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第10話 建国祭(フィナーレ)5

 ヴェルターははにかんで言葉を選ぶ。

 「リティ。もし、君が良かったらなんだけど……僕たちはまだ“婚約者”でいられるんだろうか」

 ヴェルターの言葉にリティアはくすくす笑い出した。


「ヴェル、私の許可を取らなくてもあなたはなんだって許される立場なのでは? 」

「リティ! だから、そう出来るわけないじゃないか」

「どうして? 」


 ヴェルターは俯き、リティアを見つめ、また俯き、またリティアを見つめた。

「愛しているからだ」

「二度と言わないんじゃないの」

 リティアはヴェルターの態度が可愛らしく感じて、ついからかってしまう。

「撤回。何度だって言うよ」

「……嬉しい」


 二人はごく近い距離で見つめ合い微笑んだ。一度離れてしまうと、また抱き合うには時間を要した。リティアは抱きしめて欲しかったが、ヴェルターにその発想は無かった。


「ヴェル、あの……」

「どうしたんだい? 」

 ヴェルターはただ、微笑んだまま。リティアは待っていたがその時は来なかった。すっと息を吸う。勇気を出すことにした。


「ねえ、いつになったらかがんでくれるの? 」

「……かがむ? 」

「かがんでくれないと、私はもうあなたに届かないの」


 ヴェルターは言われるままに体を前に傾けた。リティアはそっとつま先で立つと、ヴェルターにキスをした。不意を突かれたヴェルターは体を強張らせ、慌てた。

「リ、リティ、何を!? 結婚前だというのに」

 真っ赤になってうろたえるヴェルターはすっかり元通りで、思春期の少年だった。


「何ならそこの部屋に無理やり私を連れ込んだって、私はあなたを許すわ、ヴェルター」

 リティアが微笑むとヴェルターからふっと力が抜けた。ヴェルターはリティアの背に腕を回すと強い力で引き寄せた。リティアからの触れるだけのキスとは違い、気持ちが止められない、そんなキスだった。呼吸のために離れてはどちらともなくわずかな距離も我慢できずに追いかける。思いの丈をぶつけ合う激しくも甘い口づけだった。リティアの瞳に息苦しい生理的な涙と、幸せな涙とが混じった。


 ――――途中、誰かが来たみたいだが、二人は気にしなかった。相手はもちろん慌てて去って行った。


 長い長いキスが終わると二人はまた抱き合った。心臓が爆発しそうなほど早鐘をうち、二人肩で息をした。やがて呼吸が整うと声を出して笑った。子供に返ったみたいに。


「そろそろ、戻らないとね」

「ええ。お化粧が取れてしまって、酷い顔でしょうね」

「……うーん、平気さ」


 ヴェルターがリティアの瞼にキスを落とした。

「泣いたってすぐにわかるでしょう? どうしようかしら。ミリーを呼んでお化粧を直してもらおうかしら。ああ、ダメ。ミリーに泣いたって悟られたらあれやこれや言われるわ」

「至近距離で見なければ平気だよ。……だから、リティ、君はもう僕としか踊れないね」

 ヴェルターが顔を輝かせた。

「ええ、そうね。……あ、でもアデルモおじさまとは踊りたかったなぁ」

「はは、彼は君がまだ化粧もしていないころから知ってるからね。気づかないと思うよ? 」


 ヴェルターがすっと腕を出した。リティアは慣れたそこに手を添えた。ヴェルターがそっとリティアの耳に口を寄せる。

「早く、終わればいいのにね。あー今夜はもう二人っきりにはなれないだろうね。来賓をもてなさなきゃ」

「私も同席してもいかしら」

「ああ。そうしてくれるかい」

「他の国についてもっと勉強しなくちゃ。王太子妃になるのだから」

「ああ、そうだね。アンが独身だったとしても他国の女王と王太子の結婚は難しいってことくらいは、気づいてほしいもんだね」

「あ。……で、でもこれからは王族だって貴族だって好きな人と結婚したっていいと思うの、方法が無いわけじゃないでしょう? 」

 どちらかが譲ることになるが。恋愛のためにそこまでするのか、という問題はある。大問題だが。


 リティアが言うとヴェルターはおかしそうに笑った。

「ああ、僕は好きな子と結婚するよ、リティ。全く、君はどこか抜けてるよね」


 そこがいいんだけど、そんな笑顔だった。


 広間はまだまだ宴が続いていた。例え皇太子でもしばらく席をはずそうと誰も気づくものはいない。そんな賑わいだった。見回すと、壁の花になりそうな令嬢たちをスタイニッツ家の令息二人とレオンが上手く声を掛けていた。リティアは、モテるわけだ、と感心し、ヴェルターもまた彼らに感服していた。


 目でアデルモを探すと、紅色の髪が美しい女性と踊っていた。

「アン……ではないのね」

「ああ、彼女の妹だそうだ」

「あ! お祭りの日にお会いした方だわ。どうりで見覚えがあるはず。アン女王に似ていたのだわ」


 アデルモは上背もあり武骨そうでいて溢れる気品は王族のもの。


「華のある二人だね。叔父上は案外目立ちたがり屋だからな」

「ふふ、目立ってしまうのよ。あの容姿だもの」

「……僕はまだ発展途上だからね」

 ヴェルターがむくれるのをリティアは笑う。

「ええ。おじさまより大きくなるのを隣で期待しながら見てるわね」

「……ガタイのいい男が好きなのか? 」


 ダンスをしながらリティアは我慢できずに吹き出した。


「私が好きなのは、あなただってば。どんなあなたでも、好き」

 リティアがそういうとヴェルターは満足そうに笑った。気持ちを伝えあうとこうも素直になれるものかと不思議に思った。


 幸せそうに笑い合いながら踊る二人は注目を浴びていることにも気づかずに、お互いだけを目に入れていた。レオンとランハートが顔を見合わせて吹き出していた。二人のパートナーのレディは不思議そうに首を傾げた。


 リティアは、ただ一度だけヴェルターではない男性――アデルモと踊った。……彼の強い希望で。


 あと数年後にはヴェルターもこんな風になるのかしら。リティアがそう思うくらい二人はよく似ていた。

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