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闇の女王と真贋の迷宮(ラビリンス)〜地味な薬局店員の怪盗令嬢は、宿敵騎士を誘惑し、宝石と王冠と心を奪う〜  作者: 由畝 啓


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10. 聖女ミアの記憶


聖女のミア・フェルスパーは、王宮に宛がわれた自室で休もうとしているところだった。

この街の夜は早い。たいていの人は、二十二時には寝入っている。

大した娯楽もないから、当たり前といえば当たり前だった。


「マジで暇だわ」


養女とはいえ、男爵家でそれなりの教育を受けた。

だが、その教育は全く身についていない。

侍女や他人が居る前では多少、取り繕いはするものの、一人になればその必要もなかった。


「あー、金持ちでイケメンで一番権力のある男と結婚したらまだ楽しいかと思ったんだけど」


綺麗に手入れされた唇を尖らせて、ミアは何気なく壁際の飾り棚に目をやる。

そこには、王太子ケンドリック・ハウライトだけでなく、側近のオーラン・カウマンス、ヤフェス・マクネア、ニッキー・シーマンからの贈り物が飾られていた。

首飾り、耳飾り、髪飾り。

どれも高価な品物だ。

その上、最先端でもある。他国の商人から入手し、ミアのために加工させたと言う。

事実、ケンドリックたちからの贈り物はどれも、この国にある()()()デザインとは違い、ミア好みの()()()()()のようなデザインだった。


奇抜だが、どれも最高級で、王太子妃に相応しい品。

ケンドリックとの結婚は既定路線だ。


「そりゃ確かに、こんな()()()()()()()()ところで何十年も暮らすんだから、面白みもなにもないか」


元々本を読むタイプではないし、貴族令嬢が嗜むような趣味もない。

()()──()()()()()()()()()()は、インターネットで動画を見たりオンラインゲームをしたり、無料の漫画を読んだり、有名人のSNSアカウントを流し見して時間を潰していた。人並みにアイドルを応援したり、時には追っかけたりもしていたが、記憶は曖昧だ。

ただ、ミアとして成長するにつれて、薄らとあった前世の記憶がはっきりとして来たのだ。

普通なら、長じるにつれて幼い時の記憶は薄れるものだが、ミアは逆だった。


「最後に読んだ異世界転生漫画の主人公だって気付いたけど、あれも王太子との結婚式が最後だったもんなあ。婚約して王宮に入った後は、何にも描写なかったし」


二人の恋路を邪魔する、悪役非道の公爵令嬢が婚約破棄されたついでに修道院へ追放され、ほぼ物語は終わりだ。

漫画の場面は切り替わり、ミアが王太子ケンドリック・ハウライトと結婚式を挙げて幸せそうな顔をしているところで、物語は終わる。


「どっちにしろ、こんな世界で庶民なんて無理ゲーだから、最終的には大正解の選択肢だったなあ。綺麗な宝石もたくさん、あたしのものになるんだから。博物館で飾られてるようなものばっかだったから、せめてこんなのが欲しいって絵描いて渡したんだよね」


物心つく頃に男爵家に引き取られたから、当然一般常識は教えられた。

ただ、魂に根付いているのか、他人に頭を下げることがどうにも耐えられない。

男爵家の令嬢など、庶民と比べればお嬢様だが、貴族社会では最下位だ。

そんなミアが、上位貴族との結婚を狙うのは当然だった。


幸いにもミアには前世の記憶がある。

王太子ケンドリックとのハッピーエンドが描かれていたのだから、その通りにすれば王太子妃になれるに違いない。

そう考えるのも、自然な流れだった。


そして、物事は面白いくらいに動いたのだ。

漫画の通り、ケンドリックの婚約者コンスタンツェ・ルベラティスの実家は悪事に手を染めていた。

コンスタンツェ自身の悪事は掴めなかったが、罪人の家族を持つ令嬢と王太子が結婚できるわけがない。

ケンドリックは漫画通りにコンスタンツェとの婚約を破棄し、修道院に追放すると決めた。

その道すがらに、彼女が死んだのは想定外だったが──確かに、漫画にもコンスタンツェの追放後は描かれていなかった。


その時、ミアは視界の端に強い光を感じた。


「ん?」


首を傾げて、ミアはそちらに顔を向ける。

明るくなった気がしたのは、窓の外だ。

もう夜も更けていて、街灯ていどではカーテン越しに明るさを感じるはずもない。


何事かと、ミアは窓際に立ってカーテンを開けた。


「──なに、これ」


咄嗟に、ミアは目を片手で覆う。

眩しい光が、夜空を真昼のように照らし出していた。


暗闇に慣れた目が頭痛を引き起こす。

ミアは慌ててカーテンを閉めた。それでも、光が室内に差し込んでくる。


「ああ、そういえば、今日あの怪盗令嬢(レディ・ファントム)? がヤフェスの家に乗り込むとかって話だったっけ?」


ケンドリックがそんなことを言っていた気がする、とミアは思い出す。

同時に、ヤフェスの必死な表情も脳裏に蘇る。

家宝が狙われていて盗まれたら終わりだとかなんとか、普段は冷静沈着なヤフェスには珍しい姿を見せていた。

大変そうだなとは思ったが、正直、ミアは興味がないから黙っていた。


聖女としての予知能力で怪盗令嬢(レディ・ファントム)の正体を突き止めてくれと言われても、ミアにはそもそも予知能力などないのだ。治癒魔術を少し使えて、前世の記憶があるに過ぎない。

漫画の中に怪盗令嬢(レディ・ファントム)なんて出て来なかった。ケンドリックとの結婚が間違いないものになった今、犯罪者の取り締まりは王太子やヤフェス、王立憲兵騎士団(ジャンダルムリ)の仕事だ。ミアの役割ではない。


予知能力に陰りが見えても、ケンドリックはミアとの結婚を取り下げない。

そんなことを考える必要もないほど、ケンドリックはミアにベタ惚れだ。


顔が良くて頭も良く、次期国王になることが決まっている。

前途洋々の()()()()男子に愛されているなんて、最高に気分が良い。

ミア自身の将来も、保障されているようなものだった。


だから、ミアはこれ以上頑張ることはしない。

タイパとコスパの悪いことは、しない主義なのだ。


ミアは寝台に入って、布団をかぶる。

ケンドリックに、光が眩しすぎて眠れなかったと文句を言おうと心に決めて。


そんなミアは、この先に思いも寄らない事態が待ち受けているなど、思いもしていなかった。



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