全知全能と刃を捉えるもの
傷の内側で、体の中で炎が燃えている。魔術の炎が、燃えている。
「消えろぉッ!!」
熱さに耐え切れず叫び、頬の中で燃え滾る炎を消し去った僕は、その余りの苦しみに目の前の男を睨み付けた。
「今までで、一番……苦しかったよッ」
人生で一度しか火傷したことが無い僕だが、手を一瞬焼いたのでさえアレだけ辛かったのだ。体の内側を直接焼き付けられる体験なんて、僕に耐えられる訳が無い。
「ちょっと、慢心してたかな……」
頬を切られた直後は、痛いけど全然耐えられていた。そのくらい慣れたもんだって高を括ってすらいた。けど、熱いのはもっと大変だった。ほぼ治したとはいえ、まだその焼け付く痛みが残っているような気がするくらいだ。
「もう、二度と食らってやらないよ」
角度的に、きっとここは敵の射手の狙撃範囲外の筈……ここで、先ずは黒刃の男を倒してやる。
「『超感――――」
バヂリッ、静電気が走るような感覚と共に、術式が崩壊して魔法陣が崩れ去った。干渉された。妨害してきたのは、黒刃の男……じゃ、ない!
「もう一人、居る……!」
魔術を消された。無詠唱以外の魔術は、妨害に専念している一人に邪魔される可能性がある。だけど、少なくともこれだけちゃんとした妨害をしてこれるってことは、僕の探知範囲内の中には少なからず居る筈で……
「どうした、見つからないか?」
「くッ!」
気配が無い。魔力の手がかりすら、掴めない。どこまで巧妙に隠せば、こんなこと……隠密に特化した弦義君ですら、ここまでの隠匿は難しいんじゃないか?
「死ね」
「ッ」
黒刃の男、その体が僕の目の前から消え去った。
「が、ぁァッ!」
後ろ、だッ!
「ほう、反応が良いな」
振り向きながら、僕はその刃を紙一重に躱す。避けることだけなら結構得意なんだよ僕は!
「その魔術、転移……かな」
「どうだろうな?」
そう濁してきた男だが、僕は半ば確信していた。転移の魔術だ。ただ、そこまでレベルの高い術って訳では無い。転移ってだけで高等ではあるけど、その中では優秀ではない術だろう。
恐らくは……
「短距離限定、それも、発動に溜めが必要な転移……でしょ?」
「……」
男の姿が再び消える。現れるのは、背後。左側。
「完全にタネは割れたと見るべきか……」
その転移の術の長所は、何度も発動できる程には消費が軽いこと、そして近接戦闘中でも発動出来るレベルに単純化されている点だろう。
しかし、その術の殆ど全てを見抜かれた男は溜息を吐き……再び、姿を消した。
「もう、その手には……」
今度こそ、反撃だ。黒刃を躱しながら、男の腹部に拳を叩き込んだ僕は……それが、呆気なく擦り抜けて行くのを見た。
「ぇ」
マズい。そう、気付いた時にはもう遅かった。僕の首に振り下ろされた冷たい鋼の刃が、既に触れていた。
「な、に……?」
声が聞こえる。同時に、状況を看破したことで幻影が解けていく。僕の首に触れる黒い刃と、それを振るった姿勢のままで呆然としている男が見えて来た。
「やられたよ」
幻だったんだ。転移の能力を読み解いたと思って、最も油断したその瞬間を……僕が正に攻めに出るその時を、逆に狙われたんだ。見事なやり口だ。これで、きっと何人も仕留めて来たことだろう。
認めよう、僕は負けていた。本気を出そうとしたけど、それすらままならずに負けていた。本来なら、それでおしまいだ。
「でも、ごめんね」
「何が……」
黒刃に力を入れ、尚も僕の首を斬り落とそうとする男だが、それは無意味だった。僕の身を護る、全知全能のバリアが命の危機を察知して、安全な状態で保っているからだ。
「これで、仕切り直しにさせて貰うよ」
僕は腹部に思いっきり膝を入れ、その衝撃に背を曲げた男の顔面にパンチをお見舞いした。後退る男に、僕は地面に手をつける。
「妨害はさせない」
魔力が僕を覆うヴェールのように地面から噴き出して、外から僕を覆い隠す。その間に、僕は小さく呪文を唱えた。
「『超感覚』」
一瞬にして世界の全てが遠くなり、緩慢になっていくように感じる。だけど、世界が遅くなっているのでは無くて、ただ感覚が研ぎ澄まされているだけだった。
「さぁ、やろうか」
魔力のヴェールが落ちる。そこに飛び込んで来た黒い刃を、僕は正確に捉えていた。




