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三ツ星英雄譚 (十五年の歳月をかけて完成した作品、現在編集しながら投稿……)  作者: ノアキ光


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42 アイーダ戦




「おはよう!」


 突然後ろから元気な声をかけられて、マリーとコートが振り返った先には、昨夜起きたことなど全く知らないような表情をしたデュオが立っていた。


 デュオのその態度に応じて、コートもいつもと変わらぬ挨拶をする。マリーも、気にも留めないような素振りで口を開いた。


「じゃ、いきましょうか。今日はいよいよ私たちにとっての決戦だからね!」


「よっしゃっ!」


 デュオが威勢良く頷く。だが、その目は、昨晩泣きはらしたのだろう、少し腫れていた。




 『定めの子』、デュオ・ネーブルファイン。


 王国の中心部にあるディース神殿、その最深部に封印された邪神を、己の命と引き換えに封印する宿命を背負う子供。

 それが、彼であった。


 封印の決壊は迫っている。今日の試合が終わり次第、デュオは、バルムス・バルトーア卿と共に神殿の祭壇に行く予定になっていた。そこで、『鍵の呪文』を唱える儀式が行われる。


 つまり、マリーとコートに会える日も、これで最後だということになる。


 だが、デュオも、マリーもコートも、まったくそのことを口には出さなかった。


 ……口に出しても、仕方のないことなのだから。


 今はただ、たとえ最後でも、試合に勝たなくてはならないのだ。首を長くして待った、準決勝戦なのだから。この試合で、すべてが決まるのだから。

 余計な私情を挟む暇などない。


 準決勝戦の相手は、前回の闘技大会優勝者と準優勝者がいるチーム『アイーダ』だった。マリーが前回の試合で辛酸をなめさせられた相手が、セイン・デルウィング。その姉で、黄龍騎士団員でもある前回の優勝者が、セリア・デルウィング。今大会最も注目されている相手であった。


 今ではもう慣れてしまった神殿内の熱気も、今日ばかりはいつもよりまして迫力があるように感じられる。その中を通っていると、「今日がお別れの日」だということも忘れてしまいそうな、そんな錯覚にデュオは陥った。


 大会は今日で終わる。準決勝と決勝がすんでしまえば、デュオは『最後の仕事』に行かねばならない。ファラを封印するという重大な使命を、遂行しなければならない。たとえそのことが、デュオの命を失わせるものであったとしても。マリーとコートとの別れを意味するものであったとしても。


「両チーム、前へ」


 審判員の掛け声と共に、準決勝の相手チームとの距離が狭まる。

 先鋒のコートが相手をするのは、意外にもかわいらしい姿をした女の子だった。そばかすの散った顔に、赤毛の三つ編みが幼さを引き立てている。歳はちょうど、デュオと同じくらいだろう。戦いの前だというのに、ニコニコと笑顔まで浮かべている。


 だがその両手に収められていたのは可憐な花束などではなく、木製のボウガンだった。


 ボウガンにはすでに五本ほどの矢がセットされていた。もちろん試合であるから、矢じりはついていない。腰にくくりつけられているやけに長い形をしたポーチの中に、おそらくたくさんの矢が入っているのだろう。


 二番手のマリーが戦う相手は、幸運なことに、前回の大会で勝ちを奪われた相手であるセイン・デルウィングである。

 黒く短い髪の毛が印象的な、レンやハッシュと同じくらいの背格好をした細身の青年。きりりとした細い眉毛と、きつく結ばれた口が、なんとなく近づきがたい無愛想な感じを与えている。


とてもマリーをしのぐ剣さばきをするとは思えない体躯だった。だがその真面目そうな目つきから感じ取れるのは、まさに満ち溢れんばかりの、剣に対する自信。


 相手と向き合うマリーに目をやると、不適に笑う顔とは裏腹に、その額にはすでに汗が浮いている。

 ……緊張しているのだろう。当然のことだ。

 三年。今日のこの日のために、三年もの間マリーは鍛錬を積んできたのだ。目の前の相手を倒すことだけを考えて。


 そしてデュオは目を前へと向けた。その目に、鈍く光る黒髪を持つ女性が映る。

 ディース王国屈指の騎士団『黄龍騎士団』に所属する女騎士、セリア・デルウィング。それが、デュオの戦う相手だった。

 手にした剣は、マリーやデュオのものと比べるとはるかに長く、彼女自身の細長い体つきとよく合っていた。着ている物が皮製の鎧などではなくきれいな洋服だとしたら、十人中まさに十人の男が振り返るほどの美しさだった。


 だがその目は、まるで凍てついた様に鋭い。


「お互いに、礼。では先鋒以外の選手は下がって」


「がんばってよ、コート」


 デュオが声をかけた。

 ボウガンを持つ相手と戦うのは、これが初めてのはずだ。

 だがコートはまるで心配すらしていないようなケロリとした表情でデュオに返した。


「矢だったら昔っからよく撃ち込まれてたよ……俺の師匠に」


「はははっ、その意気その意気! 負けたら承知しないからね」


 マリーが続ける。そして、コートを残して二人は場外へと移っていった。


「構えて」


 赤毛の女の子――シェリルというそうだ――が、手にしたボウガンを下に向けて構える。試合の規則でそうなっているのだ。

 対するコートはというと、やはりいつもの構えをとった。体を半身にそらし、両手を横顔の高さまで上げる。体をひねればすぐに蹴りを放てる、コートにとっては理想の構えだった。


「はじめ!!」


 刹那。


 一瞬にして少女の手がコートを向いていた。

 ぱしゅっという鋭い音と共に、何かが吹き飛ぶ。

 紛れもない、ボウガンの矢!


 お約束といわんばかりに、半身をそらす最小限の動きだけで、コートが矢をかわす。


 だが隙を与えず、開始位置を動かないままシェリルが再び矢を放った。


 ぱしゅっ


 ぱしゅっ


 二発、三発。次々に矢が撃ち込まれてゆく。それをコートは苦も無くかわす。

 地属性に働きかけて岩を吹き飛ばす『地龍の咆哮』とは違い、シェリルが持つボウガンの矢は比べ物にならないほど高速で飛んでくる。

 だが、ボウガン自体の狙いが、まだ未熟と言わざるを得なかった。

 そして矢が尽きてしまえば、コートの番だ。無くなった矢を補給する時間、彼女はまったくの無防備になる。そして、五本目の矢が放たれた。


 不敵に笑いながら避けるコート。

 シェリルのボウガンには、もう矢が残されていない。


「へへっ、ネタは尽きたようだな、お譲ちゃん。今度はこっちから……」


 矢の無くなったボウガンを依然としてこちらに向けているシェリルに、コートは声を止めた。

 そして次の一言に驚愕する。


「偽翔の双対――フェアリーフェザー」


 次の瞬間、いつのまにか開いていた彼女のポーチから、驚くほどの速さで矢がつぎつぎと飛び出してきた。

 呆気にとられるコートの目の前で、まるで訓練されたかのように規則正しく、矢がボウガンにセットされてゆく。


「ボウガンは、指一本動かして引き金を引くというワンアクション。そこに集中力なんていらない。……だから、魔法との相性は抜群」


 そう言って、にこりと微笑むシェリル。

 無常とも言える笑顔と共に、再び矢が乱射された。


 ぱしゅぱしゅぱしゅっ


「のわっ!」


 コートは、迫り来る矢から逃れるようにして場内を走った。

 走りながら横目で相手をみると、すでにボウガンの矢が同じようにしてセットされている。


「随分足が速いのね。でもいつまで続くかしら!?」


 走るコートの一瞬後を追うようにして、矢が次々に飛んでゆく。


 そして。


「本番はこれからよ、お兄ちゃん? ……偽翔の双対――フェアリーフェザー」


 その一声と共に、今までコートを捉え切れず地面に散乱して落ちていた矢が、一斉に浮き上がりコート目掛けて四方八方から吹き飛んだ。


「うおっ!!」


 言って、コートは素早くその場に伏せた。


 だが良策だった。頭上を何本もの矢がかすめ飛んでゆく。

 と、そのうちの一本がシェリルの方向へと飛んでいった。



「自滅するんだな!」


 コートが声を上げ、立ち上がる。


 だが飛んできた矢に怯むどころか、少女はなんと手を伸ばし、その取り済ました顔に当たる寸前で矢をつかみ取ると、流れるようにボウガンにセットしたではないか。

 そして再び彼女の手から、矢が吹き飛ぶ。


 だが、コートを捉える直前で、矢は横から飛び出した何かに叩き落とされた。


 目を細める少女。


 その先には、矢をはたき落とした足を中に固定させる、コートの姿があった。

 不敵に笑う、口元。


「本番はこれからだぜ、お嬢ちゃん?」


 言うが早いか、コートは息つく間もなくシェリルの元へと飛んだ。


「くっ、フェアリーフェザー!!」


「甘いっ!」


 驚異的な跳躍力で少女の身の丈ほどに飛び上がるコート。詠唱によって意思を持ったように飛んできた無数の矢は、どれもこれもコートの足元を滑るように飛んでいった。

 そして。


「くらえっ!」


 着地と同時にコートが足をなぎ払った。


 目をつぶり、ボウガンで顔をかばうシェリル。


 だが、予期していた痛みや衝撃は、いつまで待っても来なかった。


 恐る恐る目を開けると、少女の顔の寸前で、コートの足がぴたりと止まっていた。


「女の子は蹴れねえわな」


 そういって彼が二コリと笑い足を下ろすのと、審判員が声を上げるのとは同時だった。


「勝者、コート・ホイットニー!!」


 会場中を歓声が埋め尽くした。





☆   ☆   ☆






「かっこつけちゃって。面白くないわね」


 戻ってきたコートを、マリーが小突いた。

 デュオが微笑むと、コートも微笑む。


 最後の、戦いぶり。

 格好よかったよ、コート。


 そうデュオは心の中でつぶやいた。


「マリー、がんばって!!」


「マリー、お前が負けても」


「デュオが勝つ」


 コートのセリフをさえぎって、マリーが言った。

三人で笑う。

 その声が、どことなく乾いていたのは、気のせいだったか。


「……正直、ここまでこれると思わなかった。コート、デュオ、私あなたたちとチームを組めて、本当に、よかった」


 マリーが、笑いながら言った。

 その目は、今まで見たことも無いほど、輝いていた。

 決意に満ちた視線。


「負けないわよ。もし負けても……デュオがいる。私は、安心して、悔いが残らない試合ができる。ありがとう」


 デュオが頷く。


 これで、マリーが勝てば、決勝戦だった。

 だが、チーム『アイーダ』に勝てば、優勝も当然なのだ。


「じゃ……行って来るから!」


 彼女の声と共に、三人は固く頷いた。





☆    ☆    ☆






「構えて」


 何年、この日を待っただろう。

 忘れもしない、今、目の前に映っている短い黒髪。

 上を向いた眉。

 つり上がった、厳格そうな目。

 無愛想な表情。


 変わったのは背丈くらいだろうか。

 セイン・デルウィング。

私のこと、覚えてるかしら?


「はじめ!!」


 比類なきスピードで、セインが飛んできた。同時に木刀を振り上げる。

 剣のリーチはほぼ同じ。


 これだ。

 この速度。あの頃を思い出す。


 以前のマリーだったら、ここで上から降る木刀を回避する行動を取るに違いなかっただろう。

 だが、彼女は逆に間合いを詰めた。そして、一瞬の判断で、すれ違いざまに横に剣を倒す。


 かんっ!


 木刀と木刀がぶつかる音が、した。


 胴を打ったマリーと、その一撃をたくみに木刀で防いだセイン。すれ違うと、さらにマリーは振り返って攻撃を仕掛けた。

 一瞬出遅れたセインも、迎え撃つように間合いを詰める。

 再び木刀がぶつかり合った。


 だが剣を弾かれたのはマリーのほうだ。男と女の力の差。つけこむようにして襲いくる木刀。

 ひそかに舌打ちをするが、しかしマリーはあきらめなかった。

 なんとか木刀を引き戻して、不完全な姿勢ながらもセインの攻撃を防ぐ。勢いを殺せなかった木刀が肩に食い込み、つい息が漏れたが、それでも致命傷ではない。


(やっぱり、強い……!)


 そう素直に相手の実力を認めながらも、マリーは自分が心を躍らせていることに気付いた。


 強い相手と戦うということに、これほどの喜びを見出せるとは。


 その気持ちは、三年前のマリーとは、明らかに違う部分だった。

 強くて、どうしようかどうしようかという戸惑いばかり覚えていた。それが、三年前。だが、今はどうだ。

 デュオがいる。コートがいる。もし負けたとしても、マリーの分まで十分埋め合わせられる、信頼できる仲間がいる。

 いまの彼女は、決して独りではなかった。

 だからこそというその安心感が、マリーの剣筋に今までに無い切れを生んでいた。

 大胆に、自分のもつ剣を最大限に引き出せていた。


 なぎ払いが相手に流される。

 だがそれはフェイントだ。流された剣を返して、再び袈裟に斬る。

 ついにセインがマリーの袈裟斬りを防ぎきれず、後退した。

 後退したところを、すかさず突く。セインが、突きを避けるために横に移動する。そのセインを追って、さらにマリーの木刀が横に振られる。

 再び払われたマリーの木刀を、弾き返さんとばかりにセインが剣を振り上げる。だがその一太刀は、むなしくも空を切った。先ほどの一太刀は、マリーが仕掛けたフェイントだったのだ。


 そしてとうとう、マリーの木刀がセインの腰を打ち据える。


「くっ!」


 4点、3点、3点。


 惜しくも不合格だ。打たれる寸前でセインは死に物狂いで半歩下がり、間合いをおかしくしてしまうことでマリーの攻撃の威力を抑えたのだった。


 額に汗を浮かべながら、しかしどことなくうれしそうな笑みを浮かべながら剣を振るう少女に、セインは危機感を感じた。


 この少女には、恐怖という感情がないのか。

 一瞬でも怯む、その心の隙間というものが全く感じられなかった。それが大胆で、迷いの無い剣を生んでいるのだ。


 剣の腕は、互角。

 だが、シェリルが負けている分、切迫感というものが切実にセインの心の中にくすぶっていた。そのわずかな違いが、この戦況を生んでいる。

 彼女は、間違いなく、強い。


 だが、とセインは心で一呼吸ついた。


 力の差だ。

 男の自分と、女の彼女が、どうしても埋め切れない差がある。

 それが、力だ。


 そう言い聞かせると同時に、セインは剣を振り上げる。

 振り上げた剣に対抗するように、マリーの木刀もセインの剣をはじき返さんと前にでる。

 だが一瞬遅れて、セインの攻撃が実はフェイントだとマリーは理解した。だがもう遅い。自分の木刀は前にでてしまったので、胴ががら空きだ。すかさずそこをつくセイン。

 だがマリーがなんとか剣を胴に引き戻し、防御する。ところがいつのまにかセインの剣は、マリーの頭を狙っていた。


 さっきの胴もフェイント!


 どうだ、とセインは心の中で叫んだ。目の前の少女は胴をカバーした剣をもう一度戻して、頭をかばうはずだ。だが、それではもう遅い。俺の剣が確実に、彼女の肩口にヒットする。この勝負、もらった!


 だが。


 胴を守るため横に倒された剣を、再び頭のガードに使うことなく、逆にマリーはそのまま無防備なセインの胴を狙った。


 マリーが不適に笑った。

 そっちが振りかぶって頭を狙っているのなら、こっちはもう防御などしない、

 正面きって、胴を打つ!


 セインが驚愕に目を見開いた。

 そんな馬鹿な! くそっ、もうどうにでもなれ!


 セインの木刀が振り下ろされる。

 マリーの木刀がなぎ払われる。


 どすっ!


 鈍い音がして。


 セインの一撃は、マリーの肩をとらえた。

 マリーの一撃は、セインの胴をとらえた。


 そして二人が、痛みに倒れた。

 審判員が声を上げる。


「両者引き分け! 両チーム大将、前へ!!」





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