全知全能と黒き瘴魔
少し小高い丘のような場所から、僕は戦場を見回していた。僕の狙い通りに、レプリ達は魔物達を押し返し始めて、そして対応に来た魔族も跳ね返せているようだった。
「よしよし、上手く行ってる……」
僕はにやりと仮面の下で笑い、頷いた。しかし、僕が姿を消してしまったことでルーシェさんの方に負担がかかってしまっているようだった。僕を狙っていた魔族達はルーシェさんの方に戻り、木っ端の魔族は瞬殺の目に合っているようだったが、邪魔にはなっている。
「……少し、慣れちゃったかもね」
首が刎ね飛んでいった魔族を見ても、前ほどの衝撃や動揺は僕の中には無い。それでも、まだ僕が直接殺しに手を染めようとは思えないけれど。
「ッ、再展開!」
「グァォオオオオオオオオオオオオオォォォッッ!!!?」
大きなミミズのような怪物が地面から飛び出してきたので、僕はそれを呼び戻した炎の鎖によって貫いた。全身に甲殻を纏った強力な魔物であり、内包する魔力も中々のものに見える。最初には居なかったような魔物だ。出して来る魔物の質も、もう小手調べの域には無いということだろう。
「それよりも……」
ルーシェさんの方が心配だ。地上の争いはもうほぼ確実に僕らの勝ちだろうし、あとは上空で繰り広げられている異次元の戦闘のみだ。
「ほらッ、死になよ! 早くッ、諦めて死体になって僕に傅けッ!!」
「私はアンデッドにはなりませんよ」
「それを決めるのは君じゃあないだろォ!?」
「えぇ。ですが、貴方でもありません。私は、初めからそうですので」
黒い爪がルーシェさんを襲う。今の僕でさえ早いと感じられる攻撃だ。超感覚を始めとする魔術によって強化されている僕でさえも。
「そっかァ、そっかそっかァ……じゃあ、キミにはただの死体になって貰って終わりかなぁ?」
「いえ、このままでは死体になるのは貴方かと思いますが」
ルーシェさんが黒い爪を剣で往なしながら背後から近付いていた魔族を切り裂いた。そのままバルティカーの懐へと潜り込み刃を突き出したが、バルティカーの胸に独りでに黒い穴が開くと刃はそこを擦り抜けた。
「残念。そういう訳で、僕の本気を見せて上げるよ……そろそろ、さ」
バルティカーがそう口にした瞬間には、そこら中に転がる死体たちから黒い瘴気のようなものが立ち昇っていた。
「ッ、なにを……」
黒い瘴気は空まで昇り、バルティカーへと吸い込まれていく。それを見て嫌な予感を覚えたのか、バルティカーへと距離を詰め、剣を振るおうとするルーシェさん。しかし、渦から飛び出してきた二匹の黒龍と、未だ十数人と残っている魔族達がそれを防がんと立ち塞がった。
「だったら、僕が……」
殺すまでやらずとも、あの妙ちくりんな儀式を止めることくらいは出来る筈だ。僕は黄金色の炎の鎖を伸ばそうと手を向けて……
「ゲヒッ」
「ッ!?」
下卑た笑い声に僕は振り返り、そこに立つ人並みの身長をしたようなゴブリンに目を剥いた。人のように鎧を身に纏い、鋼鉄製の立派な剣を携えたゴブリンは確かな知性と意志を以って僕の首を斬り落とさんと襲い掛かって来た。
「邪魔だッ!」
僕は黄金色の炎の鎖を鞭のように振るって背の高いゴブリンを燃やそうとしたが、ゴブリンはそれを軽妙な動作で飛び越えて来ると、その鋼鉄の剣を思い切り振り下ろしてきた。
「ゲヒヒッ、ヒヒッ!」
その刃を、僕がもう片方の炎の鎖でそれを防ごうとするも……ゴブリンは鋼鉄の剣を上に弾くように手放して、着地と共に僕の腹を裏拳で打ち付けて来た。
「ご、ふ……ッ」
「ゲヒャヒャッ!!」
丘から吹き飛ばされて戦場に叩き落された僕はレプリ達に急遽防御陣形を取ってもらい、ゴブリンを睨み付けたが……不利を悟ってかゴブリンは背を向けて走り去っていった。
「今のは、魔族なのか……どっちだ」
もう、何が魔族で何が魔物か分からない。ゴブリンにしては背が高くて、頭も良い。だとしたら、僕はアレを殺さないことが正解なのか? あんな、憎たらしい敵を。
「……ぁ」
そんなことを考えている暇など、僕には無かった。そうだ、本来僕は……アレを、止めなければいけなかったのだ。
「――――二十魔将が一人、『黒魔』のバルティカー」
黒い魔力が、稲妻の如く空を割っていく。雲はその力を前に形を失い、黒く淀んでいく。
「思っていたより、多く死んでくれて助かったよ。彼には、感謝しないとねェ?」
「ッ!!」
どす黒い魔力に、瘴気と混じり合ったそれで身を満たしたバルティカーは、邪悪な笑みを浮かべて月の下、僕を見下したのだった。




