17. 湧き起こる疑惑
聴取した内容、全てが明らかにされた報告書。
そして、公に提出される、半分以上の情報が間引かれた報告書。
ラルスは問題ないというが、フィンは落ち着かない様子だった。
「どうした」
「いや──その、やっぱりまずいんじゃないですか? バレたら、団長もただではすみませんよ」
フィンはラルスを心配している。
思わず、ラルスは笑った。フィンはムッとして眉間に皺を寄せる。
「なんですか」
「なんでもない。心配してくれているのかと思っただけだ」
「当たり前でしょ」
ラルスにとっては、大したことではなかったのかもしれない。
だが、フィンはラルスに救われたのだ。王立憲兵騎士団に入団したのだって、ラルスが団長だったからこそだ。他の誰が団長でも、フィンは王立憲兵騎士団の騎士にはならなかった。
「団長が居なくなるなら、俺だって辞めますから」
それは、フィンにとっては掛け値なしの本音だ。
だが、それを口にする度、ラルスは良い顔をしない。
この時も、ラルスは渋い表情になった。
「軽々しくそんなことを言うな。冗談が本当になるぞ」
「本気ですって」
普段から軽薄な言動が多いフィンを、ラルスは本気にしない。
それでも、フィンにはそれくらいがちょうど良かった。
ラルスは、手にしていた報告書を机の上に置く。
そして、皮肉な笑みを浮かべて自分の前に立つフィンを見上げた。
「全部を詳らかにした報告書をあげてみろ。その瞬間、俺はクビだ。最悪、王立憲兵騎士団は解体される」
ラルスにとっては、明白な事実。
フィンにとっては、青天の霹靂だった。
「は?」
まさかそんな馬鹿な、そうフィンは愕然とする。
そんなフィンを見つめるラルスは、真剣だ。冗談など、一雫も含まれていない。
「まさか、そんな」
「お前は報告書を読んだか?」
ラルスの口調には皮肉が含まれている。フィンに向けられたものではない。
彼の目は、ここにはいない王宮の権力者たちを見ていた。
「いえ、読んでないっスけど……」
「正解だ」
自分の仕事ではないのに、勝手に目を通してはいけない。
そう判断したフィンを、ラルスは誉める。
少しだけ考えて、ラルスはフィンに報告書を二部、渡した。
「最初の方だけでも良い。読み比べてみろ」
「はあ」
フィンは戸惑いながらも、素直に報告書を受け取った。
あまり報告書は読み慣れていない。苦労しながらも、フィンはゆっくりと文字を追う。
だが、それほど時間を経ずに、フィンは目を丸くした。
弾かれたように顔を上げて、ラルスを凝視する。
ラルスは落ち着いて、フィンの様子を眺めていた。
「団長、これ──ペイジ男爵って、マクネア伯爵家の遠縁じゃありませんでしたっけ?」
「ああ、そうだ」
王立憲兵騎士団が捕まえた、密猟団の頭。
彼は、全てを白状した。
当初想定していたよりも、莫大な資金が流れている。
かなり巨大な商売だ。たかが平民ができる仕事ではない。
案の定、取り調べで出て来た関係者には貴族も相当数いた。その内の一人が、ペイジ男爵だった。
他にも関係者はいるようだが、さすがに男も全員を把握していたわけではない。
おそらく、窓口として働いていた筆頭が、ペイジ男爵だったのだろう。
フィンは首を傾げた。
「マクネア伯爵も、密猟に関係があるってことですか?」
「その可能性はあるが、現段階で証拠はない」
ラルスは苦り切った表情だ。その口調は、マクネア伯爵の関与を確信しているように聞こえる。
無言で問うような視線を向けたフィンに、ラルスは小さく笑みを零した。
「本当だ。証拠はない。だから、お前も今の話は聞かなかったことにしろ。だが、言動には注意するんだ」
それが、フィンを心配しての台詞だと分かる。
フィンはわずかに眉間に皺を寄せた。
「でも、団長は確信してるんですよね?」
「──まあな」
ラルスはほんのりと目を逸らす。確信はあるが、まだラルスの直感でしかなかった。
フィンはむずむずと口を動かすが、諦める。
自分たちのことを思っているから、ラルスはまだ明言を避けるのだ。
今の段階でも、随分とラルスは譲歩しているほうだろう。
「わかりました」
素直に、フィンは頷いた。
王立憲兵騎士団の仕事は、密猟の取り締まりだけではない。
一番の仕事は、怪盗令嬢だ。
「そのマクネア伯爵ですが、怒り心頭で毎日のように連絡が来てますよ。いつ家宝のユーディアライトを取り返せるのか、と言っています」
ラルスは鼻先で笑い飛ばす。
屋敷には私兵を置いて王立憲兵騎士団を近づけなかったのに、自分たちの不手際は棚に上げて王立憲兵騎士団を責め立てる。
ラルスは端的に尋ねた。
「ヤフェス・マクネアは?」
ヤフェス・マクネアは王太子の側近だ。父であるマクネア伯爵とは多少の距離があるが、王太子とは懇意である。爵位は騎士だ。だが、爵位は名前だけで本当の騎士ではない。
「人当たりが良いって聞いてたんですけどね。俺とかカール先輩にはかなり高圧的ですよ。現場の苦労も知らねえで、って感じです」
フィンは不服そうだ。仕事の合間に呼び出され、ストレスが溜まっているに違いない。
ラルスもヤフェスから呼び出されることはあるが、そこまで高圧的な態度は取られない。
義父が、由緒正しいタンザナイト男爵であることも影響しているのだろう。
ヤフェスは人当たりが良いが、それは彼に害をなさない相手か、もしくは自分より目上の者に限られる。
「苦労を掛けるな」
「全然、別に良いんですけどね。俺たちみたいな下っ端に声かけたところで、何も進展がねえのは向こうも分かってるんでしょうし。どうせ、王太子殿下に報告しなきゃならねえとか、そんなんでしょう」
「そうだろうな」
当代の王太子は優秀と評判だ。
だが、それは必ずしも良い施政者であるという意味ではない。
王太子ケンドリック・ハウライトは、自分が気になったことについては逐一、部下に報告を求める。
その度に、部下──今は側近たちに、負担がかかる。
側近たちは王太子の圧力で、現場に明確な説明と責任を負わせようとする。
その度に現場は仕事が止まるが、彼らの知ったことではない。
王太子に気に入られるという側近の至上命題は、現実的な課題解決には繋がらないのだ。
「それで、団長は分かってるんですか?」
フィンは、すこしわくわくしたような目で尋ねる。
ラルスは片眉を上げた。
「なにをだ?」
「怪盗令嬢ですよ。マクネア伯爵家からユーディアライトをどうやって盗み出したのか、団長はもうご存じなんじゃないですか」
未だに、ラルスは怪盗令嬢の手口を明らかにしていない。
だが、フィンは確信していた。
これまでに一番、怪盗令嬢と対峙しているのはラルスだ。
彼女は、王立憲兵騎士団の団員の前には姿を一切現わさない癖に、ラルスにだけは毎回声を掛けるのだ。
あの怪盗令嬢でさえラルス・タンザナイトの美貌の前には屈するらしいと、団員たちは酒の肴に噂する。
ラルスは口角をわずかに上げた。その双眸に、楽しげな光と、ほんのわずかな愉悦が浮かぶ。
それを、フィンは見逃さなかった。
「怪盗令嬢は、変装の達人だ」
「変装?」
フィンには、想像しない発言だ。
目をぱちくりと瞬かせたフィンに、ラルスは「そうだ」と答える。
「怪盗なぞをしているのがもったいないくらい、優れた魔法使いだ。彼女なら、男にだって化けられるだろう」
「男、ですか」
ラルスの言葉を受けて、フィンは考える。だが、ピンと来ない様子だ。
そんな部下を見たラルスは、笑みを深める。
「そうだ。大方、ヤフェス・マクネアにでも化けたんだろう。実際、この前王宮に呼び出された時に当日の動きを聞いたら、矛盾が出た」
ほんの、数分のズレだった。
マクネア伯爵は、宝物庫からユーディアライトを目の届く自室の金庫に移した。
当主のテオバルト自ら、行った。
必ず、部屋には二人以上の人間がいた。
テオバルトとヤフェス、そして嫡男──テオバルトが信用している三人だ。
「矛盾って、伯爵とヤフェス様の証言が食い違ったってことですか」
「そうだ。調書には残していないからな、今のところ知っているのは俺とカールだけだ」
だから、口外は無用──ラルスが言外に含めた意味を、フィンは違いなく受け取る。
神妙に、フィンが頷く。
それを確認して、ラルスは更に声を低めた。
「伯爵は、夜の九時から十時半まではヤフェスと二人で部屋に居たと言っていた。その時に、ユーディアライトがあることを確認した。長男は、その時間帯は邸内を見回っていたそうだ。そして、部屋には戻らなかった」
だが、と、ラルスは言う。
「九時すぎに、聖女からの使いが来たらしい。ヤフェスは、その対応のため五分ほど席を外した。代わりに、長男に部屋に居て貰うよう頼んだという。だが、伯爵は、そんな使いは来なかったし、ヤフェスはずっと部屋に居たと言うんだ」
フィンは絶句した。
「明らかにおかしいじゃないですか。伯爵かヤフェス様か、どっちかが嘘ついてたってことですか?」
「どっちも嘘は吐いていない、というのが俺の見立てだ」
ラルスは首を振る。
彼は、怪盗令嬢の手口を良く知っていた。
彼女は霧のように現れて消えていく。
犯行現場を抑えられないのは、その神出鬼没さゆえだ。
怪盗令嬢だと思っても、無実の人間を誤認逮捕する可能性が高い。
だから、ラルスはいつも、彼女がその姿を見せる瞬間だけを狙っていた。
ずっと、怪盗令嬢は、ラルスの前でだけその姿をさらす──未だに、その顔には認識阻害の魔法が掛けられているが、その時だけは、真実だけがある。
「聖女が、事あるごとに差し入れをするのは昔からだ。そのことを、怪盗令嬢は知っていた。だから、ヤフェスを呼び出すついでに、伯爵には魔法をかけた。ヤフェスが呼び出された瞬間だけ、意識をぼんやりとさせた。そして、自分はヤフェスに扮した」
そうか、とフィンは頷く。
「それで、伯爵と一緒に金庫を開けて、ユーディアライトがあることを確認した。その時に、偽物とすり替えたってことですね」
「そういうことだ」
マクネア伯爵家といえど、使える魔法には限界がある。
怪盗令嬢は、彼らの魔法を凌駕する実力の持ち主だ。
「じゃあ、どうするんです? 手口は分かっても、ユーディアライトを取り返せないと、マクネア伯爵も王太子殿下も俺たち王立憲兵騎士団を処罰する気ですよ」
「だろうな」
ラルスは頷く。
もうそろそろ、王太子の堪忍袋の緒が切れるだろう。
分かっているが、一朝一夕で犯人を捕まえ、宝石を取り返せるようなものではない。
功を焦ったところで、失敗するのは目に見えている。
「怪盗令嬢も大事だが、それよりも先に、簡単に済む方を叩く」
「というと?」
フィンはきょとんと首を傾げた。
ラルスは、卓上に置かれた報告書を軽く叩く。
「密猟だ。これを叩けば、資金源にしていた貴族は動き出す。それこそ、怪盗令嬢のことなど気にしている余裕もないほどにな」
「なるほど、そういうことですね」
フィンはにんまりと笑った。
その両目は、物騒に光っている。
「もし関係していたなら、マクネア伯爵家も俺たちに文句を言わなくなるってわけだ」
ラルスは答えない。
だが、その表情は雄弁に、フィンの言葉を肯定していた。




