第8話 やるじゃないか、キリオス・マクレイン
「……お兄ちゃん」
「ん?」
「……勝った?」
いや、勝ったも何も、お前が放った上級氷魔法でケビンたちが死にかけたところだぞ。
幸い、テラリアが展開した魔法障壁のおかげで二人とも無事なようだが、もし彼女が観戦していなかったらと思うと背筋が寒くなる。
上級魔法を使えること自体は昨日確認したものの、まさか一年生相手の模擬戦で使うとは思わなかった。
「クリスタ。まずは二人に謝ろうか」
「……どうして?」
「怪我をさせそうになったからだよ。手加減するように言っただろう?」
「……弱くしたよ?」
クリスタは心外そうに首を傾げた。どうやら本人としては、十分に威力を抑えたつもりらしい。
「弱くしたつもりでも、相手が防げなかったら意味がないんだ。お前なら、あの氷塊を受け止められるかもしれないが、誰にでもできるわけじゃない」
「……そうなんだ」
……うむ。これは魔法の訓練以前に、他人の実力を把握するところから教えたほうがいいかもしれないな。
「試合中断! 双方、その場から動くな!」
審判役の教師が演舞場へ駆け込み、まずはケビンとミレーユの無事を確認した。二人とも怪我はないようだが、ミレーユはまだ青い顔をしている。
「ケビン、ミレーユ。試合の続行は可能か?」
「……いえ。僕たちの負けです。降参します」
「ちょっと、ケビン!」
「ミレーユ。あの魔法は僕の盾じゃ防げないよ。さっきは助けてもらえたけど、次もそうなるとは限らない」
ケビンの言葉に、ミレーユは悔しそうに唇を噛んだ。決闘の原因を作った本人としては納得しがたいのだろうが、最後には何も言わずに頷いた。
「よろしい。ケビン組の降参により、勝者はキリオス・クリスタ組とする。ただし、最後の魔法については見過ごせん。二人とも、このあと職員室へ来るように」
「はい。申し訳ありませんでした」
「……はい」
どうやら、勝利と引き換えにお説教が付いてくるらしい。まあ、これは俺の判断ミスでもある。ケビンたちが無事だっただけで、十分ありがたい話だ。
◇
「……お兄ちゃん。勝った」
「あぁ。よく頑張ったな。ただ、今度からは相手に合わせた魔法を使おうな」
「……うん」
クリスタは小さく頷き、俺の袖を握った。褒められたことが嬉しいのか、ほんの少し口元が緩んでいる。
「キリオス先輩」
声をかけてきたのはケビンだった。隣にはミレーユもいるが、こちらはまだ不機嫌そうだ。
「さっきは、逃げろって言ってくれましたよね。ありがとうございました」
「礼を言われるようなことじゃないぞ。俺がクリスタに反撃を指示したんだからな。危ない目に遭わせて悪かった」
「い、いえ! 僕たちも決闘を受けたわけですから。それに、クリスタさんは本当にすごかったです。二人がかりでも、全然攻撃が通りませんでした」
「……当然」
「はは……そうだよね」
ケビンが困ったように笑う。こいつは本当にいい奴だな。試験で嫌がらせをされた相手に、こんなふうに接することができるんだから。
「ちょっと、ケビン! 何を仲良くしてるのよ! あたしはまだ許したわけじゃないんだからね!」
「……別に、許さなくていい」
「はぁ!?」
「……お兄ちゃんに、近づかないで」
「こっちの台詞よ!」
……困ったな。ケビンとクリスタには仲良くなってもらいたいんだが、幼馴染同士の相性がここまで悪いとは。
「まあまあ、今日のところは終わりにしようじゃないか。ケビン、また学園で会ったらよろしくな」
「はい。こちらこそ!」
ケビンは頭を下げ、怒りの収まらないミレーユを連れて去っていった。少なくとも、本人とは普通に話ができそうだ。まずは上々の成果だろう。
「あなた方、少しよろしくて?」
審判が来たので一歩下がっていたテラリア・オルスターが、改めて俺たちの前に立った。紫色の長い髪を揺らし、険しい顔で腕を組んでいる。
「一年生の模擬戦で上級魔法を撃つなんて、どういう神経をしていらっしゃるの? 一歩間違えれば死人が出ていましたわよ」
「……手加減した」
「手加減……? あれで、ですの?」
「クリスタ。テラリアの言うとおりだ。お前も謝ろう」
「……ごめんなさい」
「俺も悪かった。上級魔法を使えることは知っていたが、威力の調整については十分に確認していなかったんだ。助けてくれてありがとう」
俺が頭を下げると、テラリアは少し意外そうに目を瞬かせた。
「……随分と素直ですのね。あなたの噂を聞いていたものですから、もっと言い訳をなさるかと思っていましたわ」
「実際に俺の判断が悪かったからな。礼を言うのは当然だろう?」
「そうですの。では、妹さんには二度と同じことをさせないでくださいまし」
「あぁ。約束するよ」
テラリアはようやく表情を緩めた。実際に会ってみても、なかなか真面目な人物らしい。
それにしても、さっきの魔法障壁は凄かったな。観客席から離れた位置へ一瞬で展開し、上級氷魔法を正面から防いでしまった。
ゲームではボタン一つで発動していた魔法だが、実際に見ると術者の技量がよくわかる。あんなことまでできるのかと、つい見入ってしまったほどだ。
「ところでテラリア。あの障壁は、離れた場所へ直接展開したのか?」
「えぇ。そうですわ。相応の魔力制御は必要ですけれど……それが何か?」
「いや、実際に見ると面白いものだなと思って。教えてくれてありがとう」
「……あなた、本当に変わった方ですのね」
テラリアは不思議そうに俺を見たあと、優雅に一礼して立ち去った。
◇
「ガハハハ! やるじゃねえか、キリオス・マクレイン!」
今度は観客席から、筋骨隆々の大男が歩いてきた。ゴードンだ。隣には黒髪のショートウルフが特徴的な少女、マハロ・アルカラスもいる。
「俺はゴードン! 一年武術部の首席だ! お前、ケビンの攻撃を全部読んでやがったな!」
「いや、知っている戦法が多かっただけだよ。実際に攻撃されたら、俺一人では防げなかっただろうな」
「ガハハハ! 謙遜するな! 妹に指示を出しながら、観客席を見る余裕まであったじゃねえか!」
……あれはテラリアに気を取られていただけなんだが。危うくケビンの剣を食らうところだったし、褒められるような行動ではなかったと思うぞ。
「ははーん♪ 僕も気になってたんだよね。先輩って、魔法使いなの? それとも剣士?」
「どっちも苦手だな。魔法なんて初級すら使えないぞ」
「へえー。じゃあ、何が得意なの?」
「料理かな。昨日も妹に煮込み料理を作ってやったんだが、なかなか好評だったぞ」
「ガハハハ! 料理か! そりゃあいい!」
「ははーん♪ 強さの秘密は料理にあるのかな?」
……だから、強くないんだって。どうして誰も信じてくれないんだ?
「ふふっ。さすがキリオスだねー」
レインが眼鏡を押し上げながら笑っている。昨日と同じ白衣姿で、目の下のクマも相変わらずだ。
「真面目な話をしている相手を、そうやって適当な言葉で煙に巻くところは昔から変わらないね」
「いや、本当に料理が得意なんだが」
「うんうん。そういうことにしておこう」
……どうやら、元のキリオスは普段からふざけたことばかり言っていたらしい。本人のことを知るほど、なぜか俺の言うことを信じてもらえなくなるのは困ったものだな。
「それにしても妹ちゃん。あの魔力の質といい、発動速度といい、実に興味深い。今度、私の研究室に遊びに来ないかい?」
「……嫌」
クリスタが即答し、俺の背中へ隠れた。昨日、頬を舐められたことが相当な衝撃だったのだろう。
「レイン。妹が怖がっているから、その辺にしてやってくれ」
「おっと、それは失礼したね」
まったく、変わった奴だ。レインと元のキリオスがどういう付き合いだったのかも気になるが、今はその話をするより先に職員室へ行かなければならない。
「悪いな、みんな。俺たちはこのあと教師に呼ばれているんだ。また会ったらよろしく頼むよ」
「ガハハハ! 今度は俺とも勝負しようぜ!」
「遠慮しておくよ」
即答しておいた。あんな大剣使いと戦ったら、俺の命がいくつあっても足りない。
◇
教師から一通りの注意を受けたあと、ようやく俺たちは帰路についた。
クリスタには、学生同士の決闘では魔法の威力を抑えるだけでなく、相手が防げる魔法を選ぶ必要があると説明しておいた。
本人も反省してくれたようだし、今後は防御魔法や魔力の制御についても一緒に勉強していこう。
「……お兄ちゃん」
「ん?」
「……お兄ちゃんも、勉強する?」
「あぁ。俺なんてまだ魔力コアも感じられないからな。教えてもらうことだらけだよ」
「……じゃあ、一緒」
クリスタが俺の手を握った。どうやら、同じことを勉強できるのが嬉しいらしい。
今日はケビンたちの実力を確かめられたし、ゴードンやマハロとも顔を合わせることができた。
テラリアの魔法障壁も間近で見られたし、収穫は十分だろう。もちろん、クリスタにはまだ教えることが山ほどあるが、それは明日から少しずつ進めればいい。
「……お兄ちゃん。お腹、すいた」
「もうそんな時間か。今日は何が食べたい?」
「……お肉」
「よし。じゃあ、肉料理にしよう。勝ったお祝いも兼ねて、少し豪華にするか」
「……うん!」
嬉しそうに頷くクリスタを見ていると、今日の騒動もひとまず悪くない結果に収まったように思えてくる。
……まあ、次の決闘があるなら、もう少し平和な勝ち方を考える必要がありそうだな。




