第九十六話 安全域の縮小
ラアンドリウスは息を整え話し始めた。
この島に集まる傭兵、布教者、財宝を求める者たち。
「俺は彼に出会した、長くはないが。いろんな存在を見てきた。」
きっと表向きの理由は様々だが、根底にあるのは一つのはずだった。
遺跡、異教の痕跡。来訪する布教者(聖環連盟)
そして、死んだはずの神が蘇るかもしれないということへの恐れ
根深い恐れ
「いまだに、船長、あの男悪名高き海賊の気配もする。忌まわしい……」
「海賊か....法務部の範囲では一応あるが...内陸主体の俺にはちときついな」
「海賊、しては我らが船を阻めしかの時に会いしことと同じに」
セオリクはそう言い、周囲に目を配った。
仲間を集める必要がある。
だが、空も陸も水も、すでに不安定だ。
その頃、ハヒュ・バは島の高台に達していた。影のように移動し、瞬く間に広範囲を感知する。彼の能力は、かつての鷲の団団長としてのものが色濃く残っていた。滑らかな移動で証拠している。
しかし今の彼は、完全にゲルガンマの支配下にあった。
痛みを与えられるたび、悦びが体を駆け巡る。あの掌打の感触が、まだ頰に残っている。
そうして(ああ……熱くて、甘くて、たまらない)
そんなことを心に秘めて彼は唇を舐め、身をくねらせた。
飾りが激しく鳴る。騒音に近い。
だが、それも彼にとっては快楽だった。
「ふふっ……きみが待っている。早く報告しなきゃ」
感知したものを整理する。
島には、遺跡が多くある。
そこには、弓矢を使うもの。
そこを離れた場所の海沿いには海賊が拠点を作り、さらに離れた方に、同伴のような傭兵たちが各所に散らばり、巡回しいる。
そして、二人組。
一人は騎士の気配。呼吸から感じてくる
もう一人は、血と肉ではない何かを感じ取っている。
だが海賊のものと少し違った感覚
(食屍鬼...ではなさそうだ。伝承上のはあまり知りはないけど)
「でもブッさ、ブサイクすぎてキショ」
ハヒュ・バは嘲るように笑った。
だが、すぐに表情を改めた。ゲルガンマの命令以外は動くな、と言われた。
━━『余計なことはするな。雑種。』
ゲルガンマの冷酷な声が脳裏をよぎる
「リョウカイ……」
彼は影に溶け、帰路についた。結局は召喚物、ましてや魔物が作りし存在からくるもの。
ガチャ
ゲルガンマの元に戻ると、ハヒュ・バは即座に膝をついた。じゃらじゃらと金属飾りが重々しく床に叩かれるほど鳴り響く。
「報告するよ島の大まかにh遺跡。海沿いは海賊の巣。そして傭兵は散らばっている。」
ゲルガンマはもとより少し細い目をさらに細めた。
「法務部……。ムハノ...?あの雑魚が生きているわけ...それより吸血鬼はいるか」
「いえ、ただ腐敗の母や子爵の残党も、まだ消えていない可能性がある。わかるとしたらこの島は、いろんなやつの欲望が絡まっている」
ハヒュ・バは上目遣いにゲルガンマを見た。
「きみの命令次第で、すぐにでも潰せるよ。すぐにでも引き裂いてこられる。」
「お前はいらない、俺の、火が龍が雷神が必要だ。せめて武器でもないか。あれは最後に必死に投げ飛ばしたはずだった。
冷淡な一言。ハヒュ・バはそれだけで嬉しそうに身を震わせ、恭しく頭を下げた。
「はい、ええ、きみ」
ゲルガンマは考えた。圧倒的な戦力が彼、ガルシドュースにあった。
取り戻すためには、まず情報を整理し、復活、もとより戻るのを邪魔するものを排除する必要がある。
(さらにはその合間に敵がこちらの武器を見つけるのを防がないといけない)
遺跡そこが鍵かもしれない。
エバンドルが作り上げた狭間。
死んだ者、忘れられた者、伝説になった者を呼び出せる場所。あそこを自分が無意識にそれを使った。ならば、武器も現世へとこれたかもしれない。
(龍の血統……。ガルドシュースが持っていたもの。武器の中にはある、それさえあれば)
だが、本体のガルドシュースは、吸血鬼の神域もどきに閉じ込められている。
神域に近い力で、圧倒的な質量に近い数の暴力によって封じられている。“擬態神域”
自分はいわば、その窮地を突破するために外へと弾き飛ばされた一滴の種火に過ぎない。ならば、ここで力を蓄え、本体を救い出す術を模索するしかない。
「つまり俺の種火をもとに武器に内蔵された龍の粒子を目目させて一瞬でも閉じ込められたあの存在を、憑依させる。」
「はっ」
「ハヒュ・バ。遺跡を調べろ。ただし、敵に見つかるな。感知だけだ」
「リョウカイ」
ハヒュ・バは再び影に溶けた。だが、去る直前に、頰を撫でながら小さく笑った。
「我が神よ……」
ゲルガンマは無視した。嫌いなやつすぎた
あの男の異常な歪みは、今は利用価値があるから活かしているに過ぎない。殺すのは、用済みになってからで十分だった。
しかし目的地が決まっているのに、またセオリクに出くわしたハヒュ・バであった。
目的地は違ったはずとそんな内心思っていたはずなのに、また彼らが先にいた。
「……また、血と肉ではない何かが」
セオリクは剣を抜いた。
「構えよ。敵か、味方か、まだわからん」
(マジか、こいつら。なんで移動先がこっちと同じ)
ハヒュ・バは影の中で、彼らの会話を聞いていた。
報告はすでにした。行き先も決められた。
だが、彼は騎士たちに興味が湧いた。
騎士とこちらを感じ取っている男。
ゲルガンマの支配下にある自分にとって、彼らは排除すべき障害か、それとも踊らせるべき滑稽な駒か。
(きみの命令以外は動くな、と言われた。でも……少しだけ、様子を見てもいいだろう?)
彼は唇を舐め、影の中で身をくねらせた。
その頃ゲルガンマの元では、少年の体で静かに力を巡らせていた。
しかし相変わらずにその体をうまく突破できていない。
第二境の感覚を研ぎ澄ます。
子爵に近い実力を再現するには、まだ足りない。
だが、この島の渦を利用すれば、あるいは……。
「領土を支配する。海賊を潰す。遺跡を掌握する。必要なのは本体を救う、救うには二段と言ったところか。」
独り言のようにつぶやいた。
ハヒュ・バが戻ってくるのを待つ間、ゲルガンマは空を見上げた。
鳥の影が不自然に多い。何かが、すでに動き始めている。
「……おいおい、これは」
ハヒュ・バ、彼は影から顔を出し、頰を撫でた。興奮で声が上ずる。
「きみが呼んだもの以外も、起きてきそうだぞ……」
報告のために戻ろうとした瞬間、背後から声がした。
「……誰だ」
低い、掠れた声。
食屍鬼、ラアンドリウスだった。
同時にセオリクが後ろに控えている。
ハヒュ・バは振り返り、にやりと笑った。
「俺はハヒュ・バ。きみたちの知らない、鷲の団の団長さ。」
セオリクが剣を構えた。
「貴様ぁ!魔女!魔性!魔石!どいつだ!」
ハヒュ・バは腰をくねらせ、悦びに濡れた瞳で彼らを見た。
「ってッッ騎士!思い出したぞ!」
「セオリク……これは、敵か、そもそも人か」
「わかっている」
「ほう、その警戒してるすがやは誰だ、そこにいる小僧」
「.....」
笑いが起きた。
「返事もしないとはただの屍か
だが、次の瞬間、ハヒュ・バが影から現れ、一人を羽交い締めにした。飾りが激しく鳴る。
「君がこっちを特定しているだろぉおお」
「あっ、が」
法務部の彼は動揺した。注意されないために静かに続けたと言うのに真っ先に捉えられてしまっている
「この島に、神が蘇るかもしれない、そう言っていたね。その神こそが偉大なるガルシドュースとなる、彼の雷火塔鎚でね」
「何が目的だ。いいか俺はお前と同盟を組むつもりなど」
「よせ!ラアンドリウス、カロイアンを人質に取られている!」
「その通りさ。こちらがいくら悪いと思ったところで有益な情報も有利な体制はこちらにある。あまり反抗しない方がいい」
反論しない方がいい、そのはずだった
ラアンドリウスの内側ではセオリクやカロイアンを捕まえた存在への納得はあった。
(理性ではな...ない!)
本能が嫌悪している。
湿った空気に重く沈んだそれ
彼の鼻孔を突くのは、単なる潮の匂いでも土の腐臭でもない。
目の前に佇むハヒュ・バと名乗った男から立ち上る、肉体を持たぬ存在特有の歪んだ気配だった。
ラアンドリウス自身、食屍鬼固有の血と肉に近い蠢きを自覚しているからこそ、目の前の男が生者でも単なる死者でもない、肉を持たない魔導と妄念によって縫い合わされた異物であることを見抜いていた。
「セオリク……退くな。こいつの言葉に耳を貸すな」
(こんな亜空間の存在、交渉なんて無理だ)
だが、法務部の若き男は、喉元をハヒュ・バの冷たい指先で締め上げられたまま、青ざめた顔で喘いでいる。
眼差しは完全に助けてくれというものであった。
「た、助け、助けろおおお!」
「へえ……食屍鬼のくせに、随分と鼻が利くじゃないか」と言い彼は舌先で自分の唇を緩やかに舐め回す。
「あ、ぎゃあ」
「でもね、勘違いしないでよ。僕が話してあげてるのは、君たちに情けをかけてるからじゃない。あの方——そう、偉大なるゲルガンマ様がこの島を統べる、その輝かしい未来の余興さ。彼の手にはね、いずれあの雷火塔鎚が戻るさ龍の粒子を宿した至高の武器がねそして君たちが怯えている“神”なんて曖昧な幻なんかじゃない。本当の破壊がここへ降臨するんだよ」
「.....?龍...?」
「セオリク...君はまさか」
「うぬ、魔性の影に身を売り、幼子のごとき主を騙るか。騎士として、そのような戯言に惑わされると思うな! そのものを放て!」
「ハハ、まぁあの、浅いね。ここまで情報を残したのはどうとも?どう思うのか..?情報を残すことが目的かもしれんぞじゃじゃじゃ」
ハヒュ・バは狂気的な笑みを残し、拘束していたカロアイアンをセオリクめがけて激しく突き飛ばした。
勢い余って突っ込んでくる彼を受け止めるため、セオリクの切っ先が僅かにブレる。
その一瞬の隙を逃さず、ハヒュ・バの姿はまるで泥沼に足でも掬われたかのように地面の影へと沈み込んでいった。
「待て!」
セオリクの叫びとともに影を切り払うように剣は振り下ろされたが、手応えは空を切る冷たい空気だけだった。
そしてジャラ……ジャラ……と遠ざかる金属音だけが、耳鳴りのようにしばらく周囲に残っていた。
「……セオリク、深追いはしないでく...ださい」
ラアンドリウスは、倒れ込んだカロイアンの肩を掴んで引き起こしながら、騎士を咎めた
「奴の狙いは私たちの殺害ではない。情報の...目的」
「我は知っている、ガルシドュースが言っていた信仰...彼の名を叫びことが力につながると、ならばあの傭兵も...その情報が上塗りと……なるはず。」
「信仰...」
「なにより、彼奴が口にした雷火塔鎚そして龍の粒子という言葉……聞き捨てならん」
そう言い彼は激しい呼吸を整えながら悔しそうに地を蹴った。
「そう...左様ですね...」
「何処にあるか。我れらも気をつけた方がいい...ガルシドュースの身に何があったかわかっていない」
(そう...そうれでいい、思念に関するものは増えれば増えるほど、神力を秘めるそれは補充を受けていく。なお見つけやすくなる)
そうして満身創痍になりながら、無傷のセオリク一人だけが三人で行き先を掴まんとする。
「してラアンドリウス、その神のことにとって如何様であるか」
「...これも何かの祭事を行うとしていたはず、しかしガルシドュースと関連する存在はそれを止めた。だから俺が来ていた方に何か必要なものはあったが、今はいけない」
「な、なんでだよ」
「危険だ」
「そうか...貴公よ、一体何が」
「弓矢とか傭兵とかのものじゃない。自然災害を超えた超常がそこにいた。だからこの島は今安全な場所がどんどん縮んでいる。」
「つまり...?」
「安全圏の中にいながらならずものたちを避けて、神に関することを追求する、セオリク...さん君の知るものを含めてだ...じゃいやなくてでしょう」
「で結局は方向性がないわけじゃねぇ?」
「いいや。セオリク...君の持つ石の刻印、俺...私は、傭兵たちが向かった場所で見たし、遺跡でもたくさん見たことがある..似ているものを」
「うむ」 「うぉ、ほんとだ言われてみれば」
「つまりはっきりはしないものの、手がかりはある」
「ではいくとしよう」
「は?どこを..ってまさか遺跡探し..?おいおい、森の中だぞ、木で遠くは見えないから、下手したら」
「音の探索を、カロイアン」
「チッ、俺は今首が絞められたせいで。わかったよ。だが今度は安全を頼むよ俺の」




