32 乙女心と鉄の剣
デュオが戻ると、コートは先ほどの結果にかなりの疑問を残していたようだが、とにかく「やったな」と声をかけてくれた。
だが、マリーはデュオに少し笑いかけただけだった。
デュオはそんなマリーを、まあしょうがないよとなだめていたが、コートはそういうマリーの態度に、いい加減いらいらしているようだった。
「両チーム整列してください」
審判員に呼ばれて、コートがうつむくマリーを立つようにせかす。
デュオが前を見やると、レンも、ルシアも、ハッシュも、悔しさのあまり泣いていた。
マリーもマリーでそんな姿に目もくれず、ただただルシアとの戦いでの敗北について、未だにこだわっている様子であった。
「お互いに、礼」
試合終了の礼が終わると、審判員がコートを呼んだ。
マリーはほっといて、デュオもコートに同行する。
「『スリースターズ』だね? 次の試合、予選最後の試合だけど、相手チームのメンバーが試合終了後に不慮の出来事にあって人数が揃わなくなったという報告が来た。だから、君たちは見事、予選通過だ」
「あ、そうっすか。ありがとうございます」
コートとデュオが試合場の外を見ると、憮然とした表情をしてうつむいているマリーがいた。
「ルシアに負けたときから、ずっとあの調子だよ」
いらだたしそうに髪の毛をかきむしりながら、コートが言った。
「マリー……」
普段とは180度、マリーの雰囲気は一変してしまった。
少しくらい失敗したところで、それほど気にはしないだろうと思っていたので、今のマリーの態度は二人にとっては少々意外だった。
「おい、お姫様、いつまでもなよなよしてんじゃねえぞ。それより喜べよ。次の相手は不戦勝だから、俺たち本戦にいけるぜ」
コートがそう語りかける。だがマリーはふーんそっか、とかよかったよかった、などと力なく笑い、しばらくするとまたうつむいてしまった。
その様子を見て、コートはため息をつき、とうとう口を開いた。
「ルシアだってがんばって練習してきたんだろう。その練習量がお前よりも多かっただけの話じゃねえか、何そんなにヘコんでんだよ」
マリーが反論する。
「そんなことわかってるわよ! わかってるけど……なんで、なんで……」
「だからなあ……その態度がルシアに失礼なんだよ! いい加減次は本戦が迫っていることを考えろ!」
「だって……だって、ふ……ふえっ」
下を向いて泣き出してしまったマリーを見て、「お……おい」コートが慌てた。
デュオもデュオでそのやり取りを見ながら「でもさあしかたないよマリー」同じセリフしか吐いていない自分を疎く思う。
「デュオ君」
不意に名前を呼ばれたデュオが、一応返事をしながら後ろを振り返ると、そこにはもう笑顔に戻ったハッシュ・ゴードンがいた。
後ろからレンと、ルシアがついてきている。
「あ、ハッシュ……さん」
何て呼んだらよいかわからず、しどろもどろのデュオに、ハッシュが笑う。
「ハッシュでいいよ。さっきの試合、どうもありがとう……一本とられたよ」
コートが興味深そうな顔をする。
「どういうことだ?」
「デュオ君の木刀を巻き取った後。もらったと思ってそのまま木刀を弾き飛ばそうとしたんだ」
訝しそうな視線を向けて、コートが言う。
「でもそれは……ハッシュの狙った通り、デュオの木刀は吹き飛んだよ?」
だがハッシュは首を横に振ると、デュオを見やった。
「あそこまで木刀を飛ばそうとしたわけじゃないんだ。……木刀を飛ばしたのはむしろ、デュオ君のほうだ」
コートがそうなのか、でもなんでと言わんばかりの表情を浮かべる。
デュオが答えた。
「もうあの時点で木刀は飛ばされると思ったんだ。でも、ハッシュの木刀もからまっているのに気がついて……」
コートがポン、と手を叩いた。
「自分から上に放り投げたのか! あ、それでハッシュの木刀も大きく上にそれたんだ」
デュオはうなずいた。
剣が放り出されると確信した瞬間、もうデュオは剣を見捨てていたのだ。そして、少しでも大きな隙を作るべく、自ら剣を上に放り投げた。
そうして大きな隙ができたハッシュのみぞおちに、肘打ちを叩き込んだのである。
つまり、武器が床に落ちる前に、ハッシュをダウンさせたことになる。
コートはようやく、敗北が決定する寸前、ハッシュが一瞬だけ見せた驚愕の表情の意味がわかった。
同時に驚いた。
何という判断力だろう。デュオが前にも見せた、あの絶望的な状況をひっくり返すような一瞬の、大胆な判断だった。
なあ、マリー、と顔を向けようとしてコートは思いとどまった。マリーの泣きはらした目は、未だ晴れていない。
「さて、問題はこっちのお嬢さんだな」
ハッシュが苦笑してコートを見る。
さっきからずっとこの調子なんだ、とコートが言う。
「なあ、マリーさ、確かにお前はいつも負けなしだったよ。でもそんなお前にいつか勝ってやろう勝ってやろうって、俺らはがんばってきたんだ。だからさ、そういうやつらの努力くらい、お前も認めてやったらどうだ?」
レンが言う。
だが、マリーは黙ってうつむいたま答えない。
マリーが負けず嫌いなのは剣術道場では有名だったが、ここまで尾を引くとは剣術仲間達も思っていなかったらしい。
「それは……よくわかってる」
か細い声でマリーが言った。
「わかってるけど……」
「わかってるなら! わかってるなら、こんなところでうじうじしてないで、さっさと本戦に備えなさいよ!」
ルシアが突然叫んだ。
「何よ、今までずっと勝ち進んで、悩みもなさそうな顔して、私たちがうまく行かなかった時は明るい顔して励ましてたくせに! 私たちが今まで、どんな思いで稽古してきたと思ってんのよ! あんたなんて、あんたなんて……」
「ルシア……」
「負けた私たちの分まで頑張ろうだとか、なんで思わないわけ!? そんなマリーに勝ったって、私全然嬉しくない!」
そう言われて、うつむいたまま動かなかったマリーが突然、木刀を持って走り出した。
「マリー!」
デュオが叫ぶ。
追いかけたところを、コートに止められた。
「マリーには、よく考える時間が必要なのかもな……」
と、ハッシュがいう。
「なんであいつはいつもああなんだ!?」
レンが、毒づいた。
「まあ、とりあえず、さ。予選通過おめでとう」
「ありがとう。……つってもなあ……これからどうなることやら」
ハッシュの呼びかけに答えながらも、はあ、とコートがため息をついた。
それを見て、デュオもため息をついた。
外はもう夕暮れ。――黄金の時。
☆ ☆ ☆
燃えるような赤が地平線の境を曖昧にして、目の覚めるような金が目の前の風景全てを一色に染める。丘からの眺望は時を選ばずいつも素晴らしい絵を提供してくれるが、中でも夕焼けの風景に勝るものはないと思う。
何故かこの眺めを見るときは、子供の頃先生に大目玉を食らってから今の今まで、心を沈めている時が多いのだけれど。
ルシアに負けたことは、それはそれで仕方がなかったのかもしれない。コートの言う通り、ルシアの努力は並大抵のものではなかったのかもしれない。
けれども、ルシアに負けてしまった自分が、目標としていた相手などと互角に戦えるのだろうかと考え出したとき、マリーはこらえ切れない気持ちで一杯になってしまった。
「あたしやっぱダメだ」
ため息をつき、伸ばしていた膝を曲げて両手で抱える。
仲間たちにはさんざん気を吐いて、強がって。負けなしの自分を持ち上げて。
一つ負けたらこのザマで。親友の努力一つも認められない。
膝に、顔をうずめる。
泣いているのが、誰かに見られたら嫌だから。
「……あたし……やっぱ……ダメだな」
「まあな」
びっくりして後ろを向くと、涼しい顔をしたコートが立っていた。
「こんな分かりやすい所にいるあたり、お前もまだまだ」
こんな時にまで皮肉を言うコートを睨みすえる気力も、もはやマリーには尽きていて。
はあっとため息をついて隣に腰を落とすコートに顔を向けることすら、しなかった。
「お前なあ……あのなあ……でも……まあ俺もさ、まだガキだった頃だけど、そういうコト、あったよ」
思いがけず、コートの声が急に穏やかになったのを聞いて、マリーは図らずも顔を上げてしまった。
頬をかいて、マリーを横目で見ているコートの顔が、夕陽に照らされて。
なんだか眩しい。
「格闘技で負けなしだったころな、やっぱり何ていうの? ライバルがいてさ。そいつに負けたとき。あれはヘコむよなあ、うん」
今まで泣いていた分、話が合わせづらくて、マリーは顔を下に向けていたまま黙るしかなかった。
それでもコートはあきらめずに話を続ける。
「でさあ、その時に俺は思ったわけよ、次は絶対に復讐してやる、足を洗って待っていろよ馬鹿野郎ってね」
普段だったらこういうな。
それは首を洗ってでしょ。足を洗ってどうすんのよ足を。
「でな、次の試合の時まで、それはそれは頑張ったんだぜ。普通の筋トレメニューも二倍に増やして、走りこみも毎日ディース神殿を普段の2倍は走った。まあ、努力したんだよ」
普段だったらこういうな。
私も三年前から努力してたのよ。それでも負けたの。あんたの負けとは重みが違うのよ。
「それでな、次の試合の日、とうとう俺は奴を倒したんだ。やったぜって思ったよ。決め手はやっぱり最後の黄金の左かかと落とし」
なんで途中からあんたの武勇伝に変わってんのよ。
「まあ、かかと落としっていってもいろいろあってだな、先に軸足を出すとリーチが長くなるんだけど、相手が至近距離にいた時、これは軸足動かさずに」
あんた一体何しに来たのよ。
「できるだけ素早く、体のひねりだけでこう、きゅっと……きゅっと……きゅ……
あー! もう!」
嫌気が差したように上を仰いで、髪をくしゃくしゃ掻きながらコートが叫んだ。
「……何言っていいかわかんねえや」
「ぷっ……」
堪え切れなくなって、とうとうマリーは大声で笑いだした。
一瞬だけきょとんとしていたコートも、マリーにつられて、笑った。
あんたね、話術ってもののセンスがかけらもないのよ。
何かあったときに女の子一つ励ますことができなくてどうすんの。
だいたい、足を洗うってどういうことよ。
しかもどこをどうやったらかかと落としにまで話が反れんのよ。
格闘ばっかやってた人の哀れな末路ね。全くもう。
・・・・・・でも。
「……ありがとう」
その言葉に、コートが笑ったまま固まった。
そして、いやーとかあのーとか言いながら顔を赤くして、最後にはうつむいて黙ってしまった。
そんなコートを見て、照れで顔を赤く染めながらも、マリーは少し笑って口を開いた。
「……ルシアに……悪いことしちゃった」
ややあって、コートが答える。
「……明日、ルシアが応援に来るっていってたぜ。だから、その時に、しっかり謝っておかなきゃな」
うん、とマリーが頷いた。
多少ひりひりするけれども、もう目に涙は残っていない。
マリーは改めて目の前に映る夕陽を眺めた。
「この夕陽には、毎回毎回お世話になってるんだよね」
「綺麗だな」
素直につぶやく。
世界は茜色と影の色だった。
風に行く流れ雲が夕色と影色に染まり、遠く近い空をもつれ雲が柔らかく広がっている。
遠く、遠く、なだらかな平野の向こうにいくつかの山々が見えて、その頭に赤みの深い夕陽。
視線を少し落とせば影に染まる家々の群、その窓からは夕餉の煙が立ち並んでいる。
これほど静かな風景を、コートはかつて見たことがない。
と、うしろのほうから声がかかった。
「こんなところにいたんだ」
デュオの声だ。
「よお」
「ひどいよ。二手に分かれて探すっていったのはいいけど、せめてマリーを見つけたら知らせてよ」
そう言って憮然とするデュオに向かって、コートは悪い悪いと頭を掻いて謝った。
まあ座ってよ、と傍らをぽんぽんと叩いて、マリーがデュオを隣に呼んだ。
デュオが腰をつき、「こんな景色見たの初めて」と感嘆の声を漏らす。
「デュオも、今日は本当に、ごめんね」
呟くようにマリーが言った。
「……ねえ、マリー」
デュオが夕陽を見ながら口を開く。
「僕さ、スリースターズができた初めの頃は、自分が魔法ひとつも使えない、どうしても役に立たない奴だって、思ってたんだ」
黙る二人をそのままに、デュオが続ける。
「でも、洞窟に入って咄嗟の機転がコートとマリーを助けることになったり、魔法の代わりに剣技を覚えて、何とか大会で勝ったりしてさ」
言って、どこかすっきりした顔をする。
「僕さ、魔法が使えなくっても、何だか結構やれるんじゃないかって、思ったんだ。……二人に会ってなかったら、やっぱりこうはいかなかった気がする」
「デュオ」
「コートが力を出す。僕が知恵を出す。マリーがそれをまとめる」
穏やかな風が、三人の頬を撫でていった。
「コートが負けたら、マリーが埋め合わせる。マリーが負けたら、僕が埋め合わせる。僕が負けたら、コートが埋め合わせる。
三人がお互いを支えあう。
三人がお互いを、補い合う。
それで、スリースターズなんだ。僕は今日、やっとそれがわかったよ。だから」
息を一つつき、マリーを見据えて、デュオが、言う。
「負けたことを悲しまないで。僕が、コートが、絶対その分を埋める」
言って、笑顔を頬に浮かべる。
泣きたくなるくらい、優しい言葉だった。
「……うん」
気がついたら、やっぱり、マリーは泣いていた。
「お前さっきから泣きっぱなしだな」
けらけらとコートが笑う。その嫌味気ない笑顔につられて、マリーは泣きながらも破顔した。
「あ、そうだ。うちに来ない? 本戦行きが決定したら、マアナが喜ぶと思うんだ。おいしい料理を出してくれるはずよ」
思いがけないマリーの提案に、デュオとコートがはしゃぐ。
「きゃっほう! マアナさんが見られるっ! 見られるっ!」
「いや、感動するのはそこじゃねえだろ」
「じゃあさ、いったん家に帰って、日が暮れたら私の家に集合してよ」
オッケー、と二人が声を合わせて言った。
立ち上がろうとする三人の頭上には、夕暮れの赤に混じって、光り輝く星が出始めた。




