主層が、それに従い経済力と権力を持ち始めた。

同時に、貴族ばかりが読んでいた新聞紙が大衆紙と名を変え、庶民に広まり始めた。

これまでは塵芥と無視できていた庶民の言説が、力を持つようになった。

かつてのように、王家が全ての権力を掌中にする時代は終わりを迎えつつあったのだ。


そのような潮流の中で、ケンドリックがマクネア伯爵家の無実を訴えればどうなるか。

マクネア伯爵家の罪を暴く証拠が送り付けられたのは、王立裁判所──王の意向など関係なく、全ての権力は法に従うという立場を持つ者たちだ。

一番鮮烈な言動を取ったエディス・コークは更迭されたが、彼に影響を受けた判事は残っている。


「ええー、意味わかんない」


とうとう、ミアは理解を放棄した。

彼女にとっては、あまりにも難しい話だった。


聖女として正式に王太子の婚約者となっても、王太子妃に相応しい教育はなかなか身に付かない。

それも当然だ。


彼女は養子に引き取られた先も男爵家で、聖女となった後はしばらく教会で暮らしていた。

誰にも告げていない、脳内に刻まれた不可思議な夢はこの世界とは全く違うもの。

そこでは、複雑怪奇な政治模様など描かれてはいなかった。


彼女の知る物語は、コンスタンツェ・ルベラティスが舞台から立ち去ったところで終わっている。

そして、そのまま物語の主人公(ヒロイン)は、イケメンな王太子に愛され、麗しの側近たちに傅かれて、栄華を満喫するのだ。


それなのに、なぜか側近の一人が居なくなった。

ケンドリックが相手をしてくれない時、一番ミアの取り留めもない話を聞いてくれた男だったのに。

一番の好みはケンドリックで、その次はオーラン。

ニッキーの顔はそこまで好きでもないが、肉体は好ましい。

ヤフェスは全て可もなく不可もなく、ただ一番ミアをご機嫌にさせてくれる。


「ケニーは、ヤフェスがどうなっても良いの?」


少しばかり責めるように、ミアはケンドリックを睨む。

だが、決して怖さはない。

どこか甘えるような表情だ。


ケンドリックは、笑みを浮かべた。

完璧な、王太子の微笑。


その表情に認めるミアは、気が付かない。


「どうなっても良いわけはないだろう。だが、自分の不始末の責任は、自分で取らないとね」

「ケニー、優しいね」


ミアはうっとりと言う。

だが、ケンドリックの台詞に滲み出る冷たさに、彼女が気付くことはなかった。





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