第10話 建国祭(フィナーレ)6
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招待された者たちが一人、また一人と帰っていく。王都周辺に屋敷のない貴族やラゥルウントの一行は残って明朝に立つことになっていた。
気軽な若い者たちが集い最後の夜を楽しんだ。
リティアはアンとペールが夫婦であることが信じられなくてつい様子を伺ってしまう。見る限り、他の異性よりよそよそしい気がして、実子が7人もいるとは信じ難かった。
「あー……そろそろ、許してやったらどうだい、アン」
アデルモがしびれを切らしたように言うと、ペールは君主にお伺いを立てる従事のような目をアンに向けた。ヴェルターとリティアは二人の様子に顔を見合わせた。よそよそしい態度はどうやら二人は冷戦中らしかった。正確には、アンがペールに立腹しているようだ。
「いったい何があったんだい? 」
原因を知らないヴェルターが尋ねると原因を知っている者たちは苦笑いをした。アンは来賓としての立場が終わった今、躊躇いなくペールにフンッと鼻を鳴らした。
「ペールったら、フリデン王国のルーイヒに着いたら、子供たちを預けて二人でグリュックリヒへ行きましょうねって何度も約束したのに、他の女性と行ったの」
リュックリヒは有名な菓子を提供するカフェだ。すっとペールに避難の目が集まった。強面ペールのアンバーの瞳が所在なくおどおどと彷徨う。
「たまたま迷子を保護したら、そこの家のご婦人がどうしても礼をしたいというから、お茶を一杯ごちそうになっただけだ。そうしなければ帰してくれそうになかったのだ。入った店が君が行きたがっていたグリュックリヒだということも知らなかったんだよ。本当だ」
「いいえ。そのご婦人はあなたがハンサムだからそうしたのに違いないのよ。そうでしょう? 」
アンは皆に同意を求めたが、皆喉が詰まり、すぐに首を縦に振る者はいなかった。正確にはアンの妹、リリーラはわずかに頷いた。どうやらアンと同じ審美眼らしい。当の本人ペールは大きな手で顔を覆いアンの髪より顔を赤くし、一層無口になってしまった。今度はペールに同情の目が集まる。
「お姉さま、彼も反省していることですし、このくらいで」
アンの妹リリーラ=ジェイミー・ラゥルウントが見兼ねて口を挟んだ。アンはペールが俯いたのを反省していると取ったのか、諦めたようにため息を吐いた。
「わかったわ。せっかく他国に来てまで喧嘩はよしましょう。でも、あなたはもっと自分の魅力を自覚し、世の女性たちを警戒すべきことは念頭に置いておいて」
ペールはアンに頷いた後、一切他の人の反応を見ずに頭が床にめり込むほど俯いてしまった。
……迷子になってペールに保護された子供はさぞかし怖かっただろう。そしてペールに連れられた我が子を見たご婦人も生きた心地がしなかっただろう。と、皆の同情心は子供とご婦人に集まっていた。
それにしても、いつもは悠然として淑女たる彼女がペールの事になると冷静さを欠く様は微笑ましく、リティアは思わず吹き出しそうになるのを耐えるのに必死だった。
「ところで、ヴェルターとリティアお忍びのデートは楽しめた? 髪色を変えるだけでも案外みんな気づかないものでしょう? 」
アンが得意げに言った。
「ええ、ありがとう。私はともかくヴェルターの髪色は個人情報みたいなものだもの」
「確かにそうだね。ねぇ、叔父上」
「ああ、そうだな」
リティアの言葉にヴェルターとアデルモが同意した。
「また二人でこっそりデートしたい時はいつでも言ってちょうだい。染料をお分けするわ」
「ふふ、お願いしてもいいわね、ヴェル」
「ああ」
ヴェルターとリティアは見つめ合った。
「ごほん、すぐに必要になりそうね。一日だけではなく染めた色が何日も持つ染料もあるわよ」
「何日も? それはまたすごいな」
アデルモは興味津々といった感じだ。
「ええ、私たちラゥルウントが誇る染料技術よ。他国からは“魔法”なんて言われているけどね。種明かしすると知識と技術よ。リティアの着ているドレスもそう。染色と織物業を発展させ繊細な色で染め品質の高い織物を生産しているの。外国相手に貿易していくつもり。いつまでも鎖国の名残を引きずっているわけにはいかないわ、子供たちのためにも」
アンが商人の顔になった。確かにリティアのドレスの色は絶妙にヴェルターの髪色と合っていて技術の高さを伺わせた。
「だが、上の世代はあまり前向きではないのだろう? 」
アデルモが尋ねる。
「ええ。老人たちは変化が不安なのよ。でも、事実デメリットもあるの。国交を始めてから今までなかった病気が発生したわ。犯罪も増えた。外国人との間に私生児も増えた。だけど、同時に新しい薬や医療技術も入って来た。悪い事ばかりではない。国際結婚はこれから認めればいいし、その為の対策として、友好深いフリデン王国との政略結婚をお願いした。私たちの国はかつて戦争ばかりさせられた。でも子供たちのために二度と繰り返さない。そのために外交に力を入れたいの」
アンは女性の地位のために王になったと言っていた。今度は平和の協定のために結婚を選んだのだ。そのためなら鉱山など惜しくないといった様子だった。
「ああ、なるほど」
「小国が生きるためには“魔法”だって使わないとね」
アンは得意げに笑い、昔話をしてくれた。歴史が揺らぐ強国ラゥルウントの魔法の種明かしを。それは、フリデンへの信頼の証しだった。




