全知全能と煩悶
幾つかの戦い方を試し、遂に満足した僕は地球に戻り、それから晩御飯を食べて裏世界でディーを呼び戻した。
「おいおい……知らねぇ間に、知らねぇ奴が仲間に増えてんな?」
「窓から入って来ないでよ、ユモン」
ガラリとひとりでに開いた窓を見れば、そこからユモンが入って来ていた。夜風の吹き始めた外に眉を顰めた僕は、窓を閉めるように顎で示す。
「大丈夫だっつーのよ。オレ様が誰かに見られたり聞かれたりするヘマをすると思うかよ?」
「思わないけど、ビックリはするだろ」
溜息を吐き、僕は真ん前に立っているままのディーに視線を移した。
「この子は、ディー。君なら分かると思うけど、ゴーレムだよ」
「まぁ、分かるが……オレ様の知ってるようなゴーレムとはかけ離れた、異形だな」
寧ろ人の姿をしている筈のディーを指して、ユモンはそう言い放った。
「異形? どこが、そう見えるの?」
「ぐっちゃぐちゃの、ごった煮だ。混ぜて、溶かして、一緒にしたつもりだろうが、オレ様から言わせりゃ……まぁ、何でも良いか」
「何だよ、そりゃ」
睨むように僕が言うと、ユモンはディーを真っ直ぐ見ながら答えた。
「何故か異様に負の要素が残っちゃ居ねぇのと、それと仕込んだ術式が良かったな。裁きの泥か。こいつの方向性を、それが定めてくれてるからな。そうやって一本筋が通ってくれちゃぁいるぜ。そうじゃなきゃァ、暴走なんてしててもおかしくなかったぜ?」
「ッ、ゴーレムの暴走……? でも、コアへの術式の書き方をミスらない限りはそんなこと起きない筈だって、ラクリオも」
「魔物の素材を使ってるんだぞ。石や金属なんかじゃねェ。元々は生きてた奴らの素材を、また別の形で動かしてるってだけなんだぜ? そりゃ、普通の魔物の素材ならそうはならねェだろうが……今回、テメェが素材にしたのはただの魔物のレベルじゃねェ。それも、混ぜてこねくって泥にしたせいで、命の源とでも呼べるような状態になっちまってる」
「……まさか、ディーは生きてる?」
その可能性に辿り着いた僕に、ユモンは首を振った。
「生きてはいねぇだろうよ。悪魔のオレ様はそこら辺詳しいが、こいつには魂もねェ。だが、中身が空の器は出来上がっちまってるってことだぜ。言うなれば、動く死体だな。いや、動く生体か? そりゃ普通か。でも、そうなっちまってるんだよ。魂こそ入っちゃ居ないが、自分で勝手に動いて、暴れ散らかすだけの怪物になり兼ねなかったんだぜ? 実際は、泥の魔術のお陰で……いや、そもそも泥の魔術のせいって部分も結構あるんだがな」
ぶつぶつと自分の中の考えをありのままに話すユモンに、僕は考え込んだ。目の前のディーは、ゴーレムは、確かに命では無い。魂は無い。生き物でも無い。
ただ、体も脳も内蔵も無事で、ただ心臓が止まっているだけの人間を……血液を流し込めば、今にも動き出すような人間を、死体と言って良いのだろうか。ただの、物体と見て良いのだろうか。
じっと、僕の方を感情の籠らない目で見続けている、ディー。
僕にはどうしても、それが分からなかった。
「……ユモン。つまり、ディーは生きてるの? 死んでる? それとも、ただゴーレムのままって思って、良いのかな」
「それでオレ様が何か答えたとして、テメェにとって意味があンのかよ?」
「ッ」
それは、その通りだ。
「まぁ、少なくとも……人間と全く同じ、感情ってのは無いと思うぜェ。魂とは関係なく、いや、関係なくもねぇが……そもそも、機能的にな。この泥の体は、要するに全ての生体素材を最小単位で構築し直して、スライムみたく必要な機能をその時に応じて再現するように作ってあるんだろ? その為の小さな司令塔が、身体中に散りばめられた小せぇコアなんだろうが……感情機能を、必要とすることってのが無いだろうしな。思考と計算の延長線上にそれらしいものがあるだけだろうよ」
「……そっか」
僕が頷くと、ユモンは僕の方を見た。
「それで、このゴーレムが……前に言った、特別な一体のゴーレムって奴で合ってるのか?」
「……うん。合ってるよ」
ユモンは少しだけその視線を、細めた。
「それで、どうすんだ?」
「……保留、だ」
それ以外に、無い。さっさと済ませようと、裏世界から一瞬にして呼び戻してしまったけど、向こうで話も色々聞くべきかも知れない。
「取り敢えず、今からあっちに戻って……」
「どうして、だ?」
それまでずっと黙りこくっていたディーが、口を開いた。
「我、は……裁く為に、生まれ、た……何故、目的を果たせ、ない?」
何故か、ディーから滲み出す威圧感に僕は言葉を吐けなかった。
「我は……悪を裁く為に生まれた存在だ。煩悶を与え、罰を下す。その為に、居る筈だ。私は、何故……目的を、果たせない? 主よ、問わせよ」
「……君が、望むなら」
僕は、唾を飲み込んで、その決断の正しさを夜空に小さく浮かんだままの月に尋ねた。




