20. 垣間見た策略
フレイヤが連れて行かれた調剤室は、案の定暗かった。
どことなく湿気った空気が充満している。
薬草に湿気は大敵だ。ドロスと名乗った男は、薬草の商売をしているくせに詳しくないらしい。
「ここが、調剤室ですの?」
フレイヤが尋ねる。
この店の店主ドロスは、自信ありげに頷いた。
「そうです。立派なものでしょう」
「本当に」
肯定に聞こえたのだろう。ドロスは満足そうに笑う。
だが、フレイヤは内心で呆れ果てていた。
ブリギッタが作った魔法薬局にも、調剤室はある。
ミスティコのそれと比べると狭く、最新機器も揃っていない。
それでも、薬の材料にとっては居心地の良い空間だった。
原料が変質すれば、薬は効能を失う。
一つ間違えれば、薬は毒になる。
だからこそ、薬師という職業があるのだ。
レシピ通りにすれば、原料の質も調剤者の腕も関係なく均質のものができ上がるのなら、薬師は必要ない。
──ニセモノであっても、選ぶ道次第ではホンモノにだってなれたでしょうに。
フレイヤは心の中で呟く。
もっとも、ニセモノがホンモノになることなど、ほとんどあり得ないのだけれど。
「それで、私は何を作れば良いのでしょう?」
綺麗に整頓された、しかし薬草にとっては暗すぎるし湿度の高すぎる部屋を見渡す。
どこにもレシピらしきものが見当たらない。
フレイヤは、ドロスに顔を向けた。
ドロスは含み笑いを漏らして、壁際に作られた棚に近づいた。
「ここに置いてあります。棚の開け方が少し特殊ですので、持ち出したりはしないでくださいね」
フレイヤはドロスの隣に立つ。
手元を覗き込むと、そこは隠し扉になっていた。
棚に置かれた測量計を横に退かせて、天板の飾りを時計回りに捻る。
測量計に隠されていた奥の板から、突起が現れる。
その突起を押し込めば、足元の棚が動いた。
「随分と、厳重にしまっているのですね?」
「当然です。このレシピは、外に流出しては困るものですから」
話は簡単だ。
側から見れば、調剤のレシピを頭の中にだけ残す薬師と、レシピを決して外に流出させないドロスは同じことをしている。
それでも、その動機は対極にあった。
普通の薬師は、自分が長年かけて積み上げた薬のレシピが漏れることを厭う。
それは、薬師が自身の価値を高めるためにある。
だが、ドロスはそうではない。
ドロスは、レシピ通りに作られた薬があれば十分なのだ。作り手は、誰でも良い。
ただ、その薬は自分の店で独占したい。
自分の店でだけ買えるという事実自体が価値となり、薬の価値を押し上げるのだ。
フレイヤに目をつけたのは、彼女の能力が高いと踏んだからではない。
調剤の知識あることは、大前提だ。
ただ少し頭が弱くて、認められることに弱く、居なくなったところでたいした問題にはならない。
そんな人間を、ドロスは探していたのだろう。
そこに、フレイヤというちょうど良い人間がやって来た。
使わない手はないとドロスが考えたのも頷ける。
「私でも、作れるのかしら」
不安そうに、フレイヤは尋ねた。
もちろん、自信はある。自分に作れない薬はないと、フレイヤは自負していた。
元々能力は高いのだ。
コンスタンツェだった時も、フレイヤは同年代をどの分野でも凌駕していた。
社交界では王太子ばかりがもてはやされていたが、フレイヤも引けを取らない。
そんなフレイヤの内心には気が付かず、ドロスは「簡単ですよ」と請け負った。
隠し棚から、なめし革で打たれた表紙の、重厚なノートを取り出す。
フレイヤは、ドロスからノートを受け取った。ずっしりと思い。わずかに、独特な匂いがする。
──高級な香水。
地位のある者が身につける香りだ。香水にも、格式がある。
おもむろに、フレイアはノートを広げた。
書かれている薬の種類は多くない。だが、調剤の原料と方法は独特だ。
これまでに、フレイヤは一度も目にしたことがない種類。
だが、その薬の効能は、一目で分かった。
ハカマオニゲシ。
麻黄。
コカノキ。
芥子。
アイゾメシバフタケ。
どの薬にも一つ以上、含まれている。
どれもが麻薬だ。服用すれば幻覚を見て依存し、徐々に量が増える。
フレイヤは冷めた目を、穏やかな微笑の裏に隠した。
「あまり見ない原料を、使われますのね?」
フレイヤは、なにも知らないふりで首を傾げる。
「貴重なものばかりですよ」
ドロスは、なにも問題はないとばかりに言い切る。
顔をあげたフレイヤは、無害な表情で、にっこりとドロスに笑みを向けた。
◇◆◇◆◇
ラルス・タンザナイトは、部下を引き連れ街を歩いていた。
だが、互いに距離は保っている。
全員が隊服の上着を脱ぎ、平民と似たいでたちになっていた。
「先発隊は、位置についたか?」
『手筈通りです』
隠匿型魔法通信機。
高価だが、王立憲兵騎士団には必須の道具だ。
「店主と店員は?」
『全員店内にいます。裏口からも出てはいません』
「そのまま見張っていろ」
『了解』
カールが見張っている店は、薬草卸売店『ミスティコ』──密猟者の証言にあった取引先だ。
傍目にはごく普通の店に見える。だが、実態は明らかに普通でない。
登記簿を見れば、ごく普通の商人が経営者として記録されている。
だが、ラルスはそれだけでは満足しなかった。
登記簿の商人が何者なのか、他に商売をしているのか──すぐに調査を開始した。
王立憲兵騎士団は優秀だ。
最近は怪盗令嬢相手に苦戦しているから評判は落ちている。だが、それ以外のところでは十二分に成果を上げていた。
ラルスたちが『ミスティコ』の出資者を突き止めたのは、調査を開始して数日後のことだった。
「人っ子一人逃すなよ。客もだ。情報を握っている可能性が高い」
『了解』
ラルスの言葉に、カールは頷く。
二人の会話は、今回の捕り物に出て来た者全員に届いている。
わずかに、団員たちの気配が強くなる。
ここで失敗すれば、ラルスは団長職を辞すことになりかねない。
詳細は知らなくとも、カールとフィンの口からそれとなく、その事実が広まっていた。
王太子は、王立憲兵騎士団に首輪をつけようとしている。
ラルスに傾倒している団員は多い。当然、ラルスを失うなど嫌だった。
王立憲兵騎士団は、揺らがない。
そのためにも、失敗するわけにはいかなかった。




