全知全能とあのときの
絵空と別れてからの帰り道、視界の端をひょいと伸びた杖を捉えた。
(……足が悪いのかな)
腰の曲がったおばあちゃんが、僕の横で信号を待っているのを見て僕は心の中で呟いた。思えば、僕のお祖母ちゃんにも久しく会ってないな。田舎の地元に居るから、あんまり会う機会も無いんだけど……ここ数年顔も見てないから、会いたいな。
「うがッ!?」
僕の後ろを風と、焦るような声が左側に抜けて行った。視線を向けると、走って来た自転車が体勢を崩して奥の方で転倒し、そして目の前のおばあちゃんが車の飛び交う道路側へと押し出されていた。
「ッ!!」
間に合わない。僕は咄嗟に魔力で身体を強化して飛び出し、手を伸ばして、道路側に倒れていくおばあちゃんの腕を掴んだ。そうして、強引に引き寄せようとして……無理な体勢から引っ張っていたせいで、代わりに僕の体は道路へと投げ出されていた。
「ぁ」
宙を舞うような視界。ふわっと浮き上がるような感触に、僕は目を見開いた。遅れて、現状を理解するような思考が流れ込んだ。きっと、自転車がおばあちゃんにぶつかったんだ。それで自転車は奥の方で転んでいて、おばあちゃんは道路に突き飛ばされていたんだ。
「危ない、じゃないですか……!」
そんな僕の手を、誰かが掴み取っていた。引き寄せられた僕は勢い余って歩道側に数歩後退り、へたり込みそうになる足を抑え込んだ。急激に戻って来た現実に冷や汗が全身から滲み出すのを感じ、それに固く掴まれた手から魔力が滲んでいるのを……感じ取った。
「魔力?」
「魔力……!?」
思わず口に出した僕と、目を見開いた目の前の女の人。近くの高校らしき制服を着ている彼女に、僕はどこか既視感が……いや、そうだ。
「あの時、の」
僕の声が漏れた。そう思ったが、違った。漏れていたのは相手の方だったらしい。でも、やっぱりそうらしい。この人、あの時の……管理局の、女だ。
「いやぁ、助かったよぉ!」
思いの外エネルギッシュな声を上げたおばあちゃんに、僕はハッとして視線を向けた。そこには、スーツ姿の男の人に支えて貰って立っている老婆の姿があった。
「あ、だ、大丈夫ですか!?」
「お怪我はありませんか?」
同時に声を掛けた僕らは目を見合わせるが、気まずさもあって視線を戻した。
「うにゃ、全然。ワタシは全然大丈夫よぉ。こっちの男の人が受け止めてくれたけんねぇ……あぁ、ばってん杖がどっか行っとるねぇ……」
「あ、杖は……」
僕は道路の方をちらと見て、そこに転がっている杖を見つけ、拾い上げた。いや、拾い上げようとした。杖はその中ほどで折れており、申し訳程度に端で繋がっているだけだった。
「あ、ありましたよ!」
最後の方は声が上ずってしまった僕だが、無事なままの杖を拾い上げて、おばあちゃんに掲げて見せた。しかし、誰も疑っているような目は向けてきていなかった。まぁ、道路の端の方で丁度歩道側からはちゃんと見えない位置にあったし、大丈夫だとは思ったけどね。
「おぉ、ありがとうね」
「いえいえ……」
杖を手渡すと、にこりと皺くちゃの顔で微笑まれ、僕はつられて笑みを浮かべてしまっていた。これが、おばあちゃんパワーという奴なのだろうか。
「そ、それじゃ……僕は、その、行きますね!」
「えぇ、お礼もまだ出来てないんだけどねぇ……」
ペコペコと頭を下げて、僕はすたこらとその場を走り去っていった。
「ま、待ってくださいッ!」
「え!?」
走り去った僕の背後から、女の子の声が……管理局のあの女の人が、追いかけて来ていた。
「えっ! じゃないですよッ」
「な、なんですか……?」
「なんですか、じゃないですッ!」
「だったら何だって言うんですか!」
こちらを睨み付ける女の子に、寧ろ強気で言い返してみた僕だったが……
「あの時の話に、決まってるじゃないですか」
「……あの時って?」
「貴方の魔力、あの時の黒い影の魔力と同じでした」
「何のことか分からないけど、靄ね」
一応言っとくけど、影では無いよ。
「誤魔化しは効きませんよ……あの時の、借りは」
「……ここでやるの?」
もう魔力でバレてる以上、あんまり誤魔化したつもりも無かったんだけど。
「…………なんで、あの人を助けたんですか?」
女の子の手に光る銀の指輪。あの時の魔道具と、同じものだ。
「あの人って?」
「さっきの、お婆様です」
あ、そっちね。柚乃のことなのかなぁとかも思ったけど。でも、向こうから見れば助けたとも分からないか。僕が攫ったようにも見えるだろうし。
「別に……なんでって言われても?」
なんでって、なんでとか無いんだけど……困ったなぁ。
「危なかった、から……」
「……ですか」
女の子は小さく息を吐き、僅かに持ち上げていた手を力無く下ろした。




