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公爵令嬢は、死んで宿敵騎士と王国を盗むことにした~闇の女王と真贋の迷宮(ラビリンス)~  作者: 由畝 啓
第1部 怪盗令嬢の仕掛けた罠と崩れ始めた王権

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42.フレイヤと新聞社の男



マクネア伯爵が怪盗令嬢(レディ・ファントム)に支払期間延長を申し出てから、王太子ケンドリックとヤフェスは精力的に働いた。


──という話を、フレイヤは久々に出かけた先で聞いた。


爽やかな風が吹き抜ける。

庶民の間では人気の、最近できた港を臨むオープンテラスのカフェだ。

異国情緒溢れる飾り付けで、テ(・)ー(・)ブ(・)ル(・)同(・)士(・)が(・)近(・)す(・)ぎ(・)な(・)い(・)。


「国外の新聞社も、大変ねぇ」

「まぁな。でも、慣れちゃいるからなぁ。どこの国だって、報道すんなってお上から言われちゃあ俺たちの商売上がったりだ。じゃあ抜け道はどこかって探す他ねぇだろ?」


面白いとでも言いたげな口調で話すのは、シモンと名乗る男だった。

正式な登記簿にはシモンズと書いているようだが、どこまで本名かはフレイヤも知らない。


シモンは細く華奢な体つきで、顔つきは幼い。

眼鏡をかけた、抜け目のない表情。

飄々と笑って明るく誰とでも仲良くなれるし、人には慕われる。


彼はアオラトス新聞社で働く編集長であり、腕利きの記者でもあった。

アオラトス新聞社の本社は他国にあって、この国には支社がある。

しかし、ケンドリックとヤフェスが組織した警備隊が突入した時、そこはもぬけの殻だった。


「あの時の奴さんたちの顔、見ものだったぜ」


シモンは喉の奥でくっくと笑う。


「悪い顔」


フレイヤは呆れ顔で言う。

だが、本気ではない。


「まぁな。でも、本当に悪い奴らはお綺麗な面してやがるからなぁ」


両手をあげて、シモンは体を伸ばす。

気持ち良さそうに目を細める。

まるで猫だが、フレイヤの使い魔ではない。

正真正銘の人間。

ただし、一(・)癖(・)も(・)二(・)癖(・)も(・)あ(・)る(・)男だ。


シモンは悪戯っぽく目を瞬かせた。


「ヤフェスって男は、憲兵騎士団長が怪盗令嬢(レディ・ファントム)と通じてるんじゃないかって疑っていたらしいぞ」

「あらまぁ」


あまりのことに、フレイヤは失笑する。

王宮内でのことだろうに、いつもシモンは何処から入手したのか分からない情報を持っている。

だからこそ、彼は長年に渡り、権力に従属することなく新聞記者を続けられているのだろう。


「都合よく物事を捉えすぎじゃないかしら」

「俺もそう思う。まぁ、さすがに王太子は否定したようだけどな」

「タンザナイト男爵の養子ですものねぇ」


シモンは頷いた。

タンザナイト男爵は、国王や王太子から見れば──決して裏切ることのない、丁度良い手駒だ。

もっとも、それがいつまでも続くと信じているのだとしたら、愚かでしかないが。


そんなことを、フレイヤはつらつらと考える。

ちらりとそんな少女の横顔を盗み見て、シモンは意味深に笑った。


「結局、新聞がばら撒かれた時にラルス・タンザナイトは広場でデートをしていた。それ以外でも監視下にはあったようだからな。結局怪しい動きは確認できず、結論、文句の付けようがない、ってところだ」


怪盗令嬢(レディ・ファントム)を捕らえられなかったことについては、ニッキー・シーマンと引き分け。


ラルスが失うものは、なかった。


もちろん、そんなことはフレイヤがさせない。

王(・)家(・)ご(・)と(・)き(・)が(・)、ラルスからこれ以上何かを奪うなど許せない。


「デート。嬉しい響きだわ」


そして、フレイヤは満更でもない。

まだラルスの心は完全にフレイヤのものではないが、構わない。

──少しずつ、それでも着実に。

フレイヤのものになれば、それでいい。


本心を全て口に出したわけでもないのに、シモンは呆れ顔だ。

あたかも、フレイヤの考えは全て読めているとでも言わんばかりだ。


「傍から見たら十分デートだろう。あの男がどう思ってたかは知らないが、あんたは外堀埋める気だったろうが」

「今更ね」


フレイヤは否定しない。

シモンとは長い付き合いだ。

互いの手の内も性格も、把握している。

だからこそ、シモンはフレイヤを裏切らない。


二人の関係は常にトレードオフ。

貸し借りはなしだ。


「それで、結局」


シモンは肩を竦める。


「八年前に、良い商売のチャンスがあるって俺の所に話を持ちかけてきたのは、今回の顛末を想(・)定(・)し(・)て(・)の(・)こ(・)と(・)か(・)い(・)?」


もう、ずいぶんと昔のことだ。

まだ成長しきっていない少女が、高飛車な態度で、シモンの元を訪れた。


当時のシモンは酒屋に入り浸りで管を巻いている、そんな男だった。

真っ当な職にはついていない。

愛嬌がよく、人の口を軽くする術に長けている。

目端が効いて、人の長所も弱点も、つぶさに把握する。

ちょっとした脅しで日銭を稼ぐ、そんな人間だった。


そのシモンに、コンスタンツェと名乗る少女は話を持ちかけた。


商売をしないか。

金は出す。


新聞社の社長と、記者はシモンの仕事。

出資者は、コンスタンツェ・ルベラティス。


最初に聞いた時、シモンは難色を示した。

当時の新聞は全て貴族に向けたもの。

一部、上流階級に参加するようになった富豪や郷紳。


そんな分野にシモンのような男が参入できるはずがない。

だが、コンスタンツェには確信があった。

狙うのは、高級紙ではない。

庶民を対象にした、大衆紙だ。


あまりにも荒唐無稽な話だった。

庶民の識字率は高くない。

一笑に伏すシモンに、コンスタンツェは解いた。


大衆紙は、遅かれ早かれ力を持つ。

高級紙のように一人ひとりが読まずとも、酒場にあれば人々は集まって読む。

一人でも文字を読む人間がいれば、関心は惹きつけられる。


だからこそ、そこに一攫千金のチャンスが転がっているのだと断言したその口で、コンスタンツェは露悪的に囁いた。


──いつかはその力が、ニセモノを暴くことになるのよ。


シモンに、コンスタンツェの意図は読めなかった。

だが、面白そうだと思った。

これまでは、強請るにしてもたかが知れていた。

これからシモンが手にする商売は、王家を、貴族を、相手取ることができるのだ。


そして、今回は事実その通りになった。

魔法道具を使って号外だと音を流し、人々の注意を引いて広場に新聞を撒いた。

その結果が、マクネア伯爵家の裁判だ。


フレイヤは首を振る。


「当時は、さすがにここまでは想定していなかったわ。でも、情報を制するものが全てを制するでしょう」


それは古今東西変わらぬ事実だ。

シモンは目を細める。


「確かに、それはそうかもな。知ってるか? 号外をばら撒いた後、マクネア伯爵は懇意の新聞社に特ダネを持ち込んだんだ」

「特ダネ?」


フレイヤは目を瞬かせる。

初耳だった。


そんなフレイヤを、シモンは愉快そうに眺める。

いつも全てを見通すかのような言動の彼女の、裏を掻く。

良い金蔓を裏切る気はもちろんないが、時々はフレイヤの驚きを見たくなる。


ほんの囁やかな悦楽を隠して、シモンは肩を竦めた。


「自分の家の醜聞(スキャンダル)を上書きできないかって思ったみたいだな」

「そんなに自信満々な話があったの?」


マクネア伯爵家が、政敵を次々と暗殺していた。

これに勝る情報など、なかなかないだろう。

それこそ、血で血を洗うような、醜い争いにしかならない。

シモンは深く頷いた。


「そりゃあ、腐っても貴族さまだ。色々なネタはある。暗殺するほどではないにしろ、敵の弱みを握るのは生存戦略の一つだ。そうだろ?」


もちろん、フレイヤも同じ手は使っている。

マクネア伯爵家の醜聞(スキャンダル)。

その出所は、テオバルトがルベラティス公爵家から奪った薬草卸売の流通ルートだ。

最終的に『ミスティコ』と名を変えたが、そもそもはフレイヤがコンスタンツェの時に立ち上げた商売だった──表に名は、出さぬままに。


だから、マクネア伯爵が顧客であることも、購入した毒薬や麻薬、魔法薬の種類も購入年月日も、全て手元に残っていた。


種子は、すでに燻っていたのだ。


「それで、どんなネタだったのかしら」


フレイヤはシモンに続きを催促する。

シモンは、今度こそ勿体ぶらなかった。


にんまりと、悪どい笑みを浮かべる。


「聖女を支援してる教会が、多額の賄賂を貰ってるってさ」


聖女。

ミア・フェルスパー。


彼女を後援する教会の不正を暴いたところで、聖女の立場は崩れない。

王家が聖女を支持しているからだ。

王太子ケンドリックも、ミアを王太子妃にと見定めた。

まだ婚約者だが、二度の婚約破棄は遺恨になる。

庶民や貴族の反感も生む。


なんとしても、ケンドリックはその情報を握り潰すだろう。

もしくは、教会を一層し腐敗を消す、優れた王太子として名を挙げる。


いずれにせよ、最後の最後でテオバルトはケンドリックを裏切った。


「息子(ヤフェス)の方は、最後まで反対してたみたいだがな。だが、親父の方は、ここまで来てしまえば王太子も国王も味方にならないと踏んだんだろう」


窮鼠猫を噛む、という諺通りだ。

結局、鼠は猫を噛むどころか、裁判に引き摺り出された。

貴族としての命も風前の灯である。


「ふうん」


フレイヤは面白がるように口角を上げた。

茶器を取り上げ、冷めた紅茶を一口飲む。


「それで、その情報は?」


シモンは、おもむろにポケットに手を入れる。

次に手を出した時、そこには白い封筒があった。


「いくら出す?」

「そうねぇ」


目を細めて、フレイヤは小首を傾げた。

ゆっくりと、茶器を置く。


「内容次第ね」


教会の情報は、フレイヤの能力を持ってしてもなかなか手に入らない。

有益な情報なら金は惜しまないが、内容が薄ければ、相応の支払いに留めたい。


そんなフレイヤの性格を知り抜いたシモンは、不敵に笑った。


「あんたが好きそうなネタだからな。一年分の稼ぎを叩いて、買ってきた。奴さんたちは、その金で奴らの大将の保釈金を払ったってわけだ」


フレイヤは、にんまりと頬を緩める。

ケンドリックも側近も、新聞社同士が繋がっているとは考えない。

ライバルとは常に鎬を削っていると信じている。


だが、たとえ高級紙であろうと、新聞社には仲間意識があった。

特に大衆紙が出てからは顕著だ。

高級紙と大衆紙がそれぞれに徒党を組み、より扇状的(センセーショナル)な記事を書こうとする。


怪盗令嬢(レディ・ファントム)に対抗するため新聞各社に圧力を掛けたケンドリックたちの判断は、明らかに悪手だった。


「良いわ」


フレイヤは、決めた。

シモンの性格はよく分かっている。

他の相手であればともかく、こういう時の彼は嘘をつかない。


短期的な快楽よりも、長期的な利を取る。


シモンは、そういう男だった。


「二年分」


にんまりと笑って、フレイヤは言う。

シモンが情報を得るために支払った額の、二倍。


思わずシモンは口笛を吹いた。


「気前がいいな」

「もちろん」


当たり前だと、フレイヤは頷く。


「あなたには、これからもして貰うことがあるもの」


だから、これは必要な先行投資だ。

綺麗な筆跡でフレイヤは小切手を切る。


海風が吹きぬけるテラスで、封筒と一枚の紙切れが、誰にも知られることなく交わされた。






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