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三ツ星英雄譚 (十五年の歳月をかけて完成した作品、現在編集しながら投稿……)  作者: ノアキ光


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31 それぞれの執念



 素振りを済ませる余裕もなくその場を立って試合場にゆこうとしたデュオは、何も言わずに通り過ぎるマリーを見て、心にチクチクとした痛みを感じた。


 普段のマリーの明るさは、最早かけらも見られない。


 目を前に向けると、相手のハッシュも何ともいえない表情を見せていた。

 が、デュオと目が合った途端いつもの顔――どこか余裕を感じさせる不敵な笑みを湛える表情――に戻っていた。


「デュオ……? デュオ・ネーブルファイン?」


「あ、はい」


 慌てて審判員の呼びかけに答える。


「集中してください。もう試合が始まります」


「は……はい、すいません」


 そして、仕切りなおした審判員が再び声をあげる。


「構えて」


 さらに真剣味を増した顔を浮かべて、デュオは木刀を構えた。


 その構えは、マリーのそれを忠実に再現したものだ。


 ハッシュは一瞬だけ目を細めたが、しかし反応としてはそれだけだ。


 体を左側に開いて半身の姿勢をとると、腰を落とし、右手に持った細身の木刀をデュオに向ける。


 これは、いわゆるフェンシングの構えだ。


 デュオはさして驚くそぶりも見せず、冷静にその動きを見つめていた。


「はじめっ!」


 マリーから話は聞いていたが、実践でこの構えと剣を交えるのはこれが初めてだった。

 よって、デュオはとりあえず間合いを計りながら、ハッシュの出方を見ることにした。


 だが。


 そんな暇も与えずに、ハッシュが飛び掛ってきた。


 剣で弾くつもりだったが、デュオはその超速の一手目をあきらめざるをえなかった。


 速い。


 自分の構えを完全に崩して体を横にさばき、何とか攻撃をかわしたデュオは、反撃とばかりに隙だらけのハッシュを打つ。


 だが攻撃は当たらない。


 ハッシュは軽やかに後退して、その反動で再び突っ込んできた。


 先のルシアとほぼ同じ動きだが、スピードはハッシュのほうが上だと判断する。


 やはり速い!


 ルシアの剣さばきもそれは速かったが、こうも近くで放たれるそれに比べたら、相手にならない。


 主導権はいよいよハッシュに握られた。


 振り下ろしたところを、続けざまに下から突き上げる。


 避けるしかないデュオに向かって、今度は右に、左に、


 上、下ときて右に!


 回避のためにまたもや体勢を崩したところを、視界の下のほうで何かがよぎった。


 デュオは咄嗟に足を上げ、それがハッシュの仕掛けた足払いであったことに気づき、しかしほっとする間もなく間合いを取るために後退した。


 猛攻を終えたハッシュのほうも同じだったらしく、後退するデュオを見やり、自らも息を荒立てながら構えを取りなおしている。


 呼吸を整え、仕切りなおしをすると、デュオとハッシュは再び対峙した。


 さて、どこから攻めるべきか。デュオは思った。


 目の前のハッシュは、相変わらず微笑みを返してくる。


 この男は疲れを感じないのだろうかと一瞬戸惑ったのだが、そんなはずはなかった。あの猛攻を仕掛けたのだ、疲れていないはずはないのだが、それを表情に表すと相手に心理的余裕を与えることになる。


 ハッシュの和やかな表情は、ひとつの巧みな戦術なのだ。


 今度はデュオが飛んだ。


 先手を取られたら、先ほどの二の舞、神速の突きの餌食だ。

 ならば、ハッシュを受け手に回らせてみる、ということを念頭において、気合を振り絞って攻撃を仕掛けた。


 ハッシュの胴を狙って、突きを放つ。横薙ぎではない。踏み込みは力をこめてはいけない。

 もしもかわされた場合、ハッシュが後ろへステップを踏み、そしてやってくる反動を利用した一撃が怖いからだ。


 踏み込まない分リーチは短い。


 だが、ハッシュはデュオの剣が位置的に邪魔なので、突きを放つのをためらうはずだ。

 そして後退したところを捕らえる


 ……はずだった。


 刹那。


 突きの体勢で伸びていた自分の手元に、ハッシュの細身の木刀が絡みついたのを、デュオは見た。


 一体何を、と思ってハッシュを見やると、笑っている。


 次の瞬間、デュオは、自分の木刀が、手首から逃れるようにぐるぐる回っているのに気がついた。


 否、ハッシュが木刀の切っ先と腹の部分を巧みに使って、デュオの木刀に巻きつかせているのだ。


 全ての状況を理解した時には、もう遅かった。


 ハッシュが力をこめて、最後とばかりに手首を動かし、剣を振り上げた瞬間、


 デュオの剣は上に大きく弾け飛んでしまった。


 審判が、コートが、マリーが、飛んでゆく木刀を見た。




 負けだ。武器の放棄は反則として扱われる。




 勝った。最後の最後で、ハッシュがやってくれた。




 だが、当のハッシュが、驚愕の目をデュオに向けている。


 いや、デュオが元いた場所を見つめながら。


 次の瞬間はハッシュは、彼の懐に潜り込み、そのみぞおちに肘を食い込ませたデュオに、もたれかかる形で倒れた。


 一拍遅れて、カランカラン、と木刀が落ちる音が二つ、聞こえた。


 一つはデュオの、もう一つはハッシュの。


 思い出したかのように、審判の声が静寂を破る。


「しょ……勝者、デュオ・ネーブルファイン!」





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