第九十七話 闘いの神
ふと思い返す。
人々はよく、彼が生まれながらにして血に飢えた種族の出身だと思い込んでいる。だが、それはまったくの誤解だった。
そもそも、彼らについて本当に知られている者が何人いるというのだろうか?
実際のところ、たった一人だけではないか。
誰しもが彼しか知らない。彼だけしか知らない
たった一つの標本をもって、種族全体の本性を語ろうなどあまりにも無理がすぎる。いや無理というより無礼であろう
事実、彼らは本来、純粋な善性を備えた種族なのだ。
そして彼は、その中でもごくわずかに存在する異端者だった。
彼は戦いを渇望していた。
力を渇望していた。
「強さのことか?強さを求めるあまりで、狂人ならよく見ているが」
「違うさ、むしろ勘違いしないでくれたまえ」
もっとも純粋な願い。それは自らを強くしたいという願望ではない。
そもそも、彼のような高等種族にとって己を強くするという発想そのものが無意味だった。
「退屈、躁鬱、鬱憤、喧騒だ」
彼は生まれながらにして、あまりにも強大だったのだ。
強くなることを望むのは、弱者の特権である。
少なくとも、彼にとってはそうだった。
弱者が強者を目指すように、彼もまた強さを求めているのだとしたら、それは大きな間違いである。
彼はすでに、強さというものの頂点に限りなく近い場所にいた。
弱者を蹂躙する上位者の愉悦も、圧倒的な力によって他者を屈服させる快楽も、とうの昔に味わい尽くしていた。同族さえも彼に及ばない
そして、そうした時期さえも過ぎ去った今、彼が求めているものはただ一つ。
“強さそのものを目撃すること”
では、強さとは何か?
その答えは、比較にある。
例えば、我らがよく知る存在、人間で喩えよう。
二人の人間が争えば、やがて強者と弱者が生まれる。
二つの国が戦争をすれば、やがて強国と弱国が定まる。
一度で決着がつかなければ、二度戦えばいい。
二度で足りなければ、三度でも四度でも繰り返せばいい。
争い続ける限り、比較は続く。
比較が続く限り、いつか必ず、そこに強さが生まれる。
重要なのは決して負けを認めないこと
死ぬまで戦うこと。
弱きを潰し、強者に挑む
「わかりやすい基準だな、勝者がいるから....かもな」
「少なくとも、彼はそう信じていたさ」
しかし、彼は、その感覚からあまりにも長い間、遠ざかっていた。いや、むしろ気がつくまではそうでないかもしれない。
彼は生まれつき暴力を好むという、ただそれだけの理由で一族から追放され、たった一人でこの地へと流れ着いたからだ。
恐れた、同族を殺してしまえば自分が楽しめなくなる。奴ら全員と戦っても強者を失った悲しみを覆すには足りない。
そして、この場所には、彼の求めるものが存在しなかった。少なくともその時の彼なりの闘争への欲を満たすものはいない。
平らな世界
同等な存在はいない
この大地に生きる、いかなる在来生物も、彼とまともに争うことすらできない。
戦いにすらならないのだ。
勝敗を決する以前に、比較すること自体が成立しない。
これでは、強さが生まれる余地などないではないか。
「なぜだ、なぜお前たちは..?肉か、血か?血肉なのになぜこんなにも弱い...」
彼にとって、ここはあまりにも退屈な世界だった。
自分が見た歪みな存在の子孫にしては弱かった。
もはや、退屈などという言葉では足りない。
比べればくれべるほど苦しい
それは、彼にとって耐え難い苦痛だった。
(俺は俺は俺はなぜだ……?なぜなんだあああああッ!!)
思うたびに確実に世界がひび割れていく
(どうして、俺がこんな苦しみを味わわなければならないッ!!)
(殺し合いをさせろ!! 争わせろ!!お前たちが俺を追放しろ!! 俺に反抗しろ!!屈服するな!! 崇拝するな!!俺を恐れるな!! 俺に立ち向かえ!!)
「俺に……本物の戦いを見せてみろッ!!」
彼は苦悩していた。
どうすれば、この満たされぬ欲望を満たせるのか。
彼のような闘争者は、誰かが跪く姿など望んでいなかった。
「ああ、我等が主人よ...どうかその怒りを、我等の命を控えに」
「くだらぬ!くだらぬ!」
ましてや、自分が何もかもを奪い尽くした挙げ句、相手から「闘争の神」と称賛されることなど、望んでもいなかった。だから手をかけた
「お前の家族を殺した!お前の師匠を殺した!悔しいか!」
だけど消せば消すほど忌々しい奴隷どもは増えていく。
そんなものは、彼の求める願望とは似ても似つかない。彼が欲しかったのは、勝利を讃える声ではない。
敗北を認める言葉でもない。祈りではない。
彼こそが祈りたいだろう。
ただ、互いのすべてを懸けて争う姿を
罵り合い、憎み合い、愛し合い、なんでもいい。闘争さえ始まればいい
最後に戦ってしまえばいい。
己の意志で立ち上がり、己の意志で武器を取り、己の意志で牙を剥く。
互いの力をぶつけ合い、その果てに勝者と敗者が生まれる。
それこそが、彼の望む世界だった。
「ローラン帝!なぜお前たちはこの世界にいない!未来の愛と美の神もまだいない!せめて法劫帝!混沌海、なんでもいい。修羅神でもいい。全てが見えるのになぜだ。お前の仕業か!仙!」
闘争が見えるのに、予想できるのに、全て眼前にない。
「欲しい!欲しい!」
修羅神、九十七万年の進化を経たあれが欲しい
あの男ウェンセントが欲しい
目指すべき場所は全て決まっているのに。
強さ関係なしの大戦が今すぐ欲しい
だが、どうすればそんな世界を実現できるのか。
長い思索の果てに、ある日、彼は一つの変化に遭遇した。
きっかけは、蟻だった。初めて弱い存在に飢えても殺しはしなかった。
生き残りし蟻の群れ。
いや、二つの群れだったのかもしれない。
群れではない
あまりにも小さく、あまりにも数が多い。彼にとって、そんな微小な生物の群れを見分けることなど、ほとんど不可能に近かった。もはや無に等しい
とにかく、その無数の蟻たちが蠢く中で、二匹の蟻が争っていたのである。
あれが大きく見えた、あれだけが
おそらく、毛虫の死骸でも奪い合っていたのだろう。
人間からすれば、取るに足らないどころか、意識する価値すらないほど些細な出来事だった。
極小の生物。
極小の争い。
極小の命。
明らかな弱者のはず
それでも、その二匹は必死だった。
互いに触角をぶつけ合い、口器で相手に噛みつき、己の持てる力を振り絞って争っていた。
その姿には、彼らなりの必死さがあった。
そして、やがて決着がついた。
一方が勝ち、もう一方が敗れたのだ。
その瞬間。
彼は見た。
強さを。
そうだ。
蟻であろうと関係ない。
どれほど矮小な生物であろうと、どれほど取るに足らない争いであろうと、そこに本物の闘争があるのならば━━強者と弱者は生まれる。
比較が成立し、勝敗が定まり、そこに強さという概念が現れる。
彼が求めていたものは、決して特別な存在にしか宿らないものではなかったのだ。
必要なのは、ただ一つ。
互いに争うこと。
それだけでよかった。
自分という強者に挑まなくても闘いはそこにあった
「戦え!私のために!争え、この大地に戦を起こせ!」
彼は悟った。
まずは蟻。
次は獣。
そして、人間。
闘いに等級も差もない、闘いは生まれを求めない
「...なぁここでいう人間は...?」
「あぁ、我らが知る存在ではない。神族に近い...あのこの世の神王の血液と侵入者の魔性が濃い時の存在...まぁ彼からすれば恐ろしいほど弱いかもしれないですが...」
しかしどれほど小さな存在であろうとも、争い続ける限り、そこには強さが生まれる。
ならば、争いの種を増やせばいい。
争いを絶やさぬようにすればいい。
強さはどんどん増えてくれる。
そうして彼は、やがて一つの結論へとたどり着いた。
自分と同じ種族の者たちを、再び訪ねることにしたのである。
彼は帰還すると、かつての同胞たちを殺し始めた。
彼らに教えたかったのだ。
真の闘争とは何か。
争うことの喜びとは何か。
己のすべてを懸けて戦うことが、どれほど素晴らしいものなのか。
彼自身は、すでに何の制約もなく戦える存在だった。
だからこそ、彼は同胞たちにも同じものを見せたかった。
何も恐れず、何にも縛られず、ただ己の意志で戦うことのできる世界を。
そして、いつか彼らがその喜びを理解し、自分と同じように戦いを楽しむようになれば。
彼がこの世界に飽きたときにも、彼らが残っていれば、再び争うことができる。
そう考えていた。
しかし、結果は彼の想定とは異なるものだった。
彼の同胞たちは、あまりにも強かった。
そして、彼自身があまりにも強すぎた。
彼らは次々と死んでいった。
気がつけば、彼の手によって、強大な同胞たちは一人残らず命を落としていたのである。
彼は、ふと立ち止まった。
そして、目の前に広がる光景を見渡し、ぽつりと呟いた。
「……俺は、君たちを皆殺しにしてしまったのか...君たちは……お前たち本当に強かったんだな」
強過ぎて止められもしないままに、本当に同類を奪ってしまって、もう同格はいない
彼はしばらく考え込んだ。
やがて、一つの答えを見いだした。
戦って強者を産めるのはいいが、産めよ増せよでどれほど時間をかければ、自分に挑める強者ができる?どれほど時間をかければ自分は彼らを殺せる?俺は我慢できるか?自分に近い存在を待つのは。
苦しい、悩ましい。だから殺したくなる。そうして可能性は減ってしまう
ならば、自分の存在を広く伝播させればいい。
自分という存在の可能性を、世界中へとばら撒けばいい。
そして、途方もない年月の中で、無数の可能性を生み出せばいい。
彼が求めているのは、一度きりの闘争ではない。
永遠に続く、無限の闘争なのだから。
そのために必要なのは、進化だった。
無限の進化。
それこそが、あらゆる可能性を生み出し、やがて彼の想像をも超える強者を生み出すのだ。
鍛錬?
鍛錬など、いったい何になるというのだ。
百年鍛えようと、千年鍛えようと、いずれは死ぬ。
鍛え上げた技も、磨き抜いた剣も、肉体の限界を超えて永遠に残ることはない。
だが、進化は違う。
数百万年、数千万年という途方もない時間を経て、生命は変化する。
その変化がもたらすものは、たかだか百年の鍛錬で身につけた剣技などとは比較にならない。
生まれながらにして備わる、圧倒的な力。
後天的な努力では到底たどり着けない、生命そのものが獲得した武器。
それは、たとえば爪だ。
獅子が生まれながらにして鋭い爪を備えているように。
いや、もし獅子が生まれながらにして八本の爪を持っていたとしたら?
八本の爪。
八振りの刃。
生物そのものが、天性の刀剣を備えているのだ。
なんという奇跡だろうか。
それは、人間がいかに鍛錬を重ねようとも容易には到達できない、生命の可能性そのものだった。
進化とは、単なる生存のための変化ではない。
闘争のための変化でもある。
殺戮のための変化でもある。
そして、闘争を避け、殺戮から逃れようとする生命でさえ、その過程で新たな力を獲得していく。
敵を殺すために牙が生まれる。
敵から逃れるために脚が発達する。
敵を見つけるために感覚が研ぎ澄まされる。
生き残るために変化し、変化することで新たな争いが生まれ、争いがさらなる変化を促していく。
闘争も、殺戮も、そして、それらを避けるためのあらゆる営みも。
すべてが進化へとつながっている。
ならば自分自身も、その闘争の中に加わってみたらどうだろうか?
ただ見守るだけではなく。
ただ観測するだけではなく。
自らもまた、無限に続く闘争の一部となるのだ。
そうすれば、いつか自分すら予想できない何かが生まれるかもしれない。
自分を超える強者が。
自分を打ち倒す存在が。
あるいは、自分という存在そのものを根底から覆す、未知なる生命が。
彼は、それを見てみたかった。
こうして、暴虐を企てる者“ゲルガンマ”は生み出された。
そうして、ゲルガンマは、ある男が提示した計画に同意した。
千年を超える、途方もなく長い計画に。
「で..それがうまくいったやつがガルドシュースってわけか」
「もちろん、北に住まう海賊の頂点の氷帝こと、彼、九大奇跡の太陽神を屠り。次に大山脈と友になり、奪権者 灰色の王子アグノダス=ゴッダラを屠り。挙句に二十八路諸侯の一路として帝国に謀反し、八王として三伯爵を殺し、美の神」
「いやなげぇよ、でも今ほぼ動かない抜け殻みたいなやつだろ」
「えぇ、しかし」
「たくあのゴミが撒き散らして運良く生きたのが今度は振りまいてやがる」
「えぇ、多数の人を誘い。二代、三代、と生存し、やがて残った存在レイムリ・ガルシドュース=ウガュスアルダシグルは確かに」
「お前らマジでこういうとき好きだな、で俺が気になるのは龍って本当か」
「もちろんでしょう、万魔の父ですから」
「龍って育てばに光よりも一千万億倍以上早いって?」
「以上だと」
「そんなやつの息子とヒリクラスを戦わせるのは...」
「そうでしょうか...」
「いや第一あのバカ兄弟が」
「う...そうですか、血の神が」
「血の神ってお前知ってんだからわかるだろ!俺はな」
「まぁ、決めるのは私ではない。ところで、馴染みある人が弟子を取ったんだ」
「..馴染み...ってあいつが?!」
「そうあのリン」
「あいつがか...?!あれ...は...まぁ、ガルドシュースとかが大山の短人どもに飛空艇製作とか調べるのに...歴史しか興味ないはずでは..?」
ガタ
「そうじゃない、シグス・フィィスモンドオと何度、ボルジャンよ」
「う...うぇ申し訳ございません。
「..はぁ...先にあの島の解析に...」
「はっはい!先生!」
「ところでエルヴンと本当の精霊も違う、あれは現生のものと違い漂流物さ」
「う、う...」
「...ッ....泣くな...!」
「うぅえ」




