第5話 やぁ、偽物の犯人くん
「……お兄ちゃん。これ」
「ん? あぁ、いいんじゃないか?」
「……うん」
クリスタが嬉しそうに抱えているのは、木製のまな板と包丁だ。
家具付きの家を借りたものの、生活するには足りないものが多かった。
鍋にフライパン、食器、調味料、掃除道具……。
どうやら、この世界の家具付き物件というのは、家具以外は何も付いてこないらしい。
……。
まあ、当たり前か。
「クリスタ。食べ物の好き嫌いはあるか?」
「……ない」
「そうか。なら、今日は俺が料理を作ってやろう」
「……お兄ちゃんが?」
「あぁ。料理は得意なんだ」
「……楽しみ」
クリスタが、ほんの少しだけ微笑んだ。
……。
うむ。
こうしてみると、普通に可愛い妹じゃないか。
ゲームの第四章では、こいつに何度パーティを壊滅させられたことか。
あの頃の俺に、将来この少女と一緒に鍋を選ぶことになると教えてやりたいものだ。
……。
絶対に信じないだろうな。
◇
生活用品の買い物を終えた俺たちは、学園都市にある大訓練場へ向かった。
今日の目的は、クリスタの実力確認だ。
いくら将来的に最強格になると知っていても、今のクリスタがどれほど強いのかはわからない。
ゲームではチュートリアルの段階で追放されてしまうため、第四章まで彼女を操作することも、能力を確認することもできなかった。
そもそも、この世界にはステータス画面というものが存在しないらしい。
昨日の夜、クリスタが眠ったのを確認したあとに、こっそり「ステータス!」なんて叫んでみたけど……何も出てこなかった。
……。
不便だな。
何千時間もかけて検証した能力値や成長率を、ボタン一つで確認できた時代が懐かしい。
しかし、俺には知識がある。
どの魔法が、どれほどの魔力を必要とするのか。
どの程度の威力を発揮できれば、どの階級に相当するのか。
それくらいなら、実際に魔法を見ればおおよその判断はできるだろう。
「クリスタ。クラス分けの結果はどうだった?」
「……特別クラス」
「おぉ! すごいじゃないか!」
「……そう?」
「そうとも。五百人の新入生のうち、たった五人しか入れないクラスだぞ?」
「……そうなんだ」
クリスタは興味なさそうに頷いた。
……。
おいおい。
もう少し喜んだらどうなんだ?
まあ、実際にこの妹の才能を考えれば、特別クラスに入れないほうがおかしいのかもしれない。
何せ、魔法の才能だけなら、最終的にはあのテラリアすら超える予定なのだから。
◇
「それじゃあ、まずは簡単な魔法を見せてくれ」
「……簡単な?」
「あぁ。初級から順番に頼む」
「……わかった」
クリスタが片手を前に差し出した。
指先に赤い光が集まり、拳ほどの炎が浮かび上がる。
……。
おお。
魔法だ……。
生で見るとこんな感じなんだな。
ゲームではボタン一つで発動できたものだが、実際に人間が火を生み出している光景というのは、なかなか興味深い。
「……撃つ?」
「あぁ。あそこの標的に頼む」
——ボッ!
炎が飛び、標的へ直撃した。
小さな爆発音とともに、木製の標的に焦げ跡が残る。
「……次は?」
「そうだな。中級を見せてくれ」
「……うん」
クリスタが再び手を掲げた。
今度は先ほどとは比べものにならないほど大きな炎が浮かび上がる。
……。
なるほど。
あの魔力の集まり方に、発動までの時間、そして、炎の安定性。
間違いない。
クリスタは中級魔法を完全に使いこなしている。
——ゴォンッ!
標的が勢いよく燃え上がった。
……。
いや、待てよ。
あの威力、普通の中級魔法より随分と強くないか?
「クリスタ。疲れていないか?」
「……別に」
「魔力は?」
「……まだ、いっぱいある」
……。
ほう。
優秀だな。
「上級魔法も使えるのか?」
「……うん」
「そ……そうか。じゃあ、それはまた今度にしよう」
「……どうして?」
「威力が強すぎるからな。周囲に迷惑をかけるわけにはいかん」
「……わかった」
素直に頷くクリスタ。
……。
よし。
どうやら、妹の現状についてはある程度把握できた。
炎属性はすでに上級……やはりぶっ壊れ性能だ。
ゲームをプレイしていて、入学時に上級魔法を使えるキャラといえば、『血魔法使いのザンザ』が制限付きで……ってくらいだったんだが。
他の属性についても確認する必要があるが、少なくとも一年生の中では頭ひとつ抜けた実力者と言えるだろう。
……。
問題は魔力量……だろうな。
中級魔法を撃つ程度なら問題なさそうだったが、それでもかすかに疲れがみえた。
いくら強力な魔法を使えても、連発できなければ強敵との長期戦には向かない。
特に災厄竜アポカリスは、最強格のキャラクターたちが束になっても歯が立たなかった相手だ。
いずれは魔力の消費を抑える方法や、防御手段についても考えてやらなければならない。
「やぁ、偽物の犯人くん」
……ん?
聞き覚えのない声がした。
振り返ると、そこには白衣を羽織った少女が立っていた。
黒い髪に眼鏡。
目の下には濃いクマがあり、いかにも寝不足といった顔をしている。
身長はクリスタより少し高い程度だろうか。
……。
いや、待て。
この顔は……。
「レイン?」
「おや。私のことは覚えていてくれたようだね」
少女が口元を緩めた。
レイン。
オルドリアアカデミー二年生にして、錬金部の首席を務める天才錬金術師。
ゲームでも知名度の高いキャラクターだ。
……。
しかし、こいつとキリオスが知り合いだったとは。
「それにしても、驚いたよ。君が不正行為をしたなんてね」
「あぁ。随分と迷惑をかけた」
「ふふっ。まったくだ」
……。
あれ?
こいつ、随分と親しげじゃないか?
「ところでキリオス。しばらく研究室に顔を出していないけれど、どうかしたのかい?」
「……研究室?」
「おいおい。まさか忘れてしまったのかい? 一年生の頃は、よく私の研究室で昼寝をしていたじゃないか」
……。
そうなのか。
元のキリオス、研究室で何をやっていたんだ?
「最近は色々と忙しくてな」
「ふむ。生徒会も辞めてしまったことだし、またいつでも遊びに来たまえ」
「あぁ。そうさせてもらうよ」
……。
なるほど。
どうやら、このレインという少女は、元のキリオスとかなり仲が良かったらしい。
ゲームでは、キリオスの交友関係についてほとんど描かれていなかった。
知らないことも多いものだな。
「……お兄ちゃん」
「ん?」
クリスタが俺の袖を掴んだ。
「……誰?」
「あぁ。レインという、俺の友人らしい」
「らしい?」
レインが小さく笑った。
「ひどいじゃないか、キリオス。私たちは友人だろう?」
「あぁ。そうだったな」
「……友人」
クリスタがレインを見つめる。
……。
おや。
なんだか少し警戒していないか?
「君がクリスタ・マクレインだね?」
「……うん」
「ほう。実に興味深い」
レインが眼鏡を押し上げた。
「先ほどの魔法、見せてもらったよ。君、一年生だろう?」
「……そう」
「素晴らしい魔力の扱い方だ。まるで生まれたときから魔法を使っていたかのようだね」
……。
なるほど。
さすが錬金部首席。
クリスタの才能を見抜いたらしい。
「少し、近くで確認させてもらってもいいかな?」
「……?」
クリスタが首を傾げる。
次の瞬間。
——ペロッ。
……。
ん?
……。
今、何をした?
「……っ!」
クリスタが飛び退いた。
そして、俺の背後へと隠れる。
「おい、レイン。何をやっているんだ?」
「ん? ちょっと味を確認しただけだよ」
「味?」
「そうとも。魔力の性質というのは、実に興味深いものだからね」
……。
いやいや。
魔力を確認するために人の頬を舐める必要があるのか?
「……お兄ちゃん」
クリスタが俺の服を強く握った。
「……怖い」
……。
ほう。
クリスタが怖がっている。
あの第四章で何百人ものプレイヤーを絶望させた、初心者殺しの悪役令嬢が。
「レイン。妹が怖がっているから、その辺にしてやってくれ」
「おっと。それは失礼したね」
レインは悪びれた様子もなく、クリスタの顔を覗き込んだ。
「いやあ、それにしても可愛い妹じゃないか。キリオスが羨ましいよ」
「……」
「しかも、この魔力。実に興味深い。ぜひ研究室へ招待したいものだね」
「……嫌」
クリスタが即答した。
「ふふっ。つれないね」
「……お兄ちゃん。帰ろう」
「ん? あぁ、そうだな」
そろそろ夕食の準備もある。
それに、今日の目的はある程度達成できた。
「悪いな、レイン。また今度ゆっくり話そう」
「もちろん。楽しみにしているよ」
レインは笑いながら手を振った。
……。
しかし、変わった奴だな。
ゲームでは研究の虫として有名だったが、実際に会ってみると想像以上の変人だ。
それにしても、こいつが元のキリオスの友人だったとは。
……。
まだまだ知らないことがありそうだな。
◇
「……お兄ちゃん」
「なんだ?」
「……あの人と、仲良いの?」
帰り道、クリスタが尋ねてきた。
「そうらしいな。一年生の頃からの付き合いだそうだ」
「……そう」
「なかなか優秀な錬金術師なんだぞ」
「……うん」
……。
なんだろう。
今日のクリスタは、いつも以上に口数が少ない気がする。
「どうした? まだレインのことが怖いのか?」
「……怖くない」
「そうか」
「……でも、嫌」
……。
うむ。
どうやら、相当苦手らしい。
まさか、魔法の才能なら最強格のクリスタが、錬金術師の少女一人にここまで警戒するとはな。
世の中、何が起こるかわからないものだ。
◇
——モグモグ
「……おいしい」
「そうか。それはよかった」
新居の食卓で、クリスタがスプーンを動かしている。
今日の夕食は、肉と野菜の煮込み料理だ。
市場で買った肉を一口大に切り、野菜と一緒にじっくり煮込んでみた。
調味料の種類が元の世界とは違うので少々苦戦したが、なかなか悪くない出来だと思う。
「……お兄ちゃん」
「ん?」
「……お料理、上手」
「ありがとう。明日は何が食べたい?」
「……なんでもいい」
「そうか。じゃあ、明日は少し手の込んだものにするか」
「……うん」
クリスタは嬉しそうに頷き、また料理を口に運んだ。
——モグモグ
ふむ。
いいものだな。
家があって、温かい食事があって、可愛い妹がいる。
公爵家から絶縁されたときにはどうなることかと思ったが、今のところ生活に不自由はない。
しかも、妹は予想以上の天才魔法使いだ。
これなら、今後の攻略も順調に進められるだろう。
「……お兄ちゃん」
「なんだ?」
「……おかわり」
「おぉ。たくさん食べろ」
……。
いやあ。
まさか異世界に来て、妹のために料理を作ることになるとはな。
クリスタが両手で器を差し出してくる。
その顔には、ほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。
……。
うむ。
こういう生活も、悪くないじゃないか。
◆ご挨拶。
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