第8話 建国祭(前半)
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リティアの私室にはヴェルターがやってきていた。
建国祭には前乗りでラゥルウントの王、アン=ソフィ・ラゥルウントは王都ルーイヒに滞在していた。勝手にやって来たらしい。
「すごい大変だった。全く、自由な人だよ」
と、ヴェルターは大変だったにもかかわらず楽しそうに笑っていた。リティアはその笑顔に早くも挫けそうになったが、避けては通れないことだと気を強く持つ努力をした。アン女王は王都の王家所有の宮殿に滞在しているらしい。
「僕も明日にはそこへ向かうつもりだ。リティ、君も行かないか? 」
リティアは空気を読んで“予定がある”とでも言うべきか困った。ヴェルターは婚約者という形式上、自分を誘うのであって、本当はどうなのだろうか。真意を測りたくて、ヴェルターの澄んだ瞳を覗き込むが、ヴェルターはいつも通り柔らかに微笑み、急かすことなくリティアの返答を待っていた。
「……行くわ」
そう言った後に
「でも、いいのかしら」
リティアは躊躇する言葉をつい口に出してしまった。
「君が来てくれると嬉しい。アン女王も君にとても会いたがっているんだ」
「……そう、私も、私もアン女王に会うのが楽しみだわ」
リティアは精一杯笑顔を作って見せた。
ヴェルターはリティアの反応があまり良くないことは気づいていた。だが、どうしてもリティアを連れて行きたかった。残り少ない自分の好きに出来る貴重な時間だった。
リティアが頷くとヴェルターはほっとしたが、リティアにその真意は伝わることは無かった。
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後日、オリブリュス公爵には比較的質素な馬車が到着した。
リティアもいつもより簡易な服装ではあったが貴族だとわかる程度の物だった。ヴェルターはいくら質素に繕おうと目立つ容姿が隠せるわけもなく、まばゆく輝いていた。
お忍びの行事参加は初めてで、リティアはアン女王とヴェルターのことが無ければ楽しい時間だっただろうと残念な気持ちになったが、もしかしてこれがヴェルターと出かける最後になるのかもしれないと思うと何も考えずに楽しみたいと思った。ヴェルターも日一日と気持ちが固まっていっていた。リティアと出かけるのはこれが最後になるかもしれないと思っていた。ならば、自分の立場も忘れ思い切り楽しむべきではないか。
二人の理由は違えど目的は合致した。
馬車の中、いつになく機嫌のいいヴェルターに、リティアも深くは考えずに賑やかに過ごした。リティアが賑やかなわけも、ヴェルターは深く考えることをしなかった。ただ二人、今からの時間を愉しむだけだった。
馬車は出発した。ヴェルターは懐かしい話を持ち出した。
「リティ、そう言えば、昔はよく木に登っていたけど、最近は登らなのかい」
「登るわけないのに聞いたわね? 」
リティアは昔の恥ずかしい話を持ち出してからかうヴェルターを睨んだ。ヴェルターはそれすら懐かしく顔が緩む。
「昔はリティの方が活発で、剣も練習してたよね。あれはいつの間に止めたのだっけ? 」
「手にマメが出来るのと、怪我したら駄目だからって、結局直ぐにとりあげられちゃって。私相手に剣の稽古をする人がね、万が一顔に怪我でもさせたらって畏縮するものだから、気の毒になって」
「それは、僕の相手もそうかもしれないな。でも僕の場合はそうも言ってられなかったからなぁ。そう言えば昔は叔父上が僕よりリティアの方が剣の才能があるって言ってたっけ」
「ふふ、そうね。でもそれは本当に私にあなたより才能があったわけじゃないわ。そう言わないと私が拗ねて泣いちゃったからよ」
「えぇ、そうだったんだ。僕はてっきり、リティアの方が上手いんだとそこから必死に練習に励んだな。叔父上や父上が暗くなるまで付き合ってくれたっけ。君が可愛く拗ねたおかげで今の僕があるってことか」
ヴェルターは、ちゃめっけたっぷりに笑って見せた。そうなればリティアもふんぞり返って
「そうね、私のお陰」と応戦した。ヴェルターは、吹き出しはしたがすぐに真顔になった。
「リティ、本当は剣、続けたかった? 」
「いいえ、いつの間にか興味が無くなってしまったの。それこそ木登りと一緒ね。今は木を見たって登りたいとは思わない」
「そっか、それならいいんだけど」
リティアは、ヴェルターが自分が王太子妃教育のために忙しくなったことで負い目を感じている事に気づいた。確かに毎日毎日気を抜くことが許されないほど厳しかった。だが、それも今となっては自然に所作として現れ、知識は今後もリティアはを助けてくれるだろう。自分のためにもなったのだ。リティは恨んでなどいなかった。
「それならあなたの方がよっぽっと大変でしょう」リティアは少しばかり同情した。自分以上に大変だったはずだと。ヴェルターはふっと顔を緩ませた。そして言い放った。
「ガラス張りの部屋で用を足す覚悟を持て」
ヴェルターから似つかわしくない話題が出て、リティアはふえ、というこれも淑女に似つかわしくない声がでてしまった。ヴェルターはそれがおかしくてくすくす笑っていた。




