全知全能と帰還の島
スーネトナイル島。聖大陸の南西側に位置する島であるその地は、聖大陸侵攻の足掛かりとして魔王軍との闘争の矢面に立たされていた。
しかし、聖大陸周辺に浮かぶ無数の島が同時に襲撃されているという現状、また一部地域では大陸内部までも侵攻されているという絶望的な状況の中で、救援に向かうことが容易ではない遠くの島であるその地は、最早人類からは見捨てられていたも同然のものであった。
「……本当に、魔物共が死んでいる」
筈だった。現実には、そこに転がっていた筈の無数の人間の死体は無く、逆に魔物の死体が地面を埋め尽くすような勢いで転がっているのみであった。
「流石に建物はかなり壊れておるが……これならば、共和国に取り付けた約束にも間に合う筈じゃ」
「そいつは怪しいとこじゃねえのか、爺さん。向こうだって、こっちが生き残るどころか勝ち残るなんて思っても居なかった筈だぜ? 今回の調査団も随分と警戒した上でやっと出して来たもんだろうが」
「やめぇ、来て下さっとる方らの前でする話じゃなかろうが。それに、魔物共が実際にこうして屍の山となっておるのを見て報告して下されば、実際に理解される筈じゃ。どうせ、向こうに島の全員が移り住めるような余裕なぞ無かろうよ」
白髪の老人と、質は良いが地味な布の服を身に纏った男が話す。
「ま、そうだな。それもこれも、全部ルーシェ様のお陰ってのが情けないんだが……」
「全て、ではありません。話した通り……彼が私を助けてくれましたから」
幾つかの大型の船に乗ってやって来たのは六十人ほど。先頭で話していた男の言葉に、同じく先頭に居たルーシェが返した。
「いやぁ、そうは言いますがね……俺はルーシェ様の凄まじさを知ってるからこそ、信じられねぇと言いますか……」
「嘘ではありません。幻覚という訳でも」
「蒼剣殿がそのようなつまらぬ嘘を吐く訳も無い。アシェーム、信じておけ」
「分かっちゃ居るんだぜ? 分かっちゃ居るんだが……俺もメイジだからこそよぉ、信じられねぇんだよ。だって、大地を埋め尽くすようなゴーレムの群れに、でっかい龍を一撃で焼き尽くす炎の鎖、極めつけはルーシェ様の能力を何倍にも引き上げたって言う強化魔術だ」
アシェームと呼ばれた男の言葉に、後ろの方からも賛同するような声が上がった。それは、共和国より派遣された調査団の一人のものであった。
「私も蒼剣殿の言葉を疑うという訳ではありませんが、実際のところ話に聞いていたようなゴーレムの群れと言うのも見当たりませんし、それに本当にそんな御方が居られれば話も聞いたことが無いというのは不自然であるとしか……」
「……オポッサム、彼のことを疑われるのは気に入りませんが、信じられないという気持ちも分かります。しかし、彼も素性を隠したがって居りましたので、信じないというのであればそれで良いのかも知れませんね」
「まぁまぁ、魔術を使ってたんなら地道にやってけば痕跡なんかも見つけられる筈でしょー。私らがそういうの苦手なのが問題ですけど」
気楽そうに後ろから声を上げたのは、猫のような耳を生やした……所謂、獣人であった。寧ろ、調査団の人員には獣人の方が多いくらいであり、それは調査団を派遣した下の国である、ダダリオン共和国の特徴であった。
「簡単に言ってくれますがねぇ、こんな派手にやらかした戦闘の痕……いや、戦争の痕って言ったって良いようなこの場所を調べて一人のメイジの痕跡を見つけ出すなんざ、砂漠に落とした指輪を探すようなもんでしょうや。なぁ、そっちのメイジさん」
「……最善は、尽くさせて頂こう」
アシェームに語りかけられた調査団のメイジは否定こそしなかったものの、その歯切れの悪さはアシェームの言葉を肯定したのと同じようなものであった。
「お前達、気を付けろ。まだ息のある魔物が居ないとも限らん。それに、これだけの死体があり、魔力の渦巻く場所であれば……アンデッドが沸いている可能性も高い」
野太い声が響く。その声の主は、調査団のリーダーである虎の獣人であった。警戒を促す言葉と共に、その体の内側には煮え滾るような気が練り上げられている。
「いえ、アンデッドに関してはそこまで心配も無いかと思います。敵の部隊の指揮官である魔族が、瘴気を吸収することで自身を強化していたので」
「あぁ、例のバルティカーとか言った魔族か……かなり強かったんだろう?」
虎の獣人が聞くと、ルーシェはこくりと頷いた。
「えぇ、強かったです。それも……」
ルーシェの言葉が途中で途切れた。その原因は、視界の奥に見える何体ものゴーレム達であった。




