全知全能と悪態
一夜にして、リストに纏め上げられていた組織の半数以上が壊滅した。残った組織もまた、同じような襲撃を受けることを恐れて尻尾を巻いていくばかりだ。
そうして、マズヴァイより遣わされた壮年の魔術師、エイデン・フォールスの組み上げていた包囲陣は崩壊したのだった。
「有り得ない……! 有り得ない話だッ!」
エイデンは、荒れた心中を隠しきれずに、拳を強く握り締めた。その内側から垂れて来た血を見て、エイデンは深く息を吐き出す。
「……クソめ」
怒り狂うことの無意味さを、当たり散らすことの無価値さを理解しているが為に、エイデンはそれ以上感情のままに振る舞うことも出来なかった。何度か深く息をして、呼吸を整えたエイデンは事務所の中をぎろりと見回した。
「おかしい。どうなっている? 私が受けた報告は、本当に全て真実ということで良いのか? 今ならば、全てが嘘だと言われても許してやる」
その方がマシだからな、と心の内で付け加えたエイデンだったが、事務所の中の面々は誰一人として口を開くことはしなかった。
「……そうか。だろうな。分かっていたとも」
エイデンには作戦があった。いい加減に、足並みを揃えず功を急くか日和見で静観するだけの組織達を、尻を蹴って一挙に纏め上げ、御岳相談事務所を壊滅に追い込むという作戦が。
幾ら支配者の恩寵を受けていようとも、それだけの絶対的な戦力差があれば作戦は成功する、筈だった。
「まさか、その前に……こんなことが、起きようとはなッ!」
エイデンは再び煮え上がった怒りの感情を抑え、怯えの表情を浮かべる部下たちを鬱陶し気に睨む。
「そもそも、誰だ? 何なんだ? 誰が、アレだけの組織を一日足らずで壊滅させられる? 支配者か? 支配者とて、もう少し苦労はするか綺麗には行かないだろう。だったら、アレは何なのだ?」
「でぃ、ディー、と……名乗っていたようです、が」
鋭いエイデンの視線を受けた男が、怯えながら答える。しかし、返されたのは不快げな目と溜息だった。
「名などを聞いている訳では無いと、分からないか?」
「もっ、申し訳ありません……!」
「私が聞いているのは、そのディーとかいう奴は何者で、どこから来てどんな素性を持つ、どこに所属する人間なのかということだ。調査は、当然しているんだろうな?」
「は、はいっ、調べてはおります、が……」
言い淀んだ男に、エイデンはその結果を察した。
「芳しくはない、か」
「……どころか、一切何の情報も得られず……」
俯きながら答えた男だったが、エイデンは意外にも怒りは見せなかった。
「まぁ、良い。それもそれで、一つの情報だ。何の情報も無い人間など、居はしない。居るとすれば、顔や素性を偽っているか、若しくは誰も知る者が居ない遠くから来た人物かのどちらかだろう。外見的な特徴は無いのか?」
「黒い目と髪に、肌は浅黒く。背格好は高くはなく、ただ子供ほど低いという訳でも無かったと。性別は、声も顔立ちも中性的なようで、どちらかは判別しがたく……ただ、若くはあったようです」
「ふむ、日本人では無い、か……。その、ディーという名も本名をそのまま使ったという訳では無いかも知れんが、本当の名から取った名であるというくらいは可能性があるな。出身の地域についても、念の為に予想を立てておけ。素性を探れるきっかけになるかも知れないからな」
「はッ」
男が鍛えられた軍人の如く、鋭く返事を返したのは恐怖からだろう。その男もまた魔術士ではあるが、目の前の魔術師……エイデンには、その分野において全く敵わないことを理解している。
「しかし、何だ? 奴の目的は……復讐か? 悪を裁くだのなんだのと言っていたようだからな。それとも、やはり奴らの仲間なのか? だとして、これまで全く姿を現さなかったのは何故だ……?」
「……恐らく、ですが」
エイデンの考察に、目の前の男が恐る恐ると口を挟んだ。
「仲間の可能性は、低いのではないかと。彼らの仲間であれば、敵を殺さない理由は無い、でしょうから……」
「だが、襲撃にあった組織はいずれも私達の作戦の傘下にあった。と言っても、周辺の組織の殆どはそもそもが私の作戦影響下にあった訳だから、判別も付けにくいところではあるが」
「目標が復讐などであるなら尚更、私達と関わりの深い組織を狙う可能性も高くなるだろう、な……」
エイデン達と関係のある、つまりマズヴァイと協力している組織は、軒並み悪の組織と言うべきか……悪辣なやり方に手に染めている、邪悪な組織であったからだ。
「……厄介な事態になった、な。本当に」
エイデンは深く溜息を吐き、少なくなった選択肢を整理し直すのだった。




