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公爵令嬢は、死んで宿敵騎士と王国を盗むことにした~闇の女王と真贋の迷宮(ラビリンス)~  作者: 由畝 啓


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28. 詰問の行方



追手の気配を感じる。

決して恋心を拗らせたストーカーなどではない。

そう判断して、フレイヤは暗がりの路地に足を踏み入れる。

半ばまで進んだところで、追っ手は姿を現わした。


「魔法薬局のフレイヤだな?」

「え──?」


今気が付いたというように、フレイヤはぽかんとしてみせる。

一瞬遅れてびくりと肩を震わせた。そして、今にも逃げ出そうとするように、足を一歩後ろへ引く。

だが、背後でも物音がした。

反射的に振り返ると、道を塞ぐように別の男が立っている。


前にも、後ろにも逃げられない──普通なら、万事休すの状態だ。


「な、なんですか──っ!?」


普通の少女なら言うだろう台詞を、フレイヤは声を震わせて叫ぶ。

正直、上手くできている自信はなかった。

恐怖に震える経験が、フレイヤにはない。

できることは、これまで目にしてきた数多の人間の反応をなぞるだけ。


幸いなことに、フレイヤを囲んだ男二人は彼女の演技に気が付いていない様子だった。


「お前に訊きたいことがある」


じりじりと距離を詰めながら、最初に声を掛けて来た男が尋ねる。

フレイヤは肩を竦め、怯えた風を取り繕った。


──意外と疲れるものだな、と思いながら。


恐怖に震えている時、反射的に人は全身を強張らせる。

筋肉を緊張させ、いつでも逃げられるようにと全身に力を入れる。

その状態は、とても疲れるものだった。


リラックスした方が、よほど上手く体を使えるというのに。

下手に体を強張らせていると、逃げられるものも逃げられない。戦うことさえ難しい。

人間の体って道理に合わないわね、と、フレイヤは他人事のように呟く。


だが、今はそんなことよりも、間近に迫る男たちの方が重要だ。


男たちは、じりじりとフレイヤとの距離を詰めながら、静かに尋ねた。


「あの店のことを、どこで知った?」

「あ、あの店……?」


フレイヤは首を傾げる。

だが、内心では飽きれていた。

男たちが、どの店の話をしているのかは想像が付く。『ミスティコ』だ。それでも、はっきりと名前を言わなければ相手には通じない。

本気で尋ねる気があるのだろうかと思っていると、男は苛立ったように舌打ちを漏らした。


王立憲兵騎士団(ジャンダルムリ)が摘発に入った店だ。忘れたとは言わせないぞ。お前が奴らを招き入れたんだろう? 誰に頼まれた、ラルス・タンザナイトか?」


ようやく男ははっきりと口にする。

最初からそう言っておけば良いものを──フレイヤは笑いそうになるのを堪えた。


「なんのことでしょうか」


別に、フレイヤは『ミスティコ』の話をラルスにしたわけではない。

麝香の存在を、チラつかせただけ。

優秀なラルスは、自らの力で密猟者を突き止め、そこから『ミスティコ』に辿り着いた。


「しらばっくれるな!」


男は激昂する。威嚇するように、鈍く銀色に光る銃を懐から出す。

フレイヤは目を眇めた。

単なる銃だ。王立憲兵騎士団(ジャンダルムリ)の騎士が扱うような、魔法銃ではない。

どうやら、『ミスティコ』の店主ドロスの雇い主は、フレイヤを脅し、ラルスに警告を与えるつもりらしかった。

もしかしたら、脅すだけでなくフレイヤを殺しても良いと命じている可能性もある。

その方が、ラルスのような男には手酷い警告になるだろう。


──もっとも、ラルスがフレイヤの死に怯えて追及の手を止めるとは思えないが。

むしろ、彼ならば怒りに燃えてより苛烈になる気がする。


「私を好きだから、というよりも、庶民に被害が出たことに対する怒り──だわねえ。それはそれで、腹立たしいものだわ」


どうせなら、フレイヤを失うことに対する怒りであって欲しい。

自分の命が危機に晒されている状況でありながら、フレイヤは見当外れのことを考えていた。


男はフレイヤの考えなど全く知らないまま、険しい表情で言い募る。


「あの男はお前に何を言った? あの店の話以外にも、何か聞いているんじゃないのか」


男は完全に、フレイヤがラルスと繋がっていると信じていた。

それも、今回『ミスティコ』の摘発をするめだけに雇ったわけではない。二人の関係は恒常的なものだと思っているようだ。


なぜかしら、と、フレイヤは思索を巡らす。

だが、すぐに思い当たった。


フレイヤは、長年、王立憲兵騎士団(ジャンダルムリ)に薬を納品している。

ラルスたちがフレイヤの勤める魔法薬局に来ることもあるが、基本はフレイヤが王立憲兵騎士団(ジャンダルムリ)に行く形だ。

だから、男たちは勘違いしたのだろう。

薬を持って運ぶついでに、フレイヤは巷で得た情報をラルスに渡しているのだろう──と。


勘違いも甚だしいが、フレイヤは否定しなかった。

ラルスと関係が深いと思われている。相手が敵対者であろうと、悪い気はしない。


「さあ。特に何も仰ってはいませんでしたけど」


フレイヤはさらりと答えた。

事実だ。

だが、男たちは事実だとは思わない。

案の定、フレイヤを挟み撃ちにした二人の男は堪え切れない殺気を発する。


三流ね、と、フレイヤは内心で嘲笑った。


男たちは、もうそれ以上言葉を発さなかった。

フレイヤが口を割らないと思ったのだろう。

それはある意味で正しく、ある意味で間違っている。


確かに、フレイヤは男たちに何も教えるつもりはない。

ただ、同時に、ラルスから何かを直接聞いたわけでもない。

()()()()()()()()()()()()と訊かれたらほぼ全てだと答えるかもしれないが、()()()()()()()()()()()()と問われたら、「何も聞いていない」が答えだ。


そもそも、男たちは質問の仕方を間違えていた。


ちらりと、フレイヤは周囲に視線を巡らせる。

裏路地には、物が積まれている。

ゴミが出され、その中には手ごろな角材もあった。

普通の少女でも持てそうな大きさだ。その角材を振り回したとて男たちにダメージは与えられない。

だが、フレイヤには魔法があった。

魔法を組み合わせれば、簡単に男たちを無力化できる。


フレイヤは、男たちを避けるような動きで、ゆっくりと角材に近付く。

男二人は、フレイヤの目論見など気が付いていないかのようだった。


「これが最後の警告だ。これまでのように平穏無事に生きていたいのであれば、俺たちの質問に答えろ」

「まあ、どうしましょう」


困ったように、フレイヤは呟く。

そこでようやく、男たちは違和感を覚えたようだった。

一瞬、不審そうに眉根を寄せる。

明らかに怯えを見せていたフレイヤが、落ち着き払っていることが妙だと思ったのかもしれない。

ただ、フレイヤは途中から、芝居を放棄していた。

男たちの目的が分かれば、それで良かったのだ。

あとはさっさと片付けて、家に帰るべきだ。


「早く帰らないと、お肌に悪いの。夜更かしは美容の大敵って、ご存じ?」

「何を言っている?」


一人が胡乱に眉根を寄せる。

もう一人は、戸惑いながらもフレイヤに言い返した。


「──肌がどうのこうの、と言っていられるのも今のうちだぞ。俺たちの言うことを聞かないのであれば、美容とやらを気にしていられるような体ではなくなる」

「あらいやだ」


フレイヤは、今度こそはっきりと笑った。


「要求が増えているわよ。精々、自分の発言は首尾一貫させなさいな」

「なに?」


男たちの計画では、フレイヤを少し脅せば、彼女は怯えて泣き叫んで全てを白状するはずだった。

その後は、煮るなり焼くなり、好きにすれば良い。

ちょっと痛めつければ、ラルス・タンザナイトに訴えることもないだろう。


簡単な仕事だ。

そう考えていた。


だが、フレイヤは全く落ち着いている。

最初に見せていた怯えは消え去り、悠然と微笑んでいる。


底知れない恐怖に、男たちは一瞬足を止める。

その瞬間を、フレイヤは見逃さなかった。


一瞬にして、魔法で角材を引き寄せる。

男たちの目にも留まらぬ早業だった。

それでも、男たちも慣れたものだった。反射的に発砲する。

銃弾は、フレイヤの胴を狙っていた。

的は大きい方が良い。定石だ。

だが、縦断はフレイヤには当たらなかった。

彼女は角材を振り上げる。


狙いは、急所。

魔法は使うが、普通に考えて誰も庶民のフレイヤが魔法を使うとは思わない。


相手はフレイヤよりも力の強い男二人で、銃を持っている。

手近にあった角材で反撃したとて、フレイヤの正当防衛で話は終わる。


「ふふ──()()()()()


フレイヤは、小さく礼を言った。

ここは王都。

王立憲兵騎士団(ジャンダルムリ)が、出張って来る。

調査の時に、フレイヤはラルス・タンザナイトに会えるだろう。

彼はきっと、心配してくれる。『ミスティコ』の摘発が終わった後、事情聴取をしている間も、ラルスはフレイヤを気遣ってくれていた。


フレイヤだから、気遣っていたわけではない。

被害者だから、ラルスは心配していた。


せっかくなら、フレイヤだから心配している──そう思って欲しいが、問題ない。

何度も繰り返せば、ラルスはフレイヤを特別に感じ始める。


その確信が、フレイヤにはあった。

そして、思い切り角材を一人に振り下ろそうとした時。


「──っ!」


鋭い風。一閃する剣。

フレイヤの角材が一人の意識を奪うと同時に、もう一人も新たな闖入者の剣で地面に倒れ伏す。


反射的に、フレイヤは振り返った。

フレイヤの乱れた髪が、風に揺れる。

目にかかった前髪を掻き上げて、見つめた先。


「大丈夫か?」


そこには、息を切らしたラルフ・タンザナイトが居た。





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