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第6話 真のヒロイン、悪女とは……。6

 ヴェルターは子供に戻ったようなわくわくした表情でリティアに告げた。

「アンが、“魔法をかけてくれる”」と。

「魔法? 」

「ああ。僕もアンも目立つからね。国民が僕だってわからないように変装して街へ出る。王太子としてではなく、国民としてアンにこの国を見てもらうつもりだ。表向きは視察。実際は建国祭を楽しもうって魂胆さ。勿論、建国祭にはラゥルウントの王は来賓として招待するから正式にも会うよ。ただ、その何日かを一緒に抜け出さないかってこと」

 楽しそうに話をするヴェルターは普段の彼らしくなく、リティアは理解するのに時間がかかった。ヴェルターはそんなリティアを見て不安がっていると受け取ったのだろう。リティアに安心するよう微笑みかけた。


「大丈夫さ、リティ。平和な街だし。お忍びというわけではないんだ。僕たちが姿を変えて楽しむのは国民に騒がれないためで、護衛は付くし、身近な者たちには了解を得ている。何も心配することはない」

「え、ええ。わかったわ、楽しそうね」

「そうだろう? アンはそういうのが得意なんだ」


 自分の前で隠すことなく一国の王をアンと気安く呼ぶヴェルターは品行方正さを欠いていて、リティアの目にはとても眩しく映った。まるで、先ほどのウォルフリックのようだ、とリティアは思った。


 同じように心臓がどきどきし、気持ちが乱れた。同じ姿を見せられたのに、なぜ今はこの鼓動が苦しく、早くこの場から去りたいと思うのだろうか。もっと詳細を、相手の女性の事を知りたいと思わないのだろうか。むしろ、これ以上ヴェルターの顔を見たくない。これ以上、何も知りたくないのだ。


「どうかした? リティ。街に馴染む華美でない服はこちらで用意する。君は、ただこの祭りを楽しむといい」

「ええ。ありがとう。子供の頃に戻ったみたいね、ヴェル」

「ああ、懐かしいね。あの頃は……」

「ごめんなさい、ヴェル。今日は母を待たせているの。もう行くわね」

「あ、ああ。送ろう、リティ」


 ここで断ってもヴェルターは送ってくれるのだろう。それがわかっているリティアは素直に頷いた。差し出された腕にそっと触れる。慣れた仕草は、当たり前のように与えられた自分の居場所だ。だが、あとどのくらい触れることが許されるのだろうか。いつの間にか見上げるようになったヴェルターの体躯はリティアのものよりずっとしっかりしている。リティアが自分を見上げたことに気づいたヴェルターはごく自然に微笑みを返した。リティアはさっきよりずっと胸が痛むのを感じた。


 馬車に着くとヴェルターはオリブリュス公爵夫人と形式ばった挨拶もそこそこに親し気に話し込んだ。リティアはそれを複雑な心境で見ていた。ヴェルターと自分が結婚しないとなると母にはとんでもない心労を掛けてしまうかもしれない。対外的に問題はなくとも、母はとても気を病むだろう。リティアはヴェルターとの婚約破棄に平気でいなければならなかった。自分も恋をして、良い相手を見つけて……。いや、平気なふりではなく、平気だったはずだ。むしろ、王太子妃は負担だと思っていたはずだった。


 リティアは浅い呼吸を繰り返し、落ち着かない胸を強く握ったこぶしで抑えた。


「では、リティ。またすぐに」

 ヴェルターは母親と話し終わるとリティアの手を取り手の甲に唇を近づけた。触れそうで触れないところで手は解放されたが、手入れを怠って荒れた手にヴェルターが気づいていないことを願った。なぜか今になって、ヴェルターに手を取られたことが気恥ずかしくなった。今更、何を……。リティアとヴェルターの姿は誰が見ても仲睦まじく映るだろう。


 馬車の中ではリティアの母親オリブリュス公爵夫人がいかにヴェルターが素晴らしいかを生誕から遡って話し始めた。中にはリティアも知らない話が出てきてリティアは嬉しく耳を傾け、そのたび胸が痛んだ。ヴェルターはいつから自分には王太子としての姿しか見せなくなったのだろうか。


「本当ね、お母さま。ヴェルター殿下は本当に素晴らしい人だわ」

「そうね。あなたのことも本当に大事にして下さる。立派な方だわ」

「ええ」


 本当に、大事にしてくれる。私たちは親が決めた政略結婚だ。


 リティアには政治的意味合い以上に大事にされている自覚はあった。大事にされることを悲しいと思う感情にリティアは戸惑っていた。もし、婚約破棄が言い渡される時が来るなら、建国祭もリティアが予測する大きな候補の一つだった。建国祭は毎年国を挙げ数日かけてお祝いされる。その最終日は宮殿で大きなパーティーが開催される。おそらく、その場ではないかと思っていた。何か罪を犯したわけではない。断罪されるわけではないが、一瞬にして国民の知ることになるだろう。相手が隣国ラゥルウントの王であれば、確実に国交による婚姻だとわかる。王家に忠誠を誓うオリブリュス公爵の娘は王命に従っただけだとオリブリュス公爵家の評判が地に落ちるわけでもない。リティアの胸が痛むのはそのせいではなかった。


 ヴェルターの屈託ない笑顔を思い出し、リティアは膝の上に置いた両の手をぎゅっと握りしめた。

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