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第6話 真のヒロイン、悪女とは……。5

「すみません、レディ。殿下に会いに来られたところだったのでは? 私の方こそ引き留めてしまいました」

「いえ、今日は母の手伝いで参りましたので、殿下には会う予定はしておりません」

「そう、でしたか……」

 ウォルフリックは何か言いたそうだった。そうだ、ずっと何か言いたそうで、リティアは予測する。

「もしかして、手入れ用のオイルが気になりますか? 荒れていては剣を持つ時に痛みますものね。ですが、剣が滑る……」

「違うのです、リティア嬢。私、ではなく……」


 ウォルフリックの声は今までで一番小さかった。


「まぁ、シュベリー卿! まさか、恋人へのプレゼントをお考えですか!? 」


 リティアの声は今までで一番大きかった。つまり、令嬢にあるまじき大声。慌てたのはリティア以上にウォルフリックだった。漆黒の瞳は揺れ、端正な顔は真っ赤に染まった。


「違う! 恋人などではない。私の、片思いです! 」


 リティアは、誠実にも否定するのは“恋人”の部分で、恋人でなく片思いだと伝えるウォルフリックにますます好感を抱いた。


「まあああ、シュベリー卿! 」

「令嬢、お願いです。お願いですからそのからかうような顔をやめていただいて。それから、このことは他言無用です」

 リティアは高揚から頬を染めて、こくこくと頷いた。


「彼女が、指先の荒れを気にしていたものですから」

 少しばかり落ち着いたらしいウォルフリックは声を落としてそう言った。リティアはまたこくこくと頷いた。

「それで、良いものがあるのなら教えていただこうと不躾にも引き留めてしまった次第」

 リティアは目をキラキラさせてこくこくと頷いた。

「勘弁してください、令嬢。私も言ってから気づいたのです。“私は今、彼女に片思いをいているのだ”と」


 ウォルフリックの恥ずかしくも幸せそうな表情に、リティアは胸がぎゅっとなるのを感じた。


 シュベリー卿は恋をしているんだわ。ああ、なんて素敵なのかしら。この憎らしいほど美しいシュベリー卿でも戸惑うのが恋なのね。目の前の美しくも騎士らしい強靭な大人の男性が可愛らしく見え、リティアは胸がどきどき高鳴った。全力で応援したい気持ちだった。


「シュベリー卿、よろしければ、いくつかオイルをお持ちしましょうか? お気に召せば購入した店も紹介いたします」

 リティアがそう言うと羞恥から憔悴していたウォルフリックはパッと顔をあげ、嬉しそうに微笑んだ。


「よろしいのですか、令嬢」

「ええ。もちろん。私たちはもう友人ですから、シュベリー卿」

「ありがとうございます。では、私の事も、気安く呼んで下さい」

「はい。ウォルフリック様」

「では、リティア様。お時間ありがとうございました」


 後日、オイルを渡す約束をするとウォルフリックは普段の彼からは想像できないくらい機嫌よく去って行った。リティアはまだ胸がどきどきしていた。


「人の恋でもこんなにどきどきするのね。ああ、気になって仕方がないわ。彼の気持ちが伝わるように私も協力しなくっちゃ」


 リティアは帰ったら侍女に手入れ用のオイルを全て持ってくるように言わなくては、と思いながら母の元へと戻った。母の業務が終わると、ほぼ強制的にヴェルターのところへ顔を出すように言われ、リティアはそちらへと重い足で向かった。


「やあ、リティ。機嫌がよさそうだね。良い事でもあった? 」

 急な訪問にマルティン・アルデモートは複雑そうな表情でヴェルターへ視線を向けたが、ヴェルターはいつも通り柔らかな笑顔でリティアを迎えてくれた。そして、マルティンは静かに部屋を出て行った。リティアはヴェルターはおそらくリティアの訪問を快く思っていない態度をマルティンに取ったのだろう。マルティンの表情はそんなヴェルターを気遣う視線に見えた。


「ごめんなさいヴェルター。あなたの顔を見たらすぐに帰るつもりで」

 ウォルフリックの恋心に浮かれていたリティアはさっと現実に戻った。

「ああ。オリブリュス公爵夫人に僕のところに顔を出すように言われた? 」

 ヴェルターは相変わらずの笑顔だったが、声にとげがあるように感じて、リティアは俯いた。

「……そ、そんなこと。忙しいのに申し訳なかったわ。直ぐに……」

「リティ、僕もちょうど君に話があったんだ」


 そういうヴェルターの声はいつもの優しいもので、リティアはほっと胸を撫でおろした。ヴェルターは、リティアに腰を下ろすように勧めた。直ぐに目の前にはリティアの好みに添ったお茶とお菓子が用意された。


「アン、女王。隣国ラゥルウントの王が非公式に僕に頼み事をしてきたことは話したね」

「ええ」


 リティアは頷いた。前回のヴェルターの訪問も非公式だった。それより、ヴェルターは一瞬のアン女王を“アン”と呼び“女王”を付け加えたようだった。ヴェルターは隣国ラゥルウントの王とそんなに親しくなったのだろうか。そう思うとリティアの胸がどきりと不穏に痛んだ。


「ぜひ、君にも会いたいと言われて、先に君の意見を聞かないと。どうかな? 」

「ええ、もちろん。喜んで」


 リティアがそう言うとヴェルターはほっと安堵の表情を見せた。

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