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第4話 妹の金を使って生活するヒモ野郎

「……お兄ちゃんを、一人にはしない」


 そう言って、クリスタは俺の袖を掴んだまま離そうとしない。


 ……。


 困ったな。


 いや、一緒に暮らしたくないというわけではない。


 ただ、現実的な問題として、俺には金がないし、家もない。


 公爵家から絶縁されたうえ、学生寮から追放されたのだから当然だ。


「クリスタ。俺には住む場所がないんだぞ?」


「……知ってる」


「金もない」


「……うん」


「となると、野宿するしかないんだが」


「……わかった」


 ……。


 何が?


「私も、野宿する」


「いや、待て」


「……?」


 クリスタが小さく首を傾げる。


 ……おいおい。


 公爵家の令嬢が野宿だぞ?


 寝床は地面。屋根もなければ、風呂もない。


 下手をすれば魔物が出るかもしれない。


 何より、年頃の少女を野宿させるなど、兄としてどうなんだ?


 ……。


 いや、兄としてどうこう言える立場ではないんだが。


「お前は寮に戻れ。俺はなんとかするから」


「……嫌」


「何が嫌なんだ?」


「お兄ちゃんと、離れるのが」


 ……。


 これは困った。


 どうやら俺の妹は、思っていた以上に頑固らしい。


◇


 とりあえず、学園都市へ出ることにした。


 ゲームの『マケドニアの聖騎士』では、アカデミーの周囲に広大な学園都市が存在する。


 学生向けの商店や飲食店、冒険者ギルド、武器屋、魔道具屋。


 生活に必要な施設は一通り揃っており、プレイヤーはここを拠点として各地へ冒険に出ることになる。


 五年間も歩き回った場所だから街の構造は頭に入っているんだが……実際に歩いてみると随分と印象が違う。


 石畳を叩く馬車の音。


 焼きたてのパンの香り。


 通りを行き交う人々の話し声。


 ゲームでは背景の一部だったものが、ここでは当たり前のように存在している。


 ……すごい。本当にゲームの世界なんだな。


「……お兄ちゃん」


「ん?」


「楽しそう」


「そう見えるか?」


「……うん」


 クリスタが俺の袖を掴んだまま、こちらを見上げる。


「久しぶりに、一緒に歩いた」


 ……。


 なるほど。


 元のキリオスは、妹とあまり外出しなかったらしい。


「そうだったな」


「……昔は、よく一緒だった」


「……そうなのか?」


「……?」


「あぁ、いや。そうだったな」


 危ない危ない。


 また余計なことを言うところだった。


 ゲームに登場するキリオスは、妹への嫉妬をこじらせた嫌味な貴族だ。


 しかし、事件以前の兄妹関係については、ほとんど語られていない。


 ……。


 俺の知らない設定が、まだ山ほどあるということか。


◇


 よし。


 まずは金銭事情を確認しよう。


 通りの端にあるベンチへ腰を下ろし、腰に下げていた革袋を開く。


 中には金貨が数枚と、銀貨がいくらか。


 ……。


 少なくはないが……多いとも言い難い。


 いや、学生にしては十分な額なのかもしれないが、公爵家からの援助が途絶えた今となっては、心許ないにもほどがある。


 ゲームでは宿屋や武器なんかを買うのに金を使っていたんだが、生活用品なんかは特に考える必要なんてなかった。


 しかし、こうして現実の世界になってみると、食費や衣服代はもちろん、学費まで必要になるんだから困ったものだ。


 ……。


 早急に仕事を見つけなければならないな。


「……お兄ちゃん」


「ん?」


「お金、ないの?」


「あぁ。あんまりな」


「……ある」


「何が?」


「私、お金持ってる」


 ……ほう。


 さすが公爵令嬢。


「それはよかったな」


「……使って」


「ん?」


「私のお金。お兄ちゃんが使って」


 ……。


 妹の金を使う兄か……。


 それはまずいだろう。


 俺にだってプライドってもんがある。


「それはお前の金だ。俺が使うわけにはいかない」


「……どうして?」


「どうしてって……」


 ……。


 貴族ってのは、こんな感じなのだろうか。


 文化の違い……そういうことなのか?


「お兄ちゃん?」


「妹の金で生活するお兄ちゃんはカッコ悪いだろう」


「……そんなことないよ」


 やはり、日本とは文化が違うようだ。


 この国では妹の金を使って生活するヒモ野郎の兄貴がかっこいいらしい。


 なるほど。


 俺にもプライドがある。


 しかし、キリオス・マクレインとして妹の好意を無下にするわけにもいかないのかもしれない。


「ふむ。ならば、生活基盤が整うまでは、世話になるとするか」


「……うん」


 クリスタが小さく頷いた。


 郷に入っては郷に従え。


 日本では妹の金で生活する兄なんて、白い目で見られるだろうが、ここはマケドニア王国。


 この国では、妹に養ってもらうことは恥ずかしいことではないらしい。


 ……。


 異世界とは、実に素晴らしいところだな。


「……お兄ちゃん」


「なんだ?」


「家、探そう」


「そうだな。可愛い妹に野宿させるわけにはいかんからな」


「……うん」


◇


 学園都市の中心部にある不動産屋を訪れると、店員がいくつかの物件を紹介してくれた。


 学生向けの集合住宅から庭付きの一軒家まで、なかなか種類が豊富だ。


「……お兄ちゃん。ここ」


「ん?」


 クリスタが指差した物件には、寝室が二つに居間と台所、風呂まで備わっている。


 アカデミーからも近く、家具も一通り揃っているらしい。


 ……ほう。


 悪くないな。


「なかなかいい物件じゃないか。ただ、家賃は結構するぞ?」


「……大丈夫。私が払う」


「そうか。頼もしいな」


 文化の違いを理解した俺に、もはや遠慮などない。


 それに、ゲームの知識を活用すれば、金を稼ぐ方法なんていくらでもある。


 妹に養われ続けるつもりはないが、当面の生活費を心配する必要がなくなったのはありがたい。


「ところで、クリスタ。お前、いくら持っているんだ?」


「……これくらい」


——ジャラジャラ 


 クリスタはパンパンに膨らんだ小さな革袋を取り出し、ジャラジャラとやかましいその中身を見せてくれた。


 金貨、金貨、金貨。


 おいおい。


 俺の財布とは随分と景気が違うじゃないか。


「……お父様から、もらった」


「なるほど」


 さすが公爵家。


 いやあ、素晴らしい妹を持ったものだ。


「じゃあ、ここに決めるか」


「……うん」


 クリスタの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


 ……。


 ほう。


 笑うこともあるんだな。


◇


 こうして、俺とクリスタの二人暮らしが決まった。


 公爵家から絶縁された兄と、現役の公爵令嬢である妹。


 なかなか奇妙な組み合わせではあるが、生活費の問題はひとまず解決した。


 しかも、クリスタと一緒に暮らせば、彼女の育成状況も把握しやすい。


 今はまだアカデミー一年生だが、将来的には災厄竜のメテオを防ぐほどの魔法使いになるのだ。


 近くで成長を確認できるのは、攻略上も大きな利点だろう。


 ……。


 それにしても、ゲーム本来のストーリーとは随分と違う展開になったものだ。


 クリスタは追放されず、俺もアカデミーに残ることになった。


 おまけに兄妹で二人暮らし。


 ……まあ、いいか。


「……お兄ちゃん」


「ん?」


「一緒に暮らせるんだね」


「そうだな」


「……ずっと?」


 ……。


 ずっと、か。


 災厄竜アポカリスを倒すまでには、何年かかるかわからない。


 その間に妹を鍛え、最強格の仲間たちを集める必要がある。


「あぁ。当分はな」


「……うん」


 クリスタが俺の袖を掴み、静かに身体を寄せてきた。


 ……。


 どうやら、よほど俺と離れたくないらしい。


 まあ、いい。


 これで住む場所も決まり、生活費の心配もなくなった。


 あとはゲームの知識を活用してクリスタを鍛え、ケビンたちの仲間に加えるだけだ。


 俺自身は安全なところから攻略情報を提供すればいい。


 ……。


 うむ。


 今度こそ、完璧な計画だ。

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