16. 運命の出会い
九歳のコンスタンツェは、ケンドリックと共に王立憲兵騎士団の兵舎を訪れた。
出迎えてくれたのは、老齢の騎士だった。
騎士団長ユルゲンだ。タンザナイト男爵である。
長年務め、副団長ヨアヒムに代替わりする予定だった。
「お待ちしておりました、王太子殿下、コンスタンツェ嬢」
彼は、王太子だけでなく、自分より遥か年下のコンスタンツェにも礼儀正しかった。
表面上だけではない。その真摯な瞳を、コンスタンツェは気に入った。
──この人は、ホンモノだわ。
まだ幼いコンスタンツェは、内心で満足した。
「王立憲兵騎士団の団長の、タンザナイト男爵だ」
ケンドリックが紹介してくれる。
コンスタンツェは膝を折った。
「お初お目にかかります。ルベラティス公爵家が娘、コンスタンツェと申します」
「ご丁寧なご挨拶、痛み入ります」
男爵という地位だから、という理由だけではない。
ユルゲンは生来、丁重に振る舞う人物だった。
王太子ケンドリックは、そんなユルゲンを前に堂々としたものだ。
彼は周囲を見渡して、口を開いた。
「団長、今日は我が王立憲兵騎士団の修練を見たいと思って来たのだ」
その一言で、場の空気が引き締まる。
全く口を開かず、少し離れていた場所に控えていた騎士たちが緊張した。
だが、ユルゲンは全く態度を変えない。彼は穏やかな表情を浮かべたままだ。
「無論にございます、殿下。ただ、新しく騎士が入りましたので、先にご紹介申し上げても宜しいでしょうか」
もちろん、ケンドリックはそのような申し出を無碍にする少年ではない。
鷹揚に頷いてみせた。
「構わん。新人か。そういえば、三人と聞いたな」
さすが良くご存じだと、外野がわずかに騒めく。
その様子を、コンスタンツェは冷めた目で眺めていた。
新しく入った騎士が、三人。
その程度、コンスタンツェも知っている。
「仰る通りです。最年長は十七、最年少は十二でございます」
「俺より一つ年上なだけではないか。優秀なようだな」
ケンドリックは、珍しく驚いた。目を丸くしている。
コンスタンツェも、図らずも興味を引かれた。
二人が見守る中で、ユルゲンに手招かれた三人が前に出る。
「最年少は誰だ?」
興味を隠しきれず、ケンドリックが尋ねた。
十七には見えない、立派な体つきの男が一歩だけ出た。
本人の代わりに、ユルゲンが言う。
「ラルス・タンザナイトでございます」
「団長の親戚か?」
胡乱な顔で、ケンドリックは尋ねる。
ユルゲンは結婚しているが、子は居ない。親戚は居るが、王太子と同年代の子供はいなかったはずだ。
貴族年鑑を全て記憶しているケンドリックの疑問は、当然だった。
滅多にケンドリックと会わない者は、彼の記憶力に驚嘆する。時には、畏怖の念を抱く。
だが、ユルゲンは全く動じなかった。
それどころか、優しい微笑を浮かべる。
「いいえ、血の繋がりはございません。彼は孤児でして、しかし騎士としての才能がありましたので、養子にいたしました」
「そうか。タンザナイト男爵の後継ができるのであれば、陛下も安心なされるだろう」
タンザナイト男爵は、過去をさかのぼれば複数の武勲を立てている。
ユルゲンが王立憲兵騎士団の団長になったのも、その血筋を見込まれてのことだった。
納得したケンドリックは、興味を失う。
だが、コンスタンツェは直立不動のラルス・タンザナイトから目を離せなかった。
コンスタンツェの魂が、叫んでいた。
それを一目惚れと名付けるのなら、まさしく一目惚れだった。
彼こそが、ホンモノだ──わたくしの隣に、相応しい。
王太子という、派手なばかりの鍍金ではない。
石の表層を削ればダイヤモンドが表われるように。
彼こそが、真にコンスタンツェが探し求めていた存在。
まさに、天啓だった。
そして、その日こそが──コンスタンツェが未来を決めた、瞬間だったのだ。
◇◆◇◆◇
かつてはユルゲンが、そしてその次にはヨアヒムが座った椅子に、ラルスは座っていた。
十一年前に、ユルゲンに連れられて王立憲兵騎士団の制服を着た。
その時は、まさか自分が最年少で団長に就任するとは思っていなかった。
二年前に、前団長のヨアヒムが死んだ。
突然の死だった。
優れた騎士だったのに、酒場で酔っ払い同士の喧嘩に巻き込まれて、死んだ。
全く、想像もしない出来事だった。
ヨアヒムはいつも、死ぬなら仕事中が良い、と言っていた。
ラルスは、ヨアヒムも退役後、養父ユルゲンのように穏やかな生活を送って欲しいと思っていた。
それなのに、人生はままならない。
ヨアヒムは恩人だった。
養父ユルゲンが領地に帰った後、ラルスを鍛え上げてくれた。
だからこそ、ラルスはしばらく立ち直れなかった。
王立憲兵騎士団で頭角を現わしていたラルスは団長に任命された。寝耳に水だった。
自分は、養父ユルゲンのようにもなれないし、ヨアヒムのようにもなれない。
そう思いながらも、必死に仕事をこなした。
怪盗令嬢は、ヨアヒムが亡くなる数年前から、姿を見せ始めていた。
それまでも、活動はしていたのかもしれない。
可能性はあった。
彼女が狙う獲物は全て、貴族の屋敷にある。
矜持の高い貴族は、宝石が盗まれたなど口が裂けても言えない。
それなのに、怪盗令嬢はその名を知らしめ始めた。
毎度、予告状を現場に置き去っていく。
そして、いつでも予告通りに仕事をこなす。
怪盗令嬢を追いかけ続けているうちに、ラルスはヨアヒムの死を乗り越えていた。
「団長、お疲れ様です。今ちょっと良いっすか?」
団長室の扉を叩いて、フィンが顔を覗かせる。
「ああ」
短くラルスが答えると、フィンは後ろ手に扉を閉めた。
左手に、紙の束を持っている。
薄々その正体を察しながら、ラルスは尋ねた。
「どうした?」
フィンが団長室を訪れることなど、滅多にない。フィンは肩を竦めた。
「カール先輩から、報告書です。その、密猟者の方の」
「分かった。少し待ってくれ」
ラルスは、フィンから報告書を受け取る。
報告書は、二種類あった。
少し困ったように、フィンが恐る恐る尋ねる。
「それで、団長──本当に、それで良かったんですか?」
「ああ、構わない」
フィンは何かを言いかけて、口を噤む。
彼が何を言いたいのか、ラルスは知っていた。
お調子者だが、フィンはラルスを慕っている。だから、今回のラルスの命令が、ラルスの首を絞めることになるのではないかと──それを、心配している。
ラルスは、まとめられた報告書の一方を机に置き、薄い方を捲り始めた。
分厚い方は、事細かに、捕えた者たちの証言を纏めたもの。
そして──今ラルスが呼んでいる、薄い報告書。
それは、王立憲兵騎士団が報告として上層部に提出するもの。
つまり、王太子ケンドリックや側近たち、有力貴族たちが目にする可能性が高いものだった。




