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公爵令嬢は、死んで宿敵騎士と王国を盗むことにした~闇の女王と真贋の迷宮(ラビリンス)~  作者: 由畝 啓


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26. 夜闇の訪問者


薬草卸専門店『ミスティコ』の一件は、新聞でも連日大きく取り上げられていた。

王立憲兵騎士団(ジャンダルムリ)での事情聴取も終えたフレイヤは、普段の生活に戻っている。

だが、ブリギッタは心配な様子で、店に出て来る時間が増えた。

ここ最近はまるきり店をフレイヤに任せていたのに、フレイヤが来たばかりの頃のようだ。


「もう、ブリギッタさんったら。私は大丈夫ですよ」


フレイヤは、ブリギッタを安心させるように言う。

だが、ブリギッタは難しい表情で首を振った。


「そうとも言ってられないよ。あそこの店は、あまり良い噂を聞いていなかったからね」


ブリギッタは、フレイヤが自分に内緒で『ミスティコ』に行ったことが不満らしい。

一言でも相談してくれたら止めたのに、と何度も言う。


「悪い噂、ですか?」

「そうさ。ろくでもない連中とつるんでるってね。ああいう連中は、逆恨みだってするんだ。

王立憲兵騎士団(ジャンダルムリ)が摘発したところに、フレイヤが居たって聞いたら、報復しようって考える奴が出たっておかしくないよ」

「まさか、そんなこと」


フレイヤは眉根を薄らと寄せる。


「本当だよ。いいかい、世の中にはね、フレイヤ。お前さんが思うよりもよほど悪い奴らが、山ほど居るってもんだよ」


ブリギッタは、フレイヤが半信半疑なのだと思ったらしい。

だが、フレイヤはよく知っていた。


ドロスが店主を務めていた『ミスティコ』、そしてその背後にある流通網。

それは、元々フレイヤの生家ルベラティス公爵家が営んでいた商売だった。

発案はフレイヤ──当時のコンスタンツェで、彼女の父は娘に諭されたとは気が付かないまま、商売を始めた。


ただ、当時と今とでは大きな違いがある。

少なくとも、ルベラティス公爵家の時代は麻薬や毒薬を広く売ろうとはしていなかった。

非情な高値で、決して出所が分からないようにし、しかし顧客は厳重に管理していた。誰に情報を渡すか、薬を売るか──全て、厳格に管理していた。


稀少性が価値を上げ、危険を減らす。

その信条を元に、決して危ない橋は渡らなかった。

コンスタンツェが、父にそうさせていた。


実父は意識していなかっただろう。彼は、単に金儲けに余念がなかった。

だが、コンスタンツェは違った。

彼女の目的は、あの時から既に金ではなかった。

地位でも、名誉でもない──彼女が心の底から求めて止まない()()()()()()だけを、求めていた。


その徹底的に管理された商売を崩壊させたのは、他でもないマクネア伯爵とカウマンス公爵だった。

彼らは手広く商売を始めることに決めたのだ。

だからこそ、『ミスティコ』を王都に出した。コンスタンツェが目を光らせていた頃なら、決してさせなかった愚挙だ。


薄らと、フレイヤは微笑を浮かべる。


そう──マクネア伯爵も、カウマンス公爵も、自分たちが決めたことだと信じている。

そんな彼らを、気付かれないよう誘導することなどフレイヤには容易い。

王太子ケンドリックも側近たちも、彼らの家族も、行動原理は単純明快だ。


より、自らの利になる方へ。

過去、現在よりも、一層大きな名誉を、富を、権力を得られる選択を。


「考えすぎですよ、ブリギッタさん」


だから、フレイヤは本気でブリギッタに向けて穏やかに答えた。

彼らがどれほどあくどいことをやってのけるとしても、フレイヤの予想を大きく超えることはない。

多少は期待を裏切ることがあっても、全て誤差の範囲だ。


王家も、王家に追随する貴族(けんりょくしゃ)も、フレイヤを真に傷つけることなどできはしない。


だが、ブリギッタはフレイヤの真の姿を知らない。

老女にとって、フレイヤは自分の孫のような存在だった。

真面目で優しくて穏やかで、ひたむきで──この世界の悪を、何も知らないような、純粋な娘だ。


ブリギッタは眉を下げた。


「考えすぎでも良いからさ。お願いだから、どうか気を付けておくれよ」

「ええ、もちろんです」


フレイヤは優しく答える。

ブリギッタは嬉しそうではない。一層、彼女の心配は深まったようだった。


窓際で丸まって寝ていた黒猫のヴィオレが、一つ大きなあくびをする。

そして、一言にゃおと鳴いた。

そちらを見て、ブリギッタが「ほら」と言う。


「ヴィオレも、心配だって言っているよ」

「──そうですね」


困ったように、フレイヤは笑う。

もちろん、フレイヤはヴィオレが何といったのか分かっていた。

ヴィオレは彼女の使い魔だ。他の者にヴィオレの言葉は届かないが、フレイヤには明らかだった。


「フレイヤの方が、よほどあくどいよ」


フレイヤの黒い使い魔は、呆れた声でそう言っていた。



◇◆◇◆◇



ブリギッタの心配を、フレイヤは適当に流していたわけではない。

誰も自分を傷つけられない、その自信があった。

フレイヤでいる時は隠しているといえども、本来の彼女は全属性の魔法を使える。魔力量も膨大だ。

十分に魔法を使いこなせる。

だからこそ、そこらの破落戸(ごろつき)に襲われても、無傷で切り抜けられる。


そして、フレイヤは夜道を歩いていた。

王都は他の都市よりも、王立憲兵騎士団(ジャンダルムリ)のお陰で治安が良い。

だからといって、女の一人歩きが全くの安全というわけでもない。

街灯が明るい場所で日が翳った時間帯なら、安全なこともあるという程度だった。


「まさか、明日の朝ごはん用のパンがなくなっているとは思わなかったわ」


フレイヤは小さくぼやく。

彼女は、贔屓にしているパン屋の紙袋を抱えていた。


「でも確かにそうよね。最近、ブリギッタさんも朝起きるようになってきたし」


ここ数年、フレイヤに魔法薬局の開店準備を任せるようになってから、ブリギッタは起きる時間が遅くなっていた。

目は覚めるらしいが、動く元気があまりないらしい。

年を取ったせいだと本人は笑っていた。


それなのに、『ミスティコ』の摘発があった後は、以前のように朝から活動的だ。

もう隠居する年だと笑っていたのに、活力は以前と同じくらいに戻りつつあるようだった。


「私の計画を考えると、その方が良いのだけれどねぇ」


フレイヤはうっそりと笑う。

彼女にとって、ブリギッタの魔法薬局は隠れ蓑だ。

いずれ目標を達成した暁には、フレイヤは魔法薬局を辞める。

その時は魔法薬局を畳めば良いと昔は考えていたが、五年も働けば愛着も湧いた。

今では、多少開店時間や日数が短くなっても、ブリギッタが切り盛りすれば良いのではないかと思うようになっていた。

そのためには、ブリギッタにも元気でいて貰わなければならない。


「──?」


その時、フレイヤは違和感を覚える。

誰かに尾行されている気配がした。


「なにかしら」


少し考える。

コンスタンツェだった時はともかく、フレイヤは無害な一般市民だ。

魔法薬局で真面目に働く庶民である。

そのフレイヤを尾行する人間など、そうそう居るわけがない。


「気配の消し方からして、玄人(プロ)ね」


ストーカーや変質者の類ではない。

彼らの気配はもっと分かりやすい。

だが、今フレイヤを尾行している人物は、ふとした瞬間に気配を漏らしただけだった。

基本的には、器用に気配を消している。


明らかに、追っ手は尾行に慣れている。

しがない魔法薬局の店員を追尾する、玄人──常識的に考えればあり得ない状況だ。

もちろん、フレイヤにはたった一つだけ、心当たりがあった。


「ブリギッタさんの、正解ね」


そして、フレイヤの計画通りでもある。


「さあ、いつ仕掛けてくるかしら?」


フレイヤは心底楽しくて仕方がないとでも言うように、紅を差した唇の端を釣り上げた。



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