32. 憲兵騎士団に芽生える疑惑
ラルスは、王立憲兵騎士団の訓練所に居た。
今はちょうど、騎士たちが訓練に明け暮れる時間帯だ。
動く的を魔法銃で撃ち落とす騎士たちに目を光らせながら、ラルスは考える。
──一体、誰が敵に情報を送ったのだろうか。
薬草卸売専門店『ミスティコ』の摘発に関する報告書も、密猟者に関する調書も。
ラルスは、いずれも二種類の報告書を作成していた。
一つは、全てを詳らかに記したもの。
もう一つは、王宮に提出するもの。
信頼する騎士にしか、全てを記した書類の存在は伝えていない。
それなのに、フレイヤを襲った男は、フレイヤが『ミスティコ』摘発に関与したと考えていた。
どこかでフレイヤの名前を見たのだ。
王宮に上げた書類の中に、フレイヤの名前は出て来ない。
あくまでも『協力者』としか書いていない。
名前も性別も、それどころか年齢も明らかにしていない。
つまり、誰かが詳細を書いた書類の存在を知り、内容を見た。
そして『ミスティコ』の摘発現場にフレイヤが居たことを知り、彼女が王立憲兵騎士団の協力者だと思い込んだに違いない。
最初にラルスの目に付いたのはフィンだった。
フィンは少し軽薄なところがある。だが、裏切るような性格ではない。
先輩であるカールに懐いているし、ラルスのことも尊敬しているようだ。
それに、深く考えていないように見えて、危険なことには手を出さない。
野生の勘が鋭いと言えば良いのだろうか。
彼の直感はだいぶ優れていて、不味いと思ったことは上手く避けている。
だから、軽薄な印象とは裏腹に、男女関係も含めて本当の修羅場に陥ったことはなかった。
次にラルスはカールを見る。
カールはフィンよりも三年ほど先輩だ。
後輩の面倒見が良いが、不愛想なので基本は怖がられている。ただ、フィンは持ち前の気安さでカールとは仲良くやっていた。
真面目な性質で、ふざけることもない。
職務に忠実で、フィンと同じく、ラルスを慕っている。
ラルスは溜息を吐いた。
書類が二つあると教えたのは、この二人だけだ。
だが、二人が裏切ったとは到底考えられない。
視線を、他の騎士たちに移す。
最初から、スパイとして潜入した騎士がいるのか。
それとも、買収されたか。
どちらなのかで、候補者は変わる。
スパイとして潜入したのであれば、候補者は二人。
フィンの同期である、最年少のコリン。
カールよりも一年早く入団した、しかし団員の中では年上のイーノック。
コリンは若手で、大人しいが、実際には王立憲兵騎士団では随一、気が強い。
イーノックは、元は貴族の家で下働きをしていた。だが、使用人同士でトラブルになったため辞めたという。
買収された可能性が高い騎士は、一人。
ユージンは商家の生まれで、実家は借金で火の車だという。
もちろん、三人以外の可能性もある。
本人や家族、親戚の素行調査は入団時に行うが、入団後は調査しないからだ。
ラルスが把握していないところで、何かしらのトラブルに巻き込まれ、否応なしにスパイを引き受けざるを得なくなった、ということもあるだろう。
「頭の痛い問題だな……」
ラルスは低く呟いた。
密猟集団を捕らえ、薬草卸売専門店『ミスティコ』を摘発した。
両者は繋がっている。密猟者が得た製品を『ミスティコ』が製品にし、貴族相手に高値で売りつける。
もちろん『ミスティコ』は密猟品以外も売買しているから、全てが違法というわけではない。
いずれにせよ、『ミスティコ』があることで、密猟を命じた者は綺麗な金を手に入れられる寸法だ。
その中に、王宮の中枢で権力を牛耳る貴族がいる。
具体的な名前や、その貴族が持つ取引の全容は掴めなくとも、ラルスは確信していた。
密猟集団と『ミスティコ』を摘発すれば、高い確率で権力の中枢は動きが悪くなる。
権力の中枢は、王家とその周辺のことだ。
当然、王太子ケンドリックと彼の側近も含まれる。
これまで怪盗令嬢を捕らえられない王立憲兵騎士団の不手際を責め立てるだけだった彼らも、資金源を断たれては一大事だ。
密猟と『ミスティコ』から流れる金はかなり膨大なものだったから、影響はすぐに出て来るだろう。
その読みは正しかった。
実際に、『ミスティコ』を摘発した後は、ラルスが王宮に呼び出される頻度も減った。
それまではヤフェス・マクネアから執拗なまでの追及を受けていたというのに、静かなものである。
王立憲兵騎士団の団長職からラルスを追放するとまで言って、気炎を上げていたのだが、今やその気配は欠片もない。
一方で、ラルスは読み違えもした。
それが、フレイヤの存在だ。
思ったよりも優秀だった彼らは、フレイヤを特定した。
身柄を保護した後、フレイヤはラルスの質問に素直に答えてくれた。
どうやら、彼女を襲った男たちは、王立憲兵騎士団との繋がりを執拗に問い質したらしい。
どこまでラルスが彼らの事情を掴んでいるのかを知りたかったのだろう。
そして、フレイヤの身に危害が加わることで、ラルスが調査を中止することも目論んだに違いない。
いずれにせよ、彼らの目論見は無駄に終わったわけだが──。
そこまで考えたところで、時間が来る。
ラルスは声を張り上げた。
「そこまで!」
ひっきりなしに鳴り響いていた銃声が止まる。
駆け足でラルスの下に戻って来た騎士たちに、ラルスは低く告げた。
「十五分ほど休憩。その間に片づけを完了。十五分後に、剣の訓練を始める」
「はっ!」
声を揃えて答える部下たちに一つ頷き、走り去る背中を見送る。
そのラルスに、既に片づけを終えていたフィンが話しかけた。
その隣には、カールが居る。
カールは無言で、自分の剣の確認をしていた。
「団長」
「なんだ」
「その、この前俺の姉貴に頼んで腕輪手配したじゃないですか。あの腕輪、どうしたんですか?」
ラルスは反射的に顔を顰める。
忘れていたわけではないが、ラルスは「そうだった」と思い出した。
薬草卸売専門店『ミスティコ』摘発の前に、彼はフィンの姉が魔法道具を作っていると聞き、仕事を依頼したのだ。
それが、身体防御の魔法道具だった。
王立憲兵騎士団も魔法道具を大量に発注するが、発注相手は専門業者だ。
だが、騎士団で使う魔法道具は業務用で、一般人が普段使いするには不便である。
ラルスが考えていた用途のためには、取引をしている魔法道具業者ではなく、フィンの姉のように日常品を作っている店が最適だった。
「人に渡した」
「人?」
フィンは不思議そうに言うと、ちらりとカールを横目で見た。
カールは剣から目を離さない。だが、二人の会話を聞いていることは分かった。
「誰ですか? もしかして、フレイヤちゃん──」
「誰でも良いだろう」
ぶっきら棒にラルスは答える。
だが、フィンにもカールにも答えは明らかだった。
「やっぱり! 俺、そうじゃないかなあなんて思ったんですよ!」
「誰もそうだとは言ってないだろう!」
「またまたあ、団長ったらテレちゃって! 耳、赤いっスよ!」
理由は分からないが、フィンはとても嬉しそうだ。
十代の若い少女のように、きゃっきゃとはしゃぐ。
そういえばフィンは女系家族だったと、ラルスは思い出す。
フィンには三人の姉が居て、末っ子だそうだ。
小さい頃は華奢で女の子と見間違うほど可愛らしく、よく姉たちの手で着せ替え人形になっていたらしい。
反発するでもなく、フィンは姉たちと一緒に楽しんだそうだ。
だから、女子会トークのような会話も気軽にする。
そのお陰で、女性たちから人気はあれど一種の畏怖を持たれる他の団員とは違い、フィンには女友達が多い。
本人は、本命になれないのだと嘆いていたこともあったが、ラルスから見れば本命とやらと女友達の差は分からなかった。
「で、フレイヤちゃん、喜んでくれました?」
フィンは楽しげに尋ねる。
ラルスは考えた。
きっと、フレイヤは喜んでくれていた。
今でも、鮮明に彼女の顔を思い出せる。
腕輪を受け取ったフレイヤは満面の笑みで、「ありがとうございます」と言ってくれた。
少しはにかむような、柔らかな笑顔は何度も見たことがあったが、これまでのものは全て愛想笑いだったのだと思えるほどだった。
彼女を襲った男に角材で立ち向かった時にも感じた、凛とした芯の強さ。
顔立ちは変わらないのに、滲み出る雰囲気は全く違った。
フレイヤが内に秘めた強さから、ラルスは目を離せない。




