表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵令嬢は、死んで宿敵騎士と王国を盗むことにした~闇の女王と真贋の迷宮(ラビリンス)~  作者: 由畝 啓


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/39

36. 王太子の命令と養父の教え


王太子から一方的に届けられた書簡を手に、ラルスは片眉をあげた。


「唐突だな」


王立憲兵騎士団(ジャンダルムリ)の団長室で、書類仕事をしようとしていた矢先のことだった。

薬草卸売専門店『ミスティコ』と密猟組織を摘発したことで、王太子とその近辺は騒がしくなる。

そこまでは想定通りだったが、だから怪盗令嬢(レディ・ファントム)の捕縛については以前ほど煩く言われないだろうという予想は見込み違いだった。


怪盗令嬢(レディ・ファントム)の捕縛を急ぐこと。なお、ニッキー・シーマンも騎士を率いて調査にあたるため、努努(ゆめゆめ)遅れを取らぬよう──なるほど」


ニッキー・シーマンは王太子の側近の一人だ。

武芸に秀で、将来は近衛騎士筆頭になるだろうと目されている。

だが、彼は子爵家の息子だ。

そのまま近衛騎士筆頭になれるかというと、そう簡単ではない。

他の近衛騎士も反発するだろうし、貴族も彼を舐めてかかるに違いなかった。

そうなると、近衛騎士でありながら、ケンドリックを守りきれない可能性もある。


そこで考えられる手が、王立憲兵騎士団(ジャンダルムリ)の団長の座だ。

ラルスは若く健康で、しばらく団長職を退く予定はない。

だが、何かがあって団長の席が空けば、そこにニッキーが座れる。

王立憲兵騎士団(ジャンダルムリ)の団長ともなれば、十分な実績だ。

一気に近衛騎士筆頭への道が拓ける。


ただ、ニッキー・シーマンはそこまで深く長期的に物事を考えられる性格ではない。

何人かの顔を思い浮かべ、ラルスは納得した。


「おおかた、殿下かヤフェスの判断だろう」


王太子ケンドリックと側近の中で、政治的なことも含め長期計画を立てられるのは、その二人くらいだ。

ニッキーは体を動かす方が得意だし、オーラン・カウマンスは社交界や政治にそれほど興味がない。


「となると、面倒だな」


何が面倒かといえば、怪盗令嬢(レディ・ファントム)を全力で捕縛するフリをすることだ。

怪盗令嬢(レディ・ファントム)は非常に知能が高い。

それに、優れた魔法使いだ。

ニッキーは武力には秀でているが、怪盗令嬢(レディ・ファントム)を相手にすると明らかに分が悪かった。


だから、ラルスがニッキーに負けることはない。


「そりゃあもちろん、怪盗令嬢(レディ・ファントム)は必ず捕まえるが」


このような形で、彼女を捕縛する気はなかった。

怪盗令嬢(レディ・ファントム)は、ラルスの好敵手だ。

もし彼女が怪盗などではなく、憲兵騎士団や王宮に魔法使いとして勤めていたら──ラルスは、間違いなく毎日彼女に手合わせを願い出ただろう。


それほどまでに優れた魔法使いである彼女を、政治の駆け引きに使いたくはなかった。


「──父上や団長に聞かれたら、甘いと言われそうだ」


ラルスの養父ユルゲンは二代前の憲兵騎士団長だった。

そして、前団長のヨアヒム。

その二人が、ラルスをここまで育て鍛え上げてくれた。

優しくも厳しい恩人だ。

ヨアヒムは二年前に事故で命を落としたが、今でもラルスは彼の教えを胸に秘めている。


思わず、ラルスは自嘲した。

自分が青臭いことを言っている自覚はあった。


きっと、養父もヨアヒムも、ラルスの発言を聞けば真面目に仕事をしろと言うだろう。

政治的駆け引きだろうが、なんであろうが、犯罪者を捕まえるのがラルスの仕事だ。

持つべき矜持を履き違えるなと、言葉を尽くして諭すのがユルゲン、そして鉄拳制裁をするのがヨアヒムだった。


「感傷的になってるな」


ラルスは溜め息を吐いた。

怪盗令嬢(レディ・ファントム)の捕縛になかなか前向きになれないのは、それだけが理由ではない。


フレイヤという名の、少女。

今、彼女はラルスの家にいる。

ラルスの不手際で、フレイヤは無頼漢に狙われた。

間違いなく『ミスティコ』や密猟集団に関わりのある貴族の仕業だ。


もっとも、フレイヤは恐怖に怯えるだけでもなく、一方的にやられるでもなく、角材で対抗しようとしていたのだが。

あの瞬間を思い出す度に、ラルスは口角が上がる。

凛とした雰囲気はあると思っていたが、基本的にフレイヤはおっとりとしている。

その彼女が、まさかあれほどまでに好戦的だとは、想像したこともなかった。

王立憲兵騎士団(ジャンダルムリ)の騎士たちはフレイヤと交流がある。

その彼らでさえ、フレイヤのあのような姿は考えもしないだろう。


次の瞬間、ラルスは表情を引き締めた。


──そうだ。

怪盗令嬢(レディ・ファントム)は、後で良い。

彼女は人を殺すどころか、傷つけもしない。

手をつけるのは、貴族の宝石だけ。

それも、大量に盗むわけでもない。


代々伝わる家宝を盗むこともあるが、それで傷つくのは()()()()()()()だ。


だが、フレイヤは違う。

彼女は明らかに、命を狙われていた。

男たちは、殺すつもりはなかったという。

後からなら、なんとでも言える。

彼らはフレイヤが自分たちの望む答えを口にするまで、痛めつけるつもりだった。

()()()()()()()()()()()、仕方がないと笑って済ませただろう。


貴族にとって、()()()()()()()()()()()


それならば、ラルスが選ぶ道は一つだけだ。


王立憲兵騎士団(ジャンダルムリ)は、民の命を守るためにある──そうですよね、養父上(ちちうえ)


それが、養父ユルゲンの教えだ。


王立憲兵騎士団(ジャンダルムリ)の矜持。

自分たちは王国に仕えるのであって、国王や王族に仕えているのではない。


国とは、民。

民なくして、国はない。

国なくして、王も貴族もない。


それを忘れてはならないのだと、養父(ちち)は──ユルゲンは、何度も何度も、繰り返していた。

ラルスがその言葉を、一言一句違いなく、脳に刻み込むまで。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ