第6話 よく、アカデミーに顔が出せるわね
……。
わからん。
まったくわからんぞ。
「魔力の操作において最も重要なのは、体内に存在する魔力コアを正しく認識することです。まずは自分の内側に意識を向け、マナの流れを感じ取ってください」
教壇に立つ教師が、黒板に人体の図を描きながら説明している。
……。
魔力コアのことは、もちろん知っている。
『マケドニアの聖騎士』における、魔法と武術の根幹をなす重要な要素だ。
マナは万物に宿り、人間は体内の魔力コアに蓄積されたマナを消費することで、魔法や武術を使用する。
攻略サイトに書かれている説明なら、俺だって一字一句間違えずに答えられるだろう。
何せ、俺が攻略サイトに書いたんだからな。まぁ、ゲームテキストを写しただけだが。
……。
で?
その魔力コアとやらは、どうやって感じるんだ?
「では、実際にやってみましょう」
教師の指示に従い、目を閉じる。
……。
何も感じない。
——グゥ〜
腹が減った感じはするが……これは魔力コアとは関係がなさそうだ。
◇
謹慎が解けた俺は、オルドリアアカデミーの授業に復帰していた。
もっとも、今いるのはほとんどの二年生が受ける『魔法発展講義』の教室ではない。
一年生向けの『魔法基礎講義』だ。
クリスタの隣に座るこの俺……モブ悪役のキリオス・マクレインを一年生たちが遠巻きに見ている。
そりゃそうだ。そもそも二年生でこの授業を受けている奴なんて俺しかいないわけだし、彼らにとっては、入学早々同級生に嫌がらせをして、謹慎処分を受けた頭のおかしな先輩だ。
好奇の目で見るのも頷ける。
俺だって好きで後輩たちのまえでパンダを演じているわけではない。
でも、背に腹は代えられない。
今の俺は魔力コアすら感じられない魔法の素人なのだから。
……。
ゲームではボタンを押せば魔法が発動したし、スキルを習得するのにも特定の条件を満たすだけでよかった。
しかし、この世界では自分の意思で魔力を操作する必要があるらしい。
しかも、この体の持ち主であるキリオス自体、魔法の才能に恵まれていたとは言い難いようだ。
……。
まあ、当然だな。
キリオス・マクレインというキャラクターが強ければ、ゲームでももう少し活躍していただろう。
何せ、原作では嫌がらせをしているだけの脇役だったのだから。
とはいえ、才能がないからといって、勉強しない理由にはならない。
今の俺に必要なのは基礎だ。
そこで教師に頼み込み、一年生と一緒に授業を受けることにしたわけである。
「……お兄ちゃん」
「ん?」
隣に座るクリスタが、俺の手元を覗き込んできた。
「……できた?」
「いや、さっぱりだ」
「……どうして?」
「それを今、勉強しているんだよ」
「……そうなんだ」
クリスタは不思議そうに首を傾げた。
「……ここにあるよ」
そう言って、自分の胸元を指差す。
「あぁ。それは知っているんだが」
「……あとは、動かすだけ」
……。
なるほど。
天才というのは、実に教えるのが下手な生き物らしい。
そりゃあ、お前は生まれながらにして魔法の才能に恵まれているのだろうが、俺は違う。
いかんせん、その『動かす』という部分自体を感じ取れていないんだから、動かしようがないじゃないか。
「クリスタ。例えば、魔力を動かすときにはどんな感覚がするんだ?」
「……んー」
珍しく考え込むクリスタ。
「……動く感じ」
……。
うむ。
これは難解だな。
◇
授業が終わり、俺たちは実習場へ向かうことにした。
昨日確認したクリスタの魔法について、もう少し詳しく調べたいというのもある。
それに、俺自身も実際に魔力を扱う練習が必要だ。
理論を理解したところで、魔法を発動できなければ意味がない。
「クリスタ。午後は少し魔法の練習に付き合ってくれないか?」
「……うん」
「助かるよ。昨日の続きも確認したいんだ」
「……わかった」
そんな話をしながら廊下を歩いていると、前方に見覚えのある少年がいた。
……。
おお。
あれは……。
「ケビンじゃないか」
俺が声をかけると、少年は振り返った。
短く整えられた髪に、まだどこか垢抜けない雰囲気。
派手さこそないが、真面目そうな顔をした少年だ。
原作ゲームの主人公、ケビン。
片手剣と盾を扱い、光魔法や炎魔法も習得できる優秀なキャラクターである。
ゲーム開始時点ではそこまで強くないものの、育成次第では最強格の一角を担う存在だ。
……。
いやあ、感慨深いな。
五年間、散々操作してきたキャラクターが目の前にいる。
こいつには何度も死んでもらったし、何度も世界を救ってもらった。
もっとも、最終的には毎回世界が滅ぶんだが。
「……キリオス先輩」
ケビンの表情が硬くなった。
……。
まあ、そうなるよな。
こいつにとって俺は、試験の答案用紙を改竄し、妹に罪を着せた張本人だ。
「その節は悪かったな。迷惑をかけた」
「……いえ」
ケビンが小さく頭を下げる。
「僕はもう……気にしていません」
「ちょっと、ケビン!」
突然、隣から鋭い声が飛んできた。
……。
ん?
ケビンの隣にいた少女が、こちらを睨みつけている。
短く切り揃えた髪に、勝ち気そうな目元。
……。
あぁ、こいつは、ミレーユか。
ケビンの幼馴染であり、原作ゲームでも序盤から仲間にできる魔法使いだ。
「何を普通に話してるのよ!」
「ミレーユ、落ち着いて」
「落ち着けるわけないでしょ!」
……。
なるほど。
どうやら、俺に用があるらしい。
「よく、アカデミーに顔が出せるわね!」
「ん? あぁ。謹慎が解けたからな」
「そういう意味じゃないわよ!」
……。
おっと。
間違えたらしい。
「ケビンの答案用紙を書き換えて、妹に罪を着せて! それで平然と授業を受けてるわけ!?」
「いや、平然というわけでもないぞ。生徒会も辞めさせられたし、学生寮からも追放された。なんなら、一年生たちに好奇の目で見られながら受ける授業というのは、かなり気まずいものだ。来年になったら君も試してみるといい」
「だから何よ! 試すわけないでしょ!」
……。
困ったな。
事実を説明しているだけなんだが。
「ミレーユ、もういいよ。先輩は自分で罪を認めたんだし、処分だって受けているんだから」
「ケビンは甘すぎるのよ!」
……。
ふむ。
相変わらず、ケビンは優しいな。
ゲームでは、敵対していた人物すら仲間にできる。
それも、この主人公の人柄があってこそなのだろう。
そんなことを考えていると、俺の袖が引っ張られた。
「……お兄ちゃん」
「ん?」
クリスタが一歩前へ出た。
「……やめて」
「はぁ?」
「お兄ちゃんを、悪く言わないで」
……。
クリスタよ。
残念ながら、実際に悪いのは俺なんだ。
非常に悪いことをしたんだ、君のお兄ちゃんは。
「あんた、本当にそう思ってるの!?」
「……うん」
「本人が犯人だって認めてるのよ!?」
「……やってない」
……。
おいおい。
またその話か。
「クリスタ。だから、犯人は俺で間違いないんだが……」
「……お兄ちゃんは、黙ってて」
「……はい」
……。
なんだろう。
何度この勘違いを訂正しても、全く信じてくれない。
このキリオス・マクレインという男は、妹とこれほど仲が良かったのか……?
ゲームでは全く見えていなかった設定というやつか。
……。
これはこれで面白いものだな。
◇
それからしばらく、ミレーユとクリスタの言い争いが続いた。
いや、言い争いというよりは、ミレーユが一方的に怒鳴り、クリスタが短い言葉で反論しているだけなんだが。
ケビンは必死になだめようとしているものの、まったく効果がない。
……。
こいつ、ゲームの主人公なのにな。
現実では幼馴染の一人も止められないらしい。
「だったら、勝負しましょうよ!」
……。
ん?
勝負というと……。
「勝負?」
「そうよ! 決闘よ!」
「ミレーユ!?」
ケビンが素っ頓狂な声を上げた。
……。
なるほど、決闘か。
このアカデミーでは、話し合いで物事が解決しない場合は武力で解決するという、ヤンキーのような習慣があるというが、本当だったんだな。
ゲームの中では成長したケビンに、かたっぱしから決闘を挑ませたこともあったが、まさかリアルで決闘を見られることになるとはな。
早速生活費を稼ぐチャンスが来たな。
新入生同士の決闘なんて、賭博好きの奴らにとっては格好のネタだ。
クリスタにベットすれば、二、三倍に膨れ上がるだろうし、オールインだな。
しかし、ミレーユとクリスタではレートが釣り合わなそうだが……。
「クリスタ! あんたがそんなに兄貴は悪くないって言うなら、実力で証明してみせなさいよ!」
「……いいよ」
……。
よし。
勇敢だな。我が妹よ。
ミレーユも最終的にはそこそこ強い魔法使いなんだが、入学したての今ならクリスタの相手にはならない。
これは、もらったな。
「おいおいー。俺のせいで争うなんてやめてくれー。可愛い妹と後輩よーっ」
「うるさい!」
「……可愛い、妹」
狂犬のように噛み付いてくるミレーユと、「可愛い」の単語に反応したのか、頬を赤くする無表情の妹。
……。
「二対二よ! 私とケビン、あんたとクリスタで勝負!」
「えっ!? 僕も!?」
「俺も!?」
……。
ケビン、お互い大変だな。
変なことに巻き込まれちまって。
「ミレーユ、僕は先輩と戦うつもりなんて……」
「ケビンは黙ってて!」
「……うん」
……。
おお。
こちらも完全に尻に敷かれているじゃないか。
主人公と脇役、立場は違えど苦労は似たようなものらしい。
しかし、二対二か。
……。
ふむ。
悪くないな。
ゲームでは、ケビンとの友好度を上げることで発生する覚醒イベントが数多く存在する。
もちろん、クリスタがケビンと仲良くなれば、同じようなイベントが発生するとは限らない。
そもそも、原作では途中で敵対するキャラクターなのだから、クリスタの覚醒イベントについては俺も知らないのだ。
だが、災厄竜との戦いでは、最終的に共闘することになるだろう。
それなら、今のうちから交流しておくに越したことはない。
……。
それに、ケビンの実力も確認できる。
クリスタの現在の戦闘能力を測るには、ちょうどいい相手じゃないか。
「わかった。受けよう」
「ちょっと、先輩まで!?」
ケビンが驚いた顔をした。
……。
おや。
何か問題でもあるのか?
「ただし、正式な決闘の手続きを踏もう。アカデミーでは、許可のない私闘は禁止されているからな」
「当たり前でしょ! 演舞場で勝負よ!」
……。
よし。
どうやら、その辺りの常識は持ち合わせているらしい。
「……お兄ちゃん」
「ん?」
「私が、勝つ」
クリスタが俺の袖を離し、静かにミレーユを見つめた。
……。
うむ。
なかなか頼もしいな。
俺としては、勝っても負けても構わない。
ケビンとクリスタが仲良くなり、将来的に覚醒イベントが発生する可能性さえ残せれば、それで十分だ。
それに、アカデミーでの正式な決闘なのだから、命に関わるような攻撃は禁止されている。
……。
まあ、クリスタもその辺りは理解しているだろう。
「クリスタ。くれぐれも手加減するんだぞ?」
「……うん」
……。
よし。
いい返事だ。
それなら、何も心配することはないな。
こうして、俺たちは二対二の模擬戦を行うことになった。
……。
それにしても、たかが言い争いから、原作主人公と決闘することになるとは。
異世界の学園生活というのも、なかなか刺激的じゃないか。




