第7話 疑似恋愛2
「私は使ったことがないのに、人に、ましてや意中の人に勧めることは出来ないよ」
リティアは、“真面目か”と言いたくなるのをぐっと吞み込んだ。そうだ、と自分の持ってきたオイル瓶の蓋を開けると、ウォルフリックに手を出すように言った。ウォルフリックの騎士らしい手の平に数滴たらすと自身も手に取った。
ウォルフリックは手を受けたもののどうしていいかわからないといった様子で、手に擦り込むリティアをじっと見ていた。
「ウォル? オイルが垂れてしまうわよ」
「え、ああ。うわ、ど、思ったよりベタベタぬるぬるする」
「肌馴染みがいいオイルだからしばらく擦り込んでたらしっとりしてくるから」
「こう? 」
手を擦り合わすウォルフリックが小動物のようでリティアは吹き出す。
「ええ。指の間も、この水かきのところね。爪の生え際も」
「リティア、やはり少し量が多かったのでは? 」
なかなか肌に馴染まないようでウォルフリックは真剣に刷り込んでいた。
「ふふふ、ウォル、そんなに怖い顔で刷り込まなくても。多かったなら私に分けて。あら、このあたりもう少し伸ばした方がいいんじゃないかしら」
「ああ、申し訳ない」
リティアは何も考えずにウォルフリックの手を取り、余ったオイルを引き受け、ウォルフリックの塗り残した部分にオイルを自らの手で擦りこんだ。ウォルフリックもリティアのその行動に疑問を持たずにされるがままであった。が、数秒後、はた、と目を合わせた二人は慌てて背を向けた。
「ごめんなさい。はしたないことを」
「いや、こちらこそ」
二人はそれぞれに息を整えると向きなおった。
「ほんとうにごめんなさい。べルティーナ嬢に見られたら誤解されるところだったわ」
リティアはきょろきょろ周りを見渡した。幸い、近くに人はいないようだった。
「いや、私こそ。それこそ冗談でなく殿下に決闘を申し込まれるところだ」
ウォルフリックの言葉に、今度はリティアも笑えなかった。リティアは誰にも見られていなくてよかった、と自分の意識の低さを恥じ、人の恋路に浮かれているからだと自分を戒めた。が、誰にも見られていないわけではなかったらしい。
「君たち、ここで逢引きするのはお勧めしないなぁ」
後ろから声を掛けられて、リティアは飛び上がり、ウォルフリックの顔はさっと青ざめた。
「ふ、ははは! そんなに驚かなくても」
「レオン! 」
声の主はリティアには笑顔を、ウォルフリックには騎士同士の挨拶をした。
「誤解を招くような行動をして申し訳ないですが、フリューリング卿、私たちは……」
レオンは、わかっている、というようにウォルフリックの言葉を説明は必要ないと手で制止した。そして、ウォルフリックとリティアどちらも手を擦り合わしていることに気が付くと怪訝な目で二人を交互に見た。さすがにこれは説明が必要だ、とリティアは思った。
「手荒れのオイルをね、塗り過ぎちゃって……」
レオンはますます怪訝な目をしたが、二人の手を再び交互に見ると、大きな大きなため息を吐き、おおよそ納得したようだった。
「あー……俺も、ここが切れちゃって、剣持つ時に痛いんだ。良かったら塗っていただけませんか? 」
レオンはそう言ってリティアの方に手を差し出して来た。オイルはもうほとんど残っていなかったが、リティアは形ばかり塗った。
「では、こちらの手はシュベリー卿にお願いして」
レオンは反対の手をウォルフリックに差し出した。それをにこりともしないでやり遂げるのだから、奇妙な光景だった。
「ラン! お前も手が荒れてるって言ってたよな? 」
レオンが声を張り上げた先に、ランハート・ヴェッティンの姿があった。ランハートは忌々しそうに舌打ちをしたが、おもむろにこちらに合流した。
「まあまあ、さ、手を出せ」
レオンはランハートの右手をリティア、左手をウォルフリックに預けた。
「今から書類を持つというのにオイルなど塗ったは紙にシミができるだろうが」
「はは、もうオイルなんて残ってないさ。パフォーマンスさ。わかってるくせに自分だけ通り過ぎようったってそうはいかないぜ。一部始終、聞いてたくせによ」
“く”“せ”“に”“よ”と一文字づつ区切って都度ランハートの胸を叩くもので、ランハートは顔をしかめた。そして、顔をしかめたままくるりとリティアの方へ体を向けると苦言を呈した。
「次期王太子妃が、自ら手を取って侍女のようにオイルを塗る。いかがなものかと」
「申し訳ありません」
リティアは素直に謝った。
「この人通りの多い場所で」
「はい」
リティアはしゅんと俯いた。ランハートの言う通りなのだから何も言えなかった。
「申し訳ございません。私がリティア嬢にアドバイスを求めたせいで。誤解されても仕方がない行為でした」
ウォルフリックはリティアを庇った。ここ最近、ここでリティアと会っていたことも含め、軽率だったと反省の弁を口にした。
うん、とレオンは頷き、ランハートの顔を伺う。ランハートはやれやれと嘆息した。
「いや、大丈夫だ。あなた方の仲を疑う人間はこの王宮にはいない」
レオンは落ち着いた声で言った。




