全知全能と記憶処理
宇尾根治を連れてその場から走り去っていく能地絵空を見て、管理局員の一人……丹代は険しい表情を浮かべる。
「失敗、か」
「みてぇだな? あーあー、やっぱり俺が襲った方が良かったんじゃねえの? そしたら、あのガキも手を貸さないと足りなくなったろうに」
丹代の呟きに、からかうように言うのは黒髪にオレンジのメッシュが一本だけ入った若い男、夕部だった。
「……まさか、絵空からの介入が入るとは思わなかった。近くに誰も居ないことは確認済みの筈だった、だろう」
「いやいやぁ、思わなかったこたないだろぉ? だって、ここらはアイツの管理区域だって話なんだろ。だったら、アレが手ェ出してくんのも普通じゃねーの」
「そうだが、人払いは上手くいっていた筈だったんだ。クソ、しくじったな奴らめ」
「人のせいにする前に、自分のミスを探した方が建設的ってもんだと思うケドな、俺は」
丹代は目を細め、拳を固く握った。
「黙れ。自分のミスも、把握している」
「ほうほう、例えば? 中途半端にリスクを恐れて投入する戦力を雑魚一匹にしたことか? それとも、アレの介入の恐れがある学校近辺で襲ったこと? それかそれか……」
「黙れッ」
夕部に詰め寄って睨み付けた丹代。しかし、夕部はヘラヘラと笑みを浮かべて見下すだけだった。
「あいあい、権力の犬の犬は黙っておりこうさんにしときましょうかね」
「……」
険悪な雰囲気に落ちるその場だが、それすらも楽しむように夕部はやはり笑っているのであった。
♦……side:宇尾根治
絵空に腕を引かれて、その場から走って去ることになった僕は、漸く足を止めた絵空に安堵の息を吐いた。
「はぁ、は、速いよ……ふぅ」
管理局の手による襲撃ってことだろうから、力を使う訳にもいかずに素の力で走らされることになってしまった。流石に、こんなに全力で走ったら僕も息切れくらいしてしまう。元々の体力はクラスでもトップクラスに無いくらいだからね。流石に女子よりはあったと思いたいけど、それも怪しい。
「仕方ねぇだろ? 追われちゃぁ、落ち着いて話も出来ねぇしよ」
「そうだけどねぇ……でも、助かったよ」
「だろ?」
「まぁ、うん。流石に助かったよ」
自慢げに頷いて来る絵空に言い返したくなった僕だが、かなり助かったのは事実なので、僕もまた頷くしかなかった。
「それで……記憶処理、なんだが」
「え゛」
僕が鈍い声を上げると、絵空はくすっと笑った。
「冗談に決まってんだろ。それに、お前に記憶処理したところで意味ないしな。なにせ、元から魔術士だ」
「あはは……でも、魔術の記憶をそもそも消したら魔術士だってことすら忘れちゃうんじゃないの?」
「どうだろうな……そこまで深くに定着した記憶をこのデバイスだけで弄るのは無理があると思うぜ。飽くまで、このデバイスによる記憶処理は直近の記憶の操作だとかその程度じゃねえかな。任務後に目撃した一般人の記憶を処理することを想定した機能だからさ」
「なるほどね……そんなに、万能って訳じゃないんだ」
僕が言うと、絵空は首を振った。
「いやいや、死ぬ程万能ではあるぜ? 何でも出来るが、その出来ることの性能に上限があるってだけでよ。そこらのヘボ魔術士でも、これを使えば一気に普通以上ってレベルまでパワーアップ出来ちまうような代物だ」
「へぇ……」
確かに、この前に戦った女の管理局員の人はこのデバイスにかなり頼った戦い方をしていた。それで、普通の魔術士なら制圧出来るって言うなら確かに物凄い道具なのだろう。
「それで、だが……」
「うん」
絵空は少し悩んだ末に、口を開いた。
「どうする? どうやら、完全に管理局はお前を敵として処理しようとしてるらしいが」
「そうだね。僕は、完全に奴らの敵だ」
でも、そんなことは最初っから分かってたことだ。ここに来て、それが顕在化しただけに過ぎない。
「僕に手を出すだけなら、別に上手く対処するよ。力は出来るだけは見せずに、ね」
「……出来んのか?」
「うん、出来るはず。上手くやればね」
「本当か……? もしあれなら、俺が出来るだけ手を回してやることも、出来なくはないが」
出来なくはない、ってことは絵空にもそれなりのリスクがあるか、若しくは確実性を欠いたりするような手段なんだろう。
「大丈夫。自信があるからね。来ると分かってさえいれば、大丈夫さ」
「お前がそこまで言うなら……って、あんまり信用できるような実績は無いんだよな」
「うっ」
確かに、僕は結構ポカするタイプの人間だ。絵空はそれを良く知っている。
「でも、大丈夫だよ。今回ばかりは、確実にどうにか出来る。やり方までは、ちょっと秘密にしなきゃいけないんだけどね」
「……まぁ、なら信じるぜ?」
「うん、安心して良いよ」
何せ、僕は全知全能なんだ。魔術を使わずに、その場を乗り切れなんて……訳ない。




