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第7話 疑似恋愛

 リティアは現実逃避することにした。自分の心の機微を掘り下げたその先に何があるかを考えたくなかったのだ。リティアが考えようが、考えまいが結果は変わらないのだと気づいたからだ。


 こんな日も、どんな日も休むことなく一日一日を王太子妃になる日は近づいている、と周りは認識し、リティアへの教育を怠らなかった。


 ようやく夕方になって夕食までのひと時、リティアは侍女が持って来た瓶に入ったオイルを眺めていた。ウォルフリックの事を考えるのは楽しかった。彼が想いを寄せる令嬢はどんな人だろうか。想像してはその想像上の令嬢に合った香りのオイルを鼻に近づけた。そして、顔を真っ赤にしたウォルフリックを思い出しては、自分も恋をしたかのような胸のときめきを感じ、疑似恋愛に身を投じた。当事者でない恋は清らかで楽しいものだった。


 リティアは自身の感情をウォルフリックの恋心で覆うために、少しばかりウォルフリックのことを周りの人に聞いてみた。誰に聞いても彼の評判は良く、リティアはきっとウォルフリックの想い人も彼に悪い印象は無いだろうと確信した。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 後日、リティアはケースにありったけのオイル瓶を詰めて宮殿へ向かった。勿論、ウォルフリックに見せるためだ。

 

 秘密を共有した友人関係は一気に距離を縮めた。こうして、ウォルフリックとは何度か会う関係になり、いつの間にかウォルフリックとリティアは名前で呼び合うほど気安くなっていった。


「ウォル、いい加減にあなたの想い人を教えてくれない? 」

「……う、リティア。そうは言っても恥ずかしくて」

「ふうん。教えてくれたら最近令嬢の間で流行ってる物なんかを教えてあげられるわよ? 」


 あの手この手でリティアはウォルフリックを誘惑したが、なかなか口を割らないウォルフリックにしびれを切らしていた。


「リティア、君は第一印象と随分違うんだね」

「あなただって。もう! もっと男らしい人だと思っていたわ、こんなにうじうじするなんて」

 ウォルフリックの手の中にはこの日も令嬢に渡しそびれたらしい箱に入ったオイルがあった。


「違うんだ、リティ。年ごろの令嬢に婚約者がいないはずはないって、気が付いてしまったんだ」

「ええー、今更ね。あなた、そんなことも知らずに好きになったの? いえ、好きになった時にそれなりに調べるものでしょ」

「ああ、そうだよね。正直、知るのが怖いんだ。だけどわからないままこれを渡すことで彼女に迷惑がかかってはいけない」

「もう、彼女のことになると途端に臆病なのね」


 リティアも人の事には強気だった。ふむ、とウォルフリックを俯瞰する。やっぱりものすごく素敵だ、と判断した。彼の前では令嬢たちがポエマーになるのも納得の容姿、気品。それに、身分や能力を判断しても令嬢たち、いや、その親から羨望される完璧な有望者である。

「ウォル、あなただって結婚の申し出は多数あるでしょう」

「彼女の家からは無かった」

「ってことは、あなたの家に引けを取らない身分の令嬢てことね!? 」


 ヒントを得てリティアはあれこれと当てて見せた。


「宮廷で見かける令嬢、そしてあなたの勤務先に関わりがある、」

 おのずと絞られてくるではないか。ぱっと顔を上げるとウォルフリックは観念するように白状した。

「スタイニッツ伯爵令嬢だよ」

「べルティーナ嬢! 」


 ウォルフリックは、恥ずかしくて顔が上げられないといった様子でリティアから顔を背けた。

「彼女とはどうやって知り合いになったの? 」

 

 リティアはべルティーナとは面識があった。ウォルフリックの想い人として意外と言うほどでもないが、彼女はそう愛想のいいタイプでもなかった。

「ちょうど、彼女と庭園を通るタイミングが同じ時期があって、あまりに会うものだから顔見知りになった。初めは会釈程度だったのが、一言二言と話すようになって。なんていうか、彼女は私に気負うことなく話してくれるんだ」

「なるほど」

 べルティーナは彼の前でポエマーにならなかった数少ない令嬢の一人、ということか。年齢の割に妙に落ち着きのある彼女は、ウォルフリックにとっては普通に話せる女性ということか。彼女の家門の事を考えると、彼女が例え相手がウォルフリックであろうが平常心を保ってられることがすっと腑に落ちた。そうか、彼女か……。目を引く派手さはないが、それもわざと計算されたものであることをリティアは知っていた。聡明で堅実な人なのだ。


 スタイニッツ伯爵の系統は優秀な人物を数多く輩出している。べルティーナは兄が二人いてどちらも文武両道で、令嬢たちの人気も高かった。二人ともとてもハンサムなのだ。兄二人はそれを良い事に多くの浮名を流し、それもうまく遊ぶもので、彼らを悪くいる者はいなかったが、それゆえべルティーナはハンサムな男性に免疫があり、かつ遊び尽くす兄のお陰で、男性に理想を押し付けることはなかった。


「いくらイケメンに免疫があるったって、ウォルは別格だから、落とせないわけはないわね」

 リティアはとがった顎を指で撫でながらそう分析した。彼女に婚約者、はいないと思うが……。まだ公になっていないだけの可能性もある。

「ああ、リティ。君は手荒れが治ったのかい? やはりオイルを塗るとすぐに治るのか。それなら、直ぐにでも渡すべきだな。そうだ、このくらいのプレゼント、婚約者がいたって負担にならないだろう」

「ええ、そうね。自分が使っているものだ。とかなんとか適当に言って渡せばいいじゃない」


 気軽に、という意味だったが、ウォルフリックは真剣なまなざしで眉を寄せた。確かに、イケメンの悩ましい姿は恐ろしくも見えるのかもしれないとリティアはその横顔を見て思ったのだった。

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