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三ツ星英雄譚 (十五年の歳月をかけて完成!)  作者: ノアキ光


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50 神様、生まれ変わるなら



 詠唱を開始したデュオを待っていたのは、途方も無い絶望感だった。

 身も心も疲れ果てた状態で、序句を唱えたはいいが、その先を唱える気力がもう残されていなかった。

 ラスタバンの表情も精一杯だ。ファラの炎に耐えるほどの結界は、そう長くは続かない。まして二度目ならばなおさらだ。


 そしてとうとう、ラスタバンの集中力が折れた。


「おじいちゃん!」


 崩れ落ちる意識の中、デュオが叫ぶ。ラスタバンの張られた結界はその姿を消し、炎がラスタバンに迫る。そしてデュオは目をつぶった。


 だが予期していた痛みはいつまでたってもこない。


 恐る恐る目を開けると、目の前に並んでいたのは……魔法庁の魔術師たちだった。

 いつのまにかラスタバンの前でずらりと並んだ魔術師たちが、一斉に結界を張っている。ファラの炎はそこで勢いを止めていた。


 呆然とするラスタバンとデュオの前で、結界を張る魔術師の一人――ダナン・オーウェンが叫ぶ。


「革新派も保守派も、そんなことはどうでもいい! 総員! 全力を持ってデュオを、デュオを守れーっ!!」


 おおっと威勢のよい声を上がった。


 震えが止まらなかった。


 ファラが唸り声を上げる。


 見てるか、ファラ。


 これが人間だ。人間の力だ。


 倒れそうな体を押して、デュオが詠唱を続けた。


 集中力を込め、丁寧に言葉をつむぎだす。


「揺らぐ灯火は淡く強く 子らはその恩恵にあずかり」


 駄目だ、続かない……!


 気力はもうすでに限界に達していた。


 みんなががんばっているのに、不甲斐無さだけが頭を埋め尽くす。


 目を閉じて、流れる涙をせき止めた。


 こんな時、両隣にいつもいてくれた。


 萎えそうになる自分を、いつも励ましてくれた。


 独りじゃ駄目みたいだ。


 いてほしい。


 そばに、いてほしい。


 ぼろぼろに泣きながら、記憶の隅に残る二人のことを、デュオは心から必要とした。




 ……そして、奇跡はいつも、絶望のあとに。




☆   ☆   ☆




「デュオ」


 世界中が真っ白い光に包まれた中で、不意に背後から聞き覚えのある声をかけられて、デュオは反射的にそちらを振り返った。


 肩に手を乗せて、彼は言った。


「辛かったろ。最後まで、ちゃんと、いてやるから。支えててやるから。気合、振り絞れ」


 何を考えるわけでもなく、ただ涙だけが自分の頬を伝った。


 はっきり頷く。


 と、もう片方の肩にも、優しく手が置かれた。


「あんたに何もかも押し付けるなんて、できっこないわ。スリースターズの底力ってもんを、見せてやりましょ」


 少女が笑う。


 デュオもつられて、笑った。


「史上初、三人分の命だ。くれてやるよ、ファラ」


「さあ、いくわよデュオ!!」


「うん!」


 はっきり頷き、デュオがファラを見据える。


「這い寄る混沌は光輝に照らされ 永遠の果てにその終を見る」


 赤竜はその目にとうとう恐怖の色を宿らせ、全力を持って炎をぶつけてきた。だが束になった魔術師団が張った結界に、いともたやすく吸収されてゆく。


「命 その姿槍に変え 貫くは守るべき者の為」


 突如、赤竜の体に衝撃が走った。


 事情を知った魔術師団の、集団詠唱によって生み出された大きな氷塊が、標的を捉えたのだ。


 強烈な一撃に、一瞬ではあるがファラの攻撃が止む。


「守るならば全て 救うならば永久に」


 その言葉を皮切りに、三人を包む光が、黄金の色に変わった。


 どこかで見かけたその色は、まさしくディースを包む夕焼けの色と同じであった。


 やがて光は三人の元へと徐々に収束する。


 そしてデュオが、結句を唱えた。


「悠久の鍵――スペルオブディース」


 目の前の魔術師団が避難する。


 失われた結界に阻害されることがなくなった青い炎が、三人を目指して襲ってきたが、発せられた巨大な黄金の光のうねりによって消滅していった。


 うねりはゆっくりとファラに近づき、やがてその巨大な体を黄金の光が包み込んだ。


 悲鳴にも似た咆哮をあげるファラ。


 薄れゆく意識の中で、デュオの目は、ファラの体が端から砂粒のように分解し、光の中に消えてゆくのを捉えていた。




☆   ☆   ☆




 目を覚ますと、透き通るような青色をした空が、真っ先に視界に飛び込んできた。


「デュオ!!」


 すぐ上から、マリーの声が聞こえて、ああそうか、自分は今マリーの膝の上で寝ているんだな幸せとかデュオは思ったのだが、起き上がろうと体を動かそうとしても動かない。そこで気がついたのは、ああ、もう自分はそう長くないな、という漠然とした予感だった。


「デュオ……よかった、目が覚めて」


「奇跡だよ、マリー」


 うつろな目で、デュオが言った。


「死ぬ前にもう一度、神様が時間を与えてくれたんだ」


 穏やかな声だった。


「デュオ!」


 悲しそうな表情で、隣にいたコートが叫ぶ。


 動かせる範囲で首を動かし、周りを横目で見回すと、ラスタバンもバルムスも、ダナンもライネルも、そして自警団や騎士、魔術師でさえも、デュオの周りを取り囲んでいた。


 にもかかわらず、あたりは不思議なほど、静寂に包まれていた。


「ねえ、マリー、コート」


 デュオがつぶやく。


「僕はね、『複製体』として生まれて、この運命を激しく呪ったんだ」


 生まれたことの意義を、押し付けられて。魔法が使えないことで悩んだのも、友達ができないで悩んだのも全部、嘘の現実だった。


「何言ってるのよ! あなたはその手で数え切れないほどの命を救ったわ。そしてそれで終わりなんてことはない。これからもデュオ・ネーブルファインとして生きるの。生きて、それで、私たちと一緒に……世界を見て回って……冒険してっ……」


 デュオの額にぽたりと、しずくが落ちた。


 ああ僕は幸せだと、デュオはささやかながらそう思った。


 運命は、残酷だな。


 結末はやっぱり、こんなのだった。


 デュオ・ネーブルファイン、か。


「だけどもし……生まれ変わるなら」


 目を閉じて、夢見るような声がつぶやく。


「やっぱり、デュオ・ネーブルファインがいいな……」



 ねえ、マリー。僕もう一度、デュオをやりたいと思うんだ。



『複製体』でもかまわない。



『定めの子』でもかまわない。



 君たち二人にまた会えるなら。



 君たち二人と同じ時を過ごせるのなら。



 涙が、溢れてきた。



 あの日見た、夕陽の色。



 丘を撫でるそよ風。



 忘れないよ。


 忘れない。



「……ありがとう」


 静かに微笑む。閉じられた目から、涙の雫が頬を伝う。



 そして言葉が、途絶えた。


「デュオ……?」


 マリーが呆然とつぶやく。


「デュオ……!」


 泣き叫ぶ少女に続くように、隣にいた少年も嗚咽を漏らした。


 周囲が静に三人を見守る中、王都で一番長い夜は、その終わりを迎えた。




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