全知全能と試しの泥
どこか美しくも恐ろしさのある中性的な人の姿に、その内面には断罪者としての素質を備えた泥のゴーレム、ディーは僕をじっと見つめていた。
「えっと、あの、性能試験に入っても良いかな?」
「構わな、い」
僕は頷き、手を伸ばしてそこにゴーレムを作り出した。宇宙に囲まれし天界の、無限に続く石畳の上に全長十メートルはあろうかという巨大な岩のゴーレム。
ディーは恐怖や怯えを抱くことも無く、それを見上げてからこちらを向いた。
「初めて、良いか」
「あ、うん……良いよ」
僕の言葉にディーが動き出すと同時、巨大な岩のゴーレムが轟くような音を上げながら動き出した。その巨躯から振るわれる大木のような腕は、真っ直ぐにディーに迫る。
それなのに、ディーは一歩足りとも歩みを止めはしない。その大腕が、自分の頭上に振り下ろされているのに気付いていても。
「……」
どろ、岩のゴーレムの大腕が融けるように泥に堕ちた。その泥と化した腕に混ざるようにディーはそこに手を伸ばし、入り込んで行った。
「凄い……」
岩のゴーレムが、乾いた泥のように、ぱきりと割れて砕けると内側から泥が濁流の如く流れ出した。その泥の中からディーが現れると、どこか不快そうな表情を浮かべていた。
「趣味では、無いな」
「……ん?」
「同じゴーレムを、殺すというのは……趣味では、ない」
「あ、そっか……うん、そう、だよねぇ……」
困ったように笑う僕に、ディーは溜息を吐いた。
「だが、別に構わない。意志も魂も無い、そんな存在であることは分かっている。斧が盾を壊すようなもの。道具で岩を砕くようなもの。例え同じ存在であったとしても、罪はない。裁きも無い……が、主の記憶の一部を引き継いだせいで人としての常識が、混ざっている。いや、術の頃から、か……」
同族殺しを罪と思う人としての常識と、相手がただの物体であるという理解が、相反してしまっているのだろう。
「……だったら、僕とやる? それでも、全然大丈夫だよ。それに、嫌だったら試験自体やらなくたって良いからね」
「主を相手に泥の力は使えない、だろう。それでも、良いのか?」
「うん。相手に向けるタイプの泥の力は割と今ので割と見れはしたしね。他の力を見るって意味でも良いんじゃないかな?」
僕は、ただのゴーレムよりかはずっと強い筈だしね……自分の体で性能試験をするのも、悪くは無いだろう。相手の実力を体感した方が、分かることもきっとあるだろうしね。
「ちょっと、待ってね……」
僕は無数の魔術を用いて己を強化し、バチッと己の手を叩いた。
「よし、どんと来なよ」
「行く、ぞ?」
ディーの姿が、その場から消える。現れたのは僕の背後、僕は振り返りながらディーの拳を一歩引いて避けた。
「強化の魔術……!」
魔術を使えるような機構自体は確かに作った。ディーは、成長型のゴーレムだ。頭が良いし、学習した魔術は確かに使えるようにはなる筈だ。だけど、これは……僕の記憶から得た魔術を、もう使ってるってことか?
「随分と、学ぶのが早いね……!」
「元々、魔術として生まれた身、だ。魔術そのものの、この泥が……人に、魔術の才覚で劣る訳も無い、だろう」
「それもそう……なのかなぁ!」
そういうもんか? でも、人間には得られないような知見を持っていることは間違いないだろう。魔術そのものが扱う魔術、だからか分からないけど、凄く無駄が無い。生まれたばかりの魔術士だなんて、全く思えない。
「だったら……」
僕だって、魔術士としての技ってのを見せてやる。幾ら魔術の申し子どころか魔術そのものが相手だとしても、まだまだ魔術士としては僕が勝っているだろう。
「『深緑地獄』」
跳び退いて僕が地面に手を突くと、そこに現れた緑色の魔法陣から緑が広がっていく。石畳をヒビ割ってその隙間に入り込んで、四方八方に成長して伸びていく。
「この、魔術は……」
知らないだろう。この魔術は、渡した記憶の中には無い筈だから。あっという間に視界全てを埋め尽くした緑の地獄は、全方位からディーへと躍りかかる。
「それに、難易度の高い魔術はまだ使える訳じゃないよね?」
「ッ!」
手を伸ばし、そこから魔力の弾丸を放った僕にディーが目を見開く。横に跳んで避けるも、そこには緑の魔の手が迫っていた。
「……ならば、全て」
ディーは足を止め、僕をじっと睨み付けた。
「泥に堕ちろ」
瞬間、ディーの足元から泥が湧き出すように。いや、ディーに迫る全てが泥へと変じていくように、周囲一帯が一瞬にして泥へと堕ちた。
「ッ!!」
泥の濁流と化して跳ね返ってくる緑の地獄、僕は手を伸ばし、赤い魔法陣をそこに生み出した。
「『赤烈焔波』」
真っ赤な炎が泥の濁流を迎え撃ち、その泥を焼き固めていく。だが、僕はその炎の波を避けて跳んでくるディーの姿を見た。
「……え?」
同時に、左右から迫ってくるディーの姿を。




