第7話 上級魔術、嘘でしょ
「今回の決闘は二対二で行う。勝敗は戦闘不能、降参、または審判の判断によって決定するものとする」
オルドリアアカデミーの演舞場。その中央に立つ教師が、俺たち四人を見渡しながら説明している。
「殺傷を目的とした攻撃は禁止だ。危険と判断した場合は直ちに試合を中断する。異論はないな?」
「はい!」
「……うん」
元気よく返事をするミレーユと、相変わらず無表情のクリスタ。
一方、ケビンは何とも複雑そうな顔をしていた。
まあ、こいつは最初から決闘に反対していたしな。俺だって好き好んで戦いたいわけじゃないが、こうなった以上は仕方がない。
せっかくだから、妹の実力を確認する機会として活用させてもらおう。
「クリスタ。基本的にはお前に任せる。俺は後ろで状況を見ながら指示を出すから、無理のない範囲で戦ってくれ」
「……わかった」
「あと、くれぐれも手加減するんだぞ。相手は同級生なんだからな」
「……うん」
よし。これなら問題ないだろう。
クリスタはすでに上級魔法を使えるほどの実力者だ。対するケビンとミレーユも優秀な生徒ではあるが、現時点では大きな差がある。
もっとも、俺自身は魔力コアすら感じられない素人なのだから、まったくの戦力外だ。
……二対二という形式ではあるものの、実質的にはクリスタ一人に頑張ってもらうしかない。
「それでは、始め!」
◇
「ケビン! あたしが魔法で牽制するから、その隙に距離を詰めて!」
「わかった!」
開始の合図と同時に、ミレーユが右手を掲げた。
彼女の正面に魔法陣が浮かび上がり、いくつもの水の弾丸が生成される。
ほう。なかなかいいじゃないか。
魔法の発動も速いし、弾丸の大きさも揃っている。さすが普通クラスの上位者だ。
「くらいなさい!」
——バシュッ!
発射された水弾は、俺とクリスタの両方を狙っていた。
……おっと。俺にも飛んでくるのか。
「クリスタ。頼む!」
「……うん」
——パァンッ!
クリスタが片手を振ると、俺たちの前に半透明の魔法障壁が展開された。
水弾は障壁に衝突し、砕け散った水滴が石畳を濡らしていく。
さすがだな。障壁を展開する位置も正確だし、発動までの時間も短い。昨日の訓練で見せてもらった攻撃魔法もそうだったが、魔力の操作に関しては文句のつけようがない。
「ケビン! 今よ!」
ミレーユの合図に合わせ、ケビンが盾を前に構えながら走り出した。
初撃が防がれることは想定していたらしい。ミレーユはすぐに二発目の魔法を準備し、ケビンの進路を塞がないように、俺たちの左側を狙っている。
なるほど。幼馴染というだけあって、連携は悪くない。
「クリスタ。右側に注意だ」
「……うん」
俺が声をかけると同時に、ケビンが進路を変えた。
障壁を展開した反対側から接近するつもりだったのだろうが、その程度はゲームでも散々見てきた動きだ。
魔法使いに対する剣士の立ち回りというのは、ある程度パターンが決まっている。
「先輩! すみません!」
「いや、気にするな。決闘なんだからな」
ケビンが剣を振り下ろす。
——ガキンッ!
クリスタの展開した魔法障壁が、その一撃を受け止めた。
うむ。助かった。事前に攻撃を予測できても、今の俺には避けられるだけの身体能力がないからな。
「……お兄ちゃん。下がってて」
「あぁ、そうするよ。無理はするなよ」
妹の背後へ移動すると、ケビンは一度距離を取り、ミレーユと合流した。
こちらの防御が思った以上に固いと判断したのだろう。
しかし、ケビンの動きは悪くなかった。俺を狙ったのも、二対二の戦いでは当然の判断だ。
何せ、戦力の低い相手から倒すのは基本中の基本だからな。
……まあ、今回に限っては俺を倒したところで、クリスタに勝てるかどうかは怪しいが。
◇
「ガハハハ! やるじゃねえか、あの二人!」
観客席の前列から、やたらと大きな笑い声が聞こえてきた。
「ケビンの野郎、俺と戦ったときより動きがいいじゃねえか! あの魔法使いの嬢ちゃんも、なかなかやるな!」
声の主は、筋肉で制服がはち切れそうになっている大男だった。
あの特徴的な風貌に豪快な笑い声……ゴードンか。
一年武術部首席。ケビンを上回る剣の腕前を持ち、ゲームでも仲間にできる大剣使いだ。
「ははーん♪ でもさ、ゴードン。僕はあっちの先輩のほうが気になるなぁ」
「ん? どっちだ?」
「ほら、後ろにいる金髪の先輩。さっきから妹ちゃんに指示を出してるだけなんだけど、ケビンたちの動きを結構読んでるんだよね♪」
隣で話しているのは、黒髪のショートウルフが特徴的な少女。
腰に召喚獣用の餌箱をぶら下げた、マハロ・アルカラスだ。
一年召喚部の首席で、何よりも楽しいことを優先する変わり者……あいつも観戦に来ていたのか。
「ガハハハ! そりゃあ、妹があれだけ強えんだ! 兄貴だって相当なもんだろうよ!」
「どうかなぁ。全然攻撃しないし、何か考えてるのかもしれないね。ははーん♪」
……おいおい。声がでかいぞ、お前たち。
別に何も隠していないし、俺は単純に戦闘が苦手なだけなんだが。
ゲームの知識を使って相手の動きを予測することくらいはできるが、実際に攻撃を防いでいるのは全部クリスタだ。
そんなことを考えていると、観客席の端に見覚えのある白衣を発見した。
昨日出会った錬金術師、レインだ。
どうやら俺たちの試合を見に来てくれたらしい。
その隣には、長い紫色の髪を持つ少女が立っている。
すらりとした高身長に、貴族らしく整えられた制服。切れ長の三白眼が印象的な美人だ。
……テラリア・オルスター。
オルドリアアカデミー二年魔法部首席にして、俺が知る限り最上級の氷魔法を扱える数少ない天才魔道士。
ゲームでは最強パーティを組む際に、必ず候補に挙がる存在だ。
俺と同じ二年生だが、こちらへ来てから話したことはない。一学年に五百人もいるのだから、同級生とはいえ面識がなくても不思議ではないだろう。
テラリアはレインと何か話していたが、こちらからは声が聞こえなかった。どうやらクリスタの魔法障壁が気になっているようで、何度か妹のほうへ視線を向けている。
おぉ、テラリアまで観戦しているのか。アポカリスとの戦いでも最後まで奮戦していた、あのテラリアが——
——ガキィン!
観客席に気を取られた俺に襲いかかるケビンの剣を、クリスタの魔法障壁が弾く。
「……お兄ちゃん。前、見て」
「ん? あぁ、すまん」
クリスタに注意され、慌てて視線を戻した。
そうだった。今は決闘中だったな。
◇
試合開始からしばらく経過したが、状況はほとんど変わっていなかった。
ケビンが接近して剣を振るい、ミレーユが後方から魔法で援護する。
対するクリスタは障壁で防ぎ続け、俺は彼女の後ろで攻撃を予測しながら指示を出す。
「ミレーユ! 今度は左右から同時に攻めよう!」
「わかったわ!」
おや。今度は挟み撃ちか。
ケビンが右側へ回り込み、ミレーユは左側から水魔法を撃とうとしている。
なるほど。クリスタが一度に展開できる障壁の範囲を探るつもりらしい。
「クリスタ。右側は障壁で防いで、左側は一歩下がれば避けられるぞ」
「……うん」
——バシュッ!
ミレーユの水弾が通り過ぎると同時に、ケビンの剣が障壁に弾かれた。
「くっ……!」
ケビンが悔しそうに後退する。
うむ。なかなかいい連携だったぞ。攻撃のタイミングを合わせられていたら、俺くらいなら簡単に倒せていただろう。
……ふむ。ケビンたちの実力は掴めてきたかな。
まぁ、ゲームではチュートリアルが終わって、「学園生活が始まるぞ〜」ってなタイミングでのことだ。
想像以上に強いわけでも、弱いわけでもない。
普通……普通だな。
どちらかというと、クリスタが強すぎるのか……。
一年武術部次席のケビンと、パートナーシップがかなり高いミレーユが組んでも、俺というお荷物を抱えながら余裕で戦えている。
……。
それでも、防御を続けるだけでは、こちらの魔力が減る一方だ。
クリスタだって無限に魔法を使えるわけではない。今は余裕があるように見えるが、昨日の訓練では中級魔法を使っただけでもわずかな疲労が見られた。
そろそろ、こちらから攻撃させるか。
「クリスタ。少し反撃してみよう」
「……いいの?」
「あぁ。もう見たいものは見れたしな。ただし、相手を怪我させない程度の威力にしておけ。動けなくするか、降参させればいい」
「……わかった」
クリスタが小さく頷き、右手をゆっくりと掲げた。
その瞬間、演舞場の空気が急激に冷え込んでいく。
彼女の頭上に浮かび上がった魔法陣は、先ほどまでのものとは比較にならないほど大きく、複雑な紋様を描いていた。
……ん?
あの魔法陣、どこかで見たことがあるぞ。
いや、待て。
あれは……。
「クリスタ。何の魔法を使うつもりだ?」
「……氷」
「いや、氷なのはわかるんだが……」
魔法陣の中心に、巨大な氷塊が姿を現し始めた。
周囲の石畳が白く染まり、演舞場に冷たい風が吹き抜ける。
……おいおい、嘘だろ。
あれは間違いなく上級氷魔法じゃないか!
「クリスタ! それは駄目だ!」
「……?」
クリスタが不思議そうにこちらを振り返った。
「お前、今、上級魔法を使おうとしているだろう!?」
「……うん」
「そんなもの、一年生相手に使うんじゃない!」
「……弱くするよ?」
いや、弱くするって……。
上級魔法というのは、卒業までに一属性でも習得できれば天才と呼ばれるほど高度な魔術だ。
その威力を多少抑えたところで、普通の一年生が受け止められるとは限らない。しかも、クリスタは本来、第四章のボスとして登場するような化け物である。
そんな奴の感覚で手加減されても困るんだよ!
「クリスタ! その魔法は中止だ! 別の魔法にしろ!」
「……え?」
クリスタが戸惑ったように瞬きをした。
しかし、すでに魔法陣は完成している。
「……もう、撃っちゃった」
——ドォォォォッ!
巨大な氷塊が、凄まじい勢いでケビンたちへ向かって飛んでいった。
「なっ……何よ、あれ!?」
ミレーユが悲鳴を上げる。
ケビンは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに彼女の前へ飛び出し、盾を構えた。
「ミレーユ! 僕の後ろに!」
「ケ、ケビン!?」
「大丈夫! 僕が守る!」
おお、ケビン。危険を察知した瞬間、幼馴染を守るために前へ出るとは、さすが原作主人公だ。
だが、今のお前では無理だ。
上級魔法を防ぐには、相応の魔術や武術の実力が必要になる。いくら一年武術部次席とはいえ、今のケビンにあの氷塊を受け止められるとは思えない。
そもそも、俺がクリスタに反撃を指示したのが間違いだった。昨日、こいつが上級魔法を使えると聞いたとき、もっと詳しく実力を確認しておくべきだったんだ。
「ケビン! 避けろ!」
俺が叫んだときには、氷塊はすでに二人の目の前まで迫っていた。
まずいぞ。このままではケビンが死んでしまう。
ゲームの主人公がこんなところで死んだら、災厄竜を倒すどころの話ではない。俺が知っている数百種類の攻略ルートだって、ケビンが生きていることを前提にしているんだからな。
——キィィンッ!
突然、演舞場に甲高い音が響き渡った。
ケビンとミレーユの前に、巨大な魔法障壁が展開されている。
——ドゴォォォン!
氷塊が障壁へ衝突し、砕け散った破片が周囲へ飛び散った。
真っ白な冷気が演舞場を覆い、観客席から悲鳴が上がる。
障壁の向こうには、ケビンがミレーユを庇うように立っている。二人とも大きな怪我はしていないようだ。
「……危ないところでしたわね」
冷気の向こうから、聞き覚えのある声がした。
長い紫色の髪をなびかせながら歩いてきたのは、先ほどレインの隣に立っていた少女。
テラリア・オルスターだ。
どうやら観客席から、ケビンたちを守る魔法障壁を展開してくれたらしい。
「二人とも、怪我はありませんこと?」
「は、はい! ありがとうございます!」
「……あ、ありがとうございました……」
ケビンとミレーユが頭を下げると、テラリアは二人の無事を確認してからこちらへ向き直った。
「あなたがキリオス・マクレインですわね?」
「あぁ。助かった。ありがとう」
「礼は結構ですわ。それより、あなたが妹さんに指示を出していたのでしょう?」
「……あぁ。俺の判断が甘かった。すまない」
「上級魔法は、威力を抑えれば安全になるというものではありません。まして、相手は入学したばかりの一年生ですわ」
……まったくもって、その通りだ。
クリスタの才能が予想以上なのは嬉しい限りだが、俺自身がその実力を正しく把握できていなかった。
今の魔法が直撃していたら、ケビンたちはどうなっていたことか。
「……お兄ちゃん」
「ん?」
「……勝った?」
……。
うむ。どうやら、教育すべきことは山ほどあるらしい。




