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第8話 建国祭(前半)2

「先王のおじい様が、昔教えてくれたんだ。半分冗談で、半分本気だった。王族はどこにいても注目され、何から何まで記録され、報告され管理される。プライベートも自由もない。例えば用を足すのだってガラス張りの部屋でさせられるんじゃないかってね。実際、平民は入浴も自分でするんだってね。僕、裸を人に見られる抵抗はないもんな」

「え、そうね。私も身体を洗うのはいつも人に手伝ってもらうわね」


 ヴェルターの言う、人とはもちろん侍女のことであるが、リティアもそうだった。だが、入浴の話だなんて。リティアは深く考えてしまって赤面する。それを隠すために窓の外を見ているふりをした。


「誰にでもってわけでは無かったよ。まぁ、ガラス張りの部屋はもちろん例えで」

「ええ。では今日はあなたの貴重なプライベートということね。同行できて光栄だわ」

「ああ。楽しみだ」


 ヴェルターはリティアの赤面に一瞬首を傾げたが、直ぐに自分の失言に気づき、赤面した。そして、それを隠すためにリティアとは反対の窓の外をみているふりをした。先に窓の外を見ているリティアはヴェルターの赤面に気づくことはなかった。二人はそれぞれ違う方向を向いていたが、頭の中は同じで、それを追い払うために時々首をふるという奇妙な行動に出ていたが、幸いにも相手にその行動を見られることは無かった。


 ヴェルターは、ふとマルティン・アルデモートと馬車の乗った時の事を思い出した。自分が休まなければ、マルティンも楽な姿勢が取れなかった。ヴェルターは、ぱっとリティアの方を確認した。窓の外を見ていたがきちんとした姿勢を保っていた。


「リティ、辛かったら体勢を崩しても構わない。誰も見ていないのだから」

「ありがとう。でも平気よ」

「本当に無理してない? 」

 リティは微動だにせず座っているヴェルターにそう言われても心中複雑だった。リティアとて長くじっと座っていることには慣れていた。だがそれは、馬車のように動く場所は例外だった。乗馬ほどではないが体勢を保つには体幹がしっかりしなくてはならない。ヴェルターは細く見えても鍛えられた身体をしているのだろう。……と、リティアはヴェルターが“裸を人に見られる抵抗はない”と言ったことと相まって、自分の想像力がそれ以上掻き立てられないように努力をした。ヴェルターはリティアの返事が返ってこないことから無理をしていると判断したらしい。


「リティ、もたれているといい」

 ヴェルターは自分の肩をとんとんと叩いた。肩を背もたれに預けろ、という意味だった。が、リティアは道なりが穏やかなことを確認するとおもむろに立ち上がった。ヴェルターは突然のリティアの行動に目を開き、咄嗟にリティアの体を支えた。

「リティ、何を……」

「ありがとう、ヴェル」

 リティアは驚くヴェルターの横に控えめに腰を下ろした。まだ状況が理解できていないヴェルターはきょとんとしたが、直ぐにリティアが自分の肩に身を預けてきたことで正気を失った。


 リティアはヴェルターが自分の肩に寄りかかれという提案をしてきたことに驚いたが、彼の表情から一切の深い意味はないのだと、意識した自分が恥ずかしくなった。断ろうかと思ったが、馬車の揺れに辛くなってきたのは事実で、何よりこの申し出はもう二度とないのかもしれないと思うと、勇気を出してヴェルターに身を預けた。


 ――――いい香りがする。

 ――――いい香りがする。


 馬車が揺れる度、リティアの髪がヴェルターの頬をくすぐった。リティアは、いざヴェルターの肩に身を預けるとそのたくましさに驚いた。服の上からではわからない肩や腕の感触。


「ヴェルター、あなたって着やせするのかしら。あなたの美しい顔の下がこんな男性的だなんて、誰も知らないのでしょうね」

 リティアは緊張のあまり妙なことを口走ったが、心、肩にしかあらずのヴェルターは深く考えずに返事をした。

「いや、結構知っている人は多いよ」


 さっき、裸を人に見られる抵抗はないと言ったばかりだ。侍女とか、侍従とか、剣の稽古では上着を脱いで汗を絞ったりした。リティアはヴェルターのその返答にびくりと肩がすくみ上り、その振動はヴェルターにも伝わった。

 

「どうかした? 」

「いいえ」

 何事もなかったようにリティアを伺うヴェルターに、リティアも何事もなかったかのように肩へ身を預けた。


「……だ」

「え、何? 」

「いいえ、少し休んでもかまわない? 」

「ああ。近くなったら起こすから。お休み、リティ」


 嫌だ。リティアは嫌だと思った。ヴェルターの身体を知る人がいることを、嫌だと思った。リティアは、この感情を呑み込むために、きゅっと唇を噛んだ。ヴェルターがふっと笑った気がした。


 ヴェルターはリティアが眠れやすいように出来るだけ動かないように努めた。自分はリティアが近くにいたら緊張で身体が強張るというのに、リティアはこうも安心して眠れるものかと、信頼されている嬉しさと、自分の心情とリティアの心情との隔たりを感じ、複雑な気持ちに身を置いていた。


 馬車が宮殿に着くまではもう少しかかるだろう。

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