22. 襲撃された店
ドロスはびくりと肩を震わせた。
一体何事かと、天井を見る。
大きな音と振動は、間違いなく地上から伝わって来たものだった。
振動に次いで、大きな物音と悲鳴が遠く聞こえる。
恐らく店員や客のものだろう。
野太い声も響いている。
なるほど、とフレイヤは納得した。
ほぼ間違いなく、王立憲兵騎士団だ。フレイヤの予測とも一致する。
もっとも、あと数日は遅れるものだと思っていたが──ラルス・タンザナイトはフレイヤの期待以上の働きを見せた。
自然と、フレイヤの口角が上がる。
「貴様か!?」
咄嗟の判断で、ドロスはフレイヤを睨み付けた。
慌てて調剤室の扉をしっかりと閉める。そして、扉のすぐ隣に備え付けられたボタンを押した。
地下室の電気を点けるためのものではない。それは、地下室が外から見つからないようにするための魔法道具だった。
「なんのこと?」
フレイヤは掛け値なしの本気を、そのまま口にする。
もちろんフレイヤは王立憲兵騎士団と協力関係にはない。むしろ、敵同士だ。
想像していたものの、今日がさ入れが──勢いから考えれば摘発だろう──入るとは知らなかった。だから、嘘ではない。
だが、あいにくと状況から見て説得力は薄い。
ドロスは口角から泡を飛ばして怒鳴る。
「今のこれだ、おおかた王立憲兵騎士団だろう!? 本隊が踏み込むより先に、お前が偵察のために来たんじゃないのか」
「まさか。それこそ失礼な言い様ですわね。私、王立憲兵騎士団とは何の関係もありませんわよ」
むしろ、フレイヤと王立憲兵騎士団は水と油の関係だ。
フレイヤにとって、団長のラルス・タンザナイトはむしろ好ましい人物だが──一応は、追って追われる仲である。
「それなら、なぜ貴様が来た時に奴らが踏み込んで来る!」
フレイヤは、今度こそはっきりとドロスを嗤った。
「偶然ですわ。そもそも、踏み込んで来た人たちを直接見たわけでもないのに、よく王立憲兵騎士団の摘発だと分かりますわね? 後ろ暗いところがあると言っているようなものでしてよ」
「なんだと!?」
ドロスは気色ばむ。
この地下室の出入り口は一ヵ所しかない。
逃げようとしても、出た先には王立憲兵騎士団が居る。
彼にとっては万事休すだ。
一体どうするのかと、フレイヤはドロスの様子を窺った。
ドロスが稼働させた魔法道具を無効化することも、フレイヤには容易い。
ただ、果たしてそれが最善手なのか。
フレイヤは考える。
一方、ドロスは痛烈な舌打ちを漏らした。
頭上が少しばかり静かになり、足音が近づく。
「くそっ!」
ドロスは吐き捨てると、思い切りフレイヤの肩を掴んだ。腕を捻るようにして、扉と自分の間にフレイヤを立たせる。
フレイヤの手から薬のレシピが落ちるが、緊張して扉を注視するドロスは気が付かなかった。
「精々ここで役立て。捕まってたまるか」
ここで役立てというのは、王立憲兵騎士団の攻撃から盾としてドロスの身を守るという意味に他ならない。
一言一句間違いなく、フレイヤはドロスの意図を汲み取った。
フレイヤは鼻先で笑う。
「まあ、先ほどスイッチを入れた魔法道具があれば、貴方は安泰ではありませんの?」
「念には念を入れるって言葉を知らないのか。これだから庶民は」
ドロスは、自分がフレイヤに嘲笑われているとは気が付かず、はっきりと嘲弄した。
「少なくとも、貴方に相応しい言葉には思えませんわね」
一層ドロスを激昂させるような言葉を口にして、フレイヤは扉に顔を向ける。
ここで死ぬ気はない。ドロスの盾になる気も毛頭ない。
ドロスは、押さえつければフレイヤが逃げられないと思っているようだ。だが、フレイヤには魔法がある。
一般男性の腕力程度で、拘束できると考えること自体が間違いだった。
とはいえ、フレイヤは非力な庶民だ。
髪も地味で目立たない色に変えている。誰が見ても、魔法を使えるとは思わない。
ドロスだけが見ている場所で、彼の記憶を綺麗さっぱり消すのであればともかく、王立憲兵騎士団の前で魔法を使うわけにはいかなかった。
魔法を使えば、その時点でフレイヤがただものではないと知られてしまう。
万が一にでもラルス・タンザナイトに目撃されてしまえば、彼は瞬時に、フレイヤとコンスタンツェの魔力が同じだと気が付くだろう。
そうなると、フレイヤが長年慎重に推し進めて来た計画はたちまちに終わりを告げる。それだけは、避けなければならなかった。
「蹴破れ!」
頑丈な扉の向こうで、そんな声がする。
優秀な王立憲兵騎士団は、あっという間に地下の調剤室を見つけたようだ。
さすがに、この状況ではフレイヤがドロスを制圧して逃げる時間もない。
「この部屋、魔法道具が使われています! 物理的攻撃が無効化される!」
王立憲兵騎士団は優秀だ。案の定、ドロスの仕掛けにすぐ気が付いた。
ドロスの気配が硬くなる。
フレイヤは諦めた。
調剤室に突入する一団の中に、ラルス・タンザナイトがいないことを祈るばかりだ。
ラルスが居ない王立憲兵騎士団であれば、フレイヤはいくらでも彼らの目を誤魔化し、魔法を使える。
二度、三度。
扉ごと、部屋が揺れる。
あっという間に、部屋を防護していた魔法道具は無効化されていた。
堅牢な造りの部屋なのに、攻撃力が強すぎる。
王立憲兵騎士団は、かなり強力な魔法を使っているようだ。
「なんで、こんな──」
フレイヤや王立憲兵騎士団にとって魔法は非常に身近なものだが、一般的にはそこまで馴染みがない。庶民が知る魔法といえば魔法薬くらいだし、高位貴族であっても、ちょっとした子供だましのような魔法しか知らないのだ。
ドロスが身を守るために発動させた魔法道具も、フレイヤからすれば子供だましのようなものだ。
普通の金庫を、もう少し頑丈に、強固にしたようなもの。火事や物理的な圧力だけでなく、魔法道具の効果も無効化する。
魔法がそれほど頻繁に使われていない世界にいれば、万能に見えただろう。
ドロスが戸惑うのも、当然だった。
冷めた目で、フレイヤは自分を捕らえたままのドロスを見やる。
ドロスは警戒と恐怖心が限界に達しているようだ。
目を見開き、小刻みに震えながら扉を凝視している。
四度目の突撃──木製の重厚な扉の中央が、割ける音が響く。
次の瞬間、フレイヤとドロスの前にはまばゆいばかりの光が広がった。
「王立憲兵騎士団だ! 手を挙げろ!」
眼前に広がる、魔法拳銃。
だが、ただ一人、拳銃を持たない男が居る。
それがラルス・タンザナイトだと、フレイヤだけはすぐに気が付いた。
──やっぱり。
心が湧きたつ歓喜に、フレイヤは身を震わせる。
──ラルス・タンザナイトは、私が見込んだ男だ。私の期待を、悠々と越えてくる。
ともすれば零れ落ちそうになる笑みを隠すために、フレイヤはわずかに俯く。
迸りそうな感情を抑えようと、体が小刻みに震える。
それが、恐怖に震えているようにみえたのかもしれない。
フレイヤの背後で、ドロスが低く唸った。
「くそっ──!」
毒づいて、彼はフレイヤの体を一層強く引き寄せた。
フレイヤの首筋に、冷たい金属が触れる。
ドロスが持っていた小刀だ。今にもフレイヤの白い皮膚を突き破りそうに、切っ先が肉にわずか埋もれている。
王立憲兵騎士団を率いているラルス・タンザナイトは、すぐにフレイヤの存在に気が付いた。
なぜここにいるのかと、愕然と目を瞠る。
「──フレイヤ?」
思わずといったように零れた声は擦れていた。
ほとんど誰にも聞こえないほどの、小さな声。
それでも、フレイヤははっきりと聞き取っていた。
「この女の命が惜しければ、止まれ! 武器を捨てろ!!」
破れかぶれで、ドロスが叫ぶ。
フレイヤは、浮かび上がりそうになる笑みを意志の力で抑える。もしかしたら、その顔は蒼白に見えていたかもしれない。
感動に打ち震えそうな肉体が、小刻みに震える。
それもまた、ラルスには、フレイヤが恐怖に苛まされているように見えたかもしれない。
上目遣いにフレイヤが見たその先で、ラルスは声を失っていた。




