41 デュオの決断
「バルムス!」
その場の誰にも属さぬ声が響き渡る。
後方に位置する扉が、いつのまにか開いており、一人の男が姿を現す。
「おじいちゃん……」
それは、ラスタバン・ネーブルファインだった。
ゆっくりと前進しながら、言う。
「……デュオ。確かにお前は複製体かもしれない。研究の結果生み出された、『鍵』の代行にすぎぬなのやもしれぬ。だが、お前は……断じて道具などではない! 私の……かけがえのない、孫だ!」
「そう……ラスタバン。アルフィム王子の祖父である、お前がいたな……。四年前から今まで、この少年の成長を見守り続けた結果、自らが行なった研究に罪悪感を抱きはじめ、『鍵の呪文』に代わる技術を模索した……」
「そうだ。デュオも……そして」
「……黙れ。お前の生ぬるい渇望が生み出した現実が、この結末だということにまだ気がつかないか。結界は破れ、封印は解け始め、革新派は色めきだっている。もう一度言う。国王の、御勅だ。
アルフィムの幻影を追いかけて、デュオを苦しめているのは他ならぬお前だ!」
「バルムスさん……」
怒号の中、小さな、優しい声が響いた。
デュオの声だ。
これも、アルフィム王子の複製された声なのだろうか。
「デュオ君」
バルムスが、厳格な、だがどこか悲痛そうな声を上げる。
「全て、はっきりしました。僕が果たすべき役割も、わかりました」
「デュオ! 何言ってんだ!」
コートが怒りを露わにして叫ぶ。
「こんな……勝手なことにつき合わされているほうがおかしい!! デュオ!」
マリーが悲鳴を上げる。
だが、それに首を横に振って答えると、デュオが静かに言った。
「僕は、今まで、作られた現実を生きてました」
ラスタバンの顔が、歪んだ。
「作られた現実の中で、たまに泣いたり、たまに怒ったり、友達ができなくて、悩んだり」
バルムスを見る。
視線をまっすぐ、デュオに向けていた。
「でも、その偽りの現実の中で、マリーとコートに出会いました」
語尾が震える。
「マリーは、気が強いけど、僕を弟みたいにかわいがって……かわいがってくれて……コートは、頼れるお兄さんのようで……三人で……大会を……勝ちっ……勝ち進んでっ」
いけない。涙が溢れてきた。
マリーも、コートも、もうぼやけて見えない。
ちゃんと、言わなきゃいけないんだ。
『かぎのじゅもん』とか。
『ふくせいたい』とか。
そんなものよりもっと、大切なことが、あるんだ。
大切なことが、あるんだ。
あの日見た、夕陽の色。
丘を撫でるそよ風。
「明日は……明日の試合でっ……全てが決まるんです僕が……一人でも欠ければ……だっ……駄目なんですっ……まっ……まけてしまいます」
嗚咽が聞こえる。多分僕のだろう。
「もういい、デュオ! もういい!」
マリーが僕を抱きしめた。
ああ、幸せ。
暖かい。
僕は、生きてる。
ぽたりと、暖かい雫が頬に落ちた。
でも、いわなきゃ。
いわないと。
三人が、支えあう。
三人が、補い合う。
スリースターズは、いつだって、そうだったもの。
「お前ら……お前ら……許せねえっ!」
コートの声だ。
そんなに怒ることないのに。
いいんだ。僕は。
ようやくわかった『やくめ』なんだ。
コート、やめてよ。
僕が……
マリーの腕を振り解き、バルムスの前に立つ。
「……明日の試合が終わったら……呪文を、唱えます」
柔らかな、だが確たる決意を秘めた声で、デュオが告げた。
涙で濡れた、訣別の言葉だった。
自分に相応しい役割だと思う。
魔法一つも使えず、人から軽蔑され、それでも歯を食いしばって耐えてきた。
いつか、こんな自分でもいつか、光り輝くような魔法が使えることを夢見て。
そしていつか、すごいよと皆から尊敬の目で見つめられて。
そんな日が来ると、思っていた。
自分に相応しい運命だと思う。
生きていることがつらくなることもあった。
でも、それも明日で終止符を打てる。
皆の命を救って。
初めて自分が、魔法を使えない自分が、皆に必要とされている。
『複製体』に生まれ、『複製体』としてその命を終える。
まったく道理にかなっていた。
そして。
こんなに悲惨な運命を背負うことになるのなら。
……生まれてこなければ、よかった。
そう、自分は『複製体』。
人間では、ない。
歴史の中の、人間のために存在する、小さな、一駒。
早く、『鍵の呪文』を唱えたかった。
唱えて、この体から、この呪われた宿命から、自分を解き放ちたくなった。
神様。
僕は、あなたを、恨みません。
でも、神様。
僕が死んで、そしてもし、生まれ変わることができたなら。
今度は人間に、ちゃんとした人間に、してください。
――デュオ・ネーブルファインでは、なくて。




