51 ハッピーエンド
丘の上に立った時、人はどうして気分がよくなるのか、その理由がやっとわかったような気がした。きっとみんな毎日をとても精一杯に生きていて、息が詰まりそうになっている時にこの雄大な眺めを見ると、どんな存在もちっぽけに思えてしまって、なんだか自分が悩んでいることがどうでもいいことのように思えてしまうのだ。
深い傷跡を残したディースの街だったが、すでにあちこちで復興の作業が始まっていた。たくさんの人が神殿の建て替えや通用門の修復に動員され、気合のこもった声があちこちで聞こえるような状態だ。
耳にした情報によれば、革新派のダナン・オーウェンは近いうちに処罰がくだされるという。ルーイン教の教祖を殺害し、また四年前の王子暗殺にも一枚噛んでいたことが発覚したいま、彼の危険性を怪しまない者は誰もいないだろう。だが結局は、誰かを守りたいとする心がそうさせたのであって、自分にはとても判定がつかないことではあった。ただひとつ言えるのは、冷酷なまでに『魔海』に執着していた彼も、危機的だった『あの場面』で必死に声を張り上げて魔術師団の士気を煽っていた彼も、同じダナン・オーウェンであるということ。それだけだ。
貧民街の方はといえば、予想だにしない展開が待っていた。なんと、貧民街の近くに住む富豪がその住民たちに資金提供を申し出たのだ。話によれば、モンスターに攻め込まれたあの日に、盗賊団に窮地を助けられたことで、彼の中で何かがふっきれたらしい。これまでしこたま蓄えていたお金のおよそ半分くらいを費やして、彼らに職につくための訓練と、住居を与えているそうだ。
丘を撫でるそよ風が、やけに気持ちよく感じられる。
人間に役割なんてない。そうあの少年は言った。
その意味が、今ではとてもよくわかる。
「よっ、久しぶり。元気だったか?」
後ろから、少年の声が聞こえた。
ニカリとさわやかな表情を向けて、自分との再会を嬉しく思っているのが本当によくわかる。
「うわー、久しぶり! そっちこそ元気だった!? あとはマリーだね」
「あら、ちょうどじゃない。おはようデュオ!」
コートに引き続き、マリーも到着したようだった。
あの日から数日が経ち、デュオはその間ずっと意識を失っていた。それから数えれば、今日は復活後初めて二人と出会う日だ(コートには「あれだけ感動的な場面を作っておいて実は寝てただけだなんて、なんてしぶとい奴だ」と言われた)。
適当に挨拶を済ませ、三人が丘の芝生に腰掛ける。
マリーが背負ってきたリュックサックの中には、それは見事な茶菓子が入っていた。コップを人数分取り出すと、水筒から紅茶を淹れる。
「うーん、おいしい!!」
このために生きてるよな、とコートが大げさに言う。
二人に会いたくて仕方がなかったデュオは、手紙を出して二人を丘の上に呼んだ。快く了解してくれたスリースターズのメンバーは、お互いのこれからの指針などを確認しあうという名目を掲げて、今回ここに集まったというわけである。
「それで、コート。話に聞けばなんか貧民街が大変なことになてるそうじゃない?」
クッキーをつまんでマリーが言う。
「そうなんだよ。なんか貧民街も活気付いちゃってさあ、あのおっさんどっかで見たことあるんだよな……」
そのおっさんからコートは彫像を奪い、そのおっさんの窮地をコートは救ったのだが。
「じゃあ、これからどうするの? もう盗賊家業をする必要もないんでしょ?」
デュオの言葉にコートが紅茶を噴いた。
「うわっ汚っ」
「……ばれてたの?」
上目遣いにこちらを見るコート。
マリーがけらけら笑う。
「当たり前じゃない! 妙に変な知識ばかり詳しいし、足も異様なほど速いし。貧民街の盗賊団は格闘技にかけてるって、そういう噂よ?」
言われて、コートはなんとも形容しがたい表情を浮かべた。
「別に隠してたつもりじゃなくてだな……あー、えーと」
「いいのよ気にしなくて。前々からやりそうだなあと思ってたことが本当にやってた程度の話だから」
「そうだよなあ」
言っておきながらいやいくらなんでもお前そりゃないだろとつっこむコートに、マリーが再び尋ねた。
「これから本当にどうするの?」
「うーん……そうだな、自分の身が自由になったことだし、親父を探しにいくよ」
「あ、そういえば……お父さん行方不明なんだよね」
以前、コートがぽろっとこぼしたことを、デュオは思い出した。北方の国へ出稼ぎに行って、そのまま帰ってこないのだと。
「そのためには……そうだなあ、やっぱり冒険者になっとくかな」
空を見上げながらつぶやくコート。
「はいはい、コート君冒険者決定ー!」
マリーが浮かれた声を出す。
「おいおい気が早いな」コートがあわてて言う。
「私も、やっぱり冒険者の資格をとってみようかなとか、思ってるわけ。時間はかかりそうだけど……やってできないことはないし」
なるほどいいこと言ったね、とデュオがほめた。
「それでデュオは?」
うん僕は……デュオが言う。
「魔法学校にももういる意味がないし、このまま世界を旅して回ろうかなとか思ってるんだ。……マリーとコートについていっても、いいかな?」
もちろんよ、とマリーが言う。
マリーとコートにってのがなんだか気にいらねえなとかコートがつぶやいていたが、まんざらでもなさそうだった。
「じゃあ、次なる目標は資格習得ね! デュオ~あなた大丈夫なの? 剣の技術テストとか」
あーっそれは心外だなあとデュオが口をとがらせる。
マリーがもってきた木刀を手に取ると、そのまま大きく振り上げた。
振り下ろす直前、気合のこもった声で叫ぶ。
「僕は今までの僕じゃなくて、もう新デュオ・ネーブルファインなんだからね!」
そして目一杯の力を込めて、振り下ろした。
だが寝続けていた体はまだ剣の動きについていけず、デュオはその場に卒倒した。
「お……重い……」
顔半分を地面に埋めて、デュオがうめいた。
「ぷっ」
マリーが噴出した。
コートがそれに続く。
「ふっふはは」
「ははははっ」
デュオの顔にも、笑みが宿る。
三人の笑い声が、丘中に響き渡った。
笑い転げたまま、デュオは空を見上げる。
まるで突き抜けるように澄みきった、遠く青い空。
吹きぬけるそよ風が、三人の声をどこへともなく運んでゆく。
今日も王都ディースは、快晴であった。
― 完 ―




