3. 婚約破棄、追放──のち、死亡
──それは、三年前。
豪華絢爛な、王宮の広間で起きた出来事だった。
「私はハウライト王家の名において、公爵令嬢コンスタンツェ・ルベラティスとの婚約を破棄する!」
一段高い場所から、王太子は叫んだ。
傍らには、庇護欲をそそる華奢な少女がいる。ふわふわとした甘すぎるドレスは、王太子からのプレゼントだ。
少女は、未来を見通せる能力を持つと、教会に認定された。王太子や側近に跪かれ、聖女と呼ばれる。
彼女はこの世の春を謳歌していた。
──そう、信じているのでしょう。
コンスタンツェは、ひっそりと笑みを浮かべる。
元婚約者の反応に、王太子は気が付いていない。彼は、自分が正しいと心から信じていた。
次から次へと、コンスタンツェとルベラティス公爵家の悪事を読み上げる。
ご丁寧にも、証拠と証言を、これでもかと並べていく。
人々が騒めいた。
現王家が国を支配して以来、権勢を誇ったルベラティス公爵家の失墜の瞬間だった。
「そんなはずはない! これは陰謀だ、我々は知らない!」
ルベラティス公爵と夫人、嫡男が声を張り上げる。無実を訴える。
だが、ここは王国。王家の権力は、圧倒的だ。
──ニセモノなのに、おかしなこと。
家族が狼狽しているのに、コンスタンツェは全く動揺しない。
王太子妃の教育が、功を奏したわけではなかった。
全てが、彼女の掌の上だった。
聖女が公爵令嬢を蹴落とすことも。
そして、王太子の婚約者に収まろうとすることも。
そのために、妙なところから得ていた知識を予知能力と偽ったことも。
コンスタンツェは、知っていた。
だから、親切心を起こして、証拠と証言を用意してあげた。
コンスタンツェにとっては、とても都合が良かった。
「ルベラティス公爵家が謀反を企んだことは確実! ゆえに、当主と夫人、成人を迎えた嫡男ならびに親族は処刑とする。未成年の者は魔力封じの魔道具を身に着け、修道院にて生涯、神に奉仕せよ!!」
社交界デビューを間近に控えていたコンスタンツェ。
彼女は、修道院で生涯幽閉されると決まった。
高位貴族としての煌びやかな生活に身を浸していた少女にとって、その罰は苦痛であるに違いない。
王太子はもちろん、誰もがそう考えていた。
聖女が、誰にも見えないように、意地悪に口角を上げる。
『バイバイ、悪役令嬢』
その表情を、コンスタンツェは見ていた。
声に出されない聖女の言葉を、コンスタンツェは口の形で読み取った。
ニセモノの聖女が勝利を確信した瞬間。
それは、とても滑稽だった。
バイバイという言葉は、存在しない。
聖女だけがときおり使う、不思議な言い回しの一つだった。
悪役令嬢という単語も妙だ。
意味は、分かる。
だが、舞台の上に「悪役」は居ても、「悪役令嬢」は居ない。
聖女はその言葉を、一体どこで学んで来たのだろうか──?
そんな疑問すら持たない王太子と側近に、コンスタンツェは普段と同じ、冷たい眼差しを向ける。
ニセモノは、真贋を判じられない。
そんなことは、とうの昔に分かっていたことだった。
だからこそ、ニセモノには惹かれない。コンスタンツェが欲しいものは、昔も今もこれからも、変わらずホンモノだけだった。
コンスタンツェは優雅に一礼し、罪状を受け入れた。その態度に違和感を覚えた貴族は少ない。
多くの貴族が、コンスタンツェを嘲笑った。
現実を知らない、愚かな小娘だと──聖女を害そうとしただけあると、誰もが首を振った。
きっと、修道院に辿り着けば嘆き狂うに違いない。
それが、その場に居たほとんどの貴族が思い描いた未来だった。
──想像力のカケラもない、つまらない人たちね。
全属性の魔力を持つ者に特徴的な、光によって七色に輝きを変える髪。
畏怖と憧憬を集める黒髪を翻し、コンスタンツェは王宮を後にする。
魔道具を付けられた公爵令嬢は、馬車に乗る。
だが、道中で彼女の馬車は襲われた。馬車は壊され、御者と令嬢の無惨な遺体が発見された。
魔力封じの魔道具も、破壊されていた。
単なる不幸だとも、ルベラティス公爵家と敵対していた貴族の仕業だとも、そして王太子の計略だとも囁かれている。
王立憲兵騎士団の調査で、犯人は捕まった。盗賊だった。
男たちは金目当てだと告白し、斬首された。
全ては終わったはず、だった。
────誰もが、全て終わったのだと、信じていた。




