38. フレイヤと宿敵騎士のデート
これは、世間一般ではデートと言うのではないだろうか。
そんなことを思いながら、フレイヤは隣に立つ人を見上げた。
薬草卸売専門店『ミスティコ』の摘発の後、フレイヤがラルスの家に居候してからおよそ十日。
それまでフレイヤは、王立憲兵騎士団の制服を着たラルスしか見たことがなかった。
それが、共に暮らすようになって、ラルスの私服を見るようになった。
だが、ラルスも忙しく、基本的には家でリラックスする時の服装だ。
完全にプライベートで出かけるときのラルスを見るのは、今日が初めてである。
「どうした?」
不思議そうに、ラルスがフレイヤに尋ねる。
フレイヤは少し面白そうに微笑んだ。
「そのような洋服もお持ちでしたのね。てっきり、制服と部屋着しかお持ちではないのかと思っていました」
「──着る機会が少ないことは確かだが、一応、出かける服もそれなりには持っている」
複雑な表情で、ラルスは躊躇いがちに答えた。
本人が「それほどセンスがない」と言っていた通り、私服の数も種類もないのだ。
「今日は、ラルスさまのお洋服を買うのも良いかもしれませんね」
「それはまた今度で良い。今日の用件はちゃんと伝えたはずだ」
「それは覚えています。でも、用件以外のことをしてはいけない、というわけでもないでしょう?」
フレイヤが言い返せば、ラルスは言葉に詰まる。
その様子が楽しくて、フレイヤは更に言葉を続けた。
「もちろん、別の日にお出かけしても良いですね。その時はお仕事とは関係なく、色々と見て回れますもの」
「勘弁してくれ」
ラルスは天を仰ぎ、フレイヤはくすくすと笑った。
怪盗令嬢と王立憲兵騎士団の団長として対峙した時は、たとえ二人きりでも緊迫した空気が常に流れていた。
フレイヤはラルスに捕まるわけにはいかなかったし、ラルスは本気でフレイヤを捕まえようとしていた。
昼間は、フレイヤは一介の魔法薬局店員。
あくまでもラルスは客の一人だ。
憲兵騎士団の団長で見目が良いからといって、きゃあきゃあ騒ぐ女と一緒になりたくはない。
フレイヤは、あくまでも薬師としてラルスに接した。
お陰で、ラルスはフレイヤに好印象を抱き、こうして同じ家に住まわせてくれているのだが──多少、色恋に似た空気を醸し出しても、嫌がる雰囲気はない。
そのことに内心で満足しながら、フレイヤはにこやかに、なんでもない様子で続けた。
「お礼くらいはさせてください。長くお世話になっているのですもの」
わずかな言葉に混ぜた本音。
フレイヤとして世話になった期間は、長いというには短く、短いというには長いものだった。
「あ、ああ。それは、気にしなくて良いと言っているだろう」
一瞬、ラルスは戸惑う。
しかし、すぐに首を振った。
動揺したのが恥ずかしいのだろう。
そういうところも良いのだと、フレイヤはこっそり笑みを浮かべる。
聖女ミアに対して見せていた釣れない態度とは、全く違う。
ラルスと出会ってからずっと、フレイヤは彼と周囲を観察して来た。
ずっとは見ていられないから、使い魔を放ったことさえある。
使用人から得る情報も貴重だ。
そうして分かったのは、ラルスが自分を持て囃す女が嫌いということだった。
自分の足で立とうとしない女も、隙あらば他人から利益を得ようとする女も。
もっとも、王立憲兵騎士団の団長を恋人に、もしくは結婚相手にと狙う女性は、彼の外見と地位に惚れるものが多い。
だから女という性別が目立つだけで、ラルス本人は性別に関わらず、そういう性質の人間が嫌いなようだった。
それならば、フレイヤはそういった人間とは逆の振る舞いをすれば良い。
幸いなことに、フレイヤ──コンスタンツェは、元から全く違う性格だった。
ルベラティス公爵家の娘であり、権力も金銭も好きなだけ使える立場に居た。
幸いなことに、頭脳も明晰だった。
美貌もあった。
何より、全属性の魔法を使いこなすだけの力があった。
そのような状況で、他人に頼るという発想は生まれなかった。
必要に応じて他人を使うことはあるが、それは全て、己の責任と判断で行う計画の一貫でしかない。
──私よりも劣る人に任せても、私が望むより遥かに劣った結果になるだけじゃない。
それが、フレイヤにとっての真実だ。
だからこそ、過去も今も、フレイヤは他人に頼らない。
そして、それで全ては上手く運んでいる。
ラルスだってそうだ。
コンスタンツェが見込んだ通り、彼は魔法薬局に勤める、真面目で素朴でその実、芯の強いフレイヤに惚れた。
フレイヤの身柄保護のためとはいえ、同じ家に暮らしていても、ラルスがフレイヤを嫌がる素振りはない。
もっとも、自分で誘っておいてフレイヤを避けるような男ではないが──避けるような雰囲気も、全く感じられなかった。
むしろ、ラルスはフレイヤを意識しているようだ。
──観察、ともいえそうだが。
そんなことを内心で呟いて、フレイヤは満足げに笑う。
観察したところで、ラルスがフレイヤを怪盗令嬢だと確信することはない。
フレイヤは十分上手に正体を隠しているし、ラルスの視線は冷徹な観察者というより、道端の子猫を気にする人の風情だった。
「まあ、それはともかくとして」
ラルスは小さく咳払いをする。
少し照れたのか、彼の頬はわずかに赤く染まっていた。
「今日の目的は昼食と君の服だ。身の安全のためとはいえ、ずっと家に閉じ込めていたから──謝罪と感謝の印だと思って欲しい」
そしてもちろん、フレイヤがラルスの食事を作っていたことへの礼も含まれているのだろう。
男は胃袋を掴むものだというブリギッタの教えに従ったまでなのだが、フレイヤにとっては思わぬ褒美だった。
最初は遠慮してみせていたフレイヤだが、嫌なわけはない。
それに、今日はフレイヤの計画にとっても都合の良い日だった。
そんなことはおくびにも出さず、フレイヤはにっこりと満面に笑みを浮かべる。
「私は当たり前のことをしただけですから。それでも、嬉しいですわ」
開けっぴろげではないが、控えめながら本心を如実に映すような表情。
ほんの一瞬、ラルスの双眸はフレイヤに捉われていた。




