全知全能と魔の軍勢
咆哮と共に躍りかかった二匹の黒龍。ルーシェさんは冷静にその場から跳び退いて、空中にスタッと着地した。
「……あまり、力を消耗しすぎることはしたくないのですが」
ルーシェさんがそう言って、青く光の走る剣を構えた。力を消耗したくないってことなら、僕がやろう。
「行け」
二本の鎖がそれぞれ二匹の黒龍へと向かって行き……巨大な炎の鎖が巨大な龍を貫いた。
「「ギャァオオオオオオオオオオオンッ!!?」」
黄金色の炎と紫色の炎が黒龍達の体に燃え移り、あっという間にその炎は全身を覆い尽くしていく。身を捩り、魔力を溢れさせ、体を地面に打ち付けて火を払おうとする黒龍達だが、その炎は当然その程度で消えることなど有り得ない。
「……これ程、ですか」
結局、地面をのたうち回って塵も残さず焼失してしまった二体の龍だが、ルーシェさんは小さくそう呟き、バルティカーを名乗る魔族の少年は睨み付けるようにこちらを見ていた。
「ムカつく、ねぇ……キミみたいなの、さぁ!」
バルティカーの体から黒い魔力が滲み出していき、その翼や角、爪などの各所を覆って行く。
「僕の楽しみを邪魔するんじゃない……木っ端の癖に、メイジの片隅にも置けないような雑魚魔力の屑の癖に! だから、どうでも良いお前なんぞ放置してやってたってのに……どこで手に入れたかも知らないけどさ、そんな魔術の力に頼ってるだけで粋がって……あぁ、気持ち悪い」
バルティカーの爪がすらりと伸びて、その殺意がぞわりと僕の心臓を撫で上げた。
「当ててみろよ。その威力だけの鎖なんか、僕には当たりやしない。何も怖くないとも。キミのようなハリボテ、僕みたいな本物の強者には敵いっこないって教えてやるからさァッ!!」
バルティカーの姿が、そこから消える。瞬きの間には、僕の目の前に立っていた。
「邪魔者、偽物。少しは弁えなよ」
黒い魔力が溢れ出す。その悍ましさに、力強さに、僕はあの黒龍に感じたような死の恐怖を抱いてしまった。そして、その爪が真っ直ぐ僕の心臓に伸ばされるのに避けることも、防ぐことも出来ず……キィィン、と甲高い音が鳴って爪が弾かれた。
「させません。その方は、きっと人類の希望と成り得ます」
「だったらぁ、尚更僕らにとっては殺しとくべき害悪ってことになるよねぇ!」
「ッ」
「させない、と言っているでしょう」
尚も僕を狙って振るわれる黒い爪を、ルーシェさんが受け止めた。どちらの動きも、僕からすれば速すぎる。
「『超感覚』」
これを使うくらいで、きっと丁度良いだろう。あぁ、良かった。これなら流石に見えるよ。尤も、これだと動きが見えるだけで別に避けられたりはしないんだけど。
「あの方を殺したければ、先ずは私を超えることです。私が居る限り、その爪を彼に届かせはさせません」
「あァ……生意気だなぁ。人間って、やっぱり虫みたいで気持ち悪いし滅んだ方が良いみたいだ」
バルティカーがそう口にした、瞬間。未だ空に浮かんでいた黒い渦から更に黒い龍が顔を出した。次々と、その数は五匹にもなり……そして、地上にも同じくして空間が歪み、門が開き始めようとしていた。
「ッ……!」
「龍は僕がや、る……ッ!?」
僕の背後に、気付けばその男が立っていた。バルティカーでは無い。超感覚のお陰でギリギリ察知出来た僕は何とか突き出された腕を回避出来たが、そこに立っている男は僕を見下すように睨んでいた。
「この程度の魔力のメイジが、俺の前にのさばるとは……跪け。ひれ伏して死ね」
「さっきから、酷いなぁ……!」
メイジの片隅にも置けないだのなんだのって、そりゃ魔力量は少ないけど、僕だって魔術の腕前だけで言えば、それなりに悪くない筈だ。
「『暗影纏い』」
暗い影のようなものが僕の足元からよじ登り、そして力を齎した。ローブの如くそれを纏った僕は、足りていなかった速度を得たことで男の魔族の腕が振るわれるのを再び回避する。
「ちょこまかと……ッ!」
「『黒炎弾』」
跳び退いて距離を離しつつ、僕は魔法陣から黒い炎を放った。その炎は六つの拳大の火球に分裂し、そして男の魔族へと向かって行った。
「ほら、一生追いかけっこでもしてなよ。それ、ホーミングだから」
「き、貴様ぁ……ッ!」
そう仮面の下でにやりと笑った僕は、六つの黒炎に追い回される魔族を放置して空に跳んで魔術によって空中に留まった。これで漸く僕は二つの鎖を動かして黒龍を狩り始めることが出来る。
目を向ければ、ルーシェさんはバルティカーと数人の魔族、そして五匹もの黒龍に囲まれていた。
「あっははははッ、すばしっこいなぁ! 流石、英雄と呼ばれるだけはあるねぇッ!! クズばかりの人間の中でもずっとマシだよッ!!」
「上から称賛する余裕があるのならば、一対一で決着をつけるというのはどうでしょうか?」
バルティカーが爪を振るい、黒い魔力を刃として放つ。それを跳んで回避したルーシェさんに黒龍達が群がっていき……そこに二色の炎の鎖が伸びて、二匹の龍を貫いた。
「鬱陶しいな……おい、僕ら以外の奴はアレを殺してこい」
バルティカーの言葉に、複数の気配が近付いて来るのが分かった。次々に、ゲートから魔族が現れている。でも、そう簡単に行くかな。
「そっちが遊んでた間に……こっちは、結構準備を済ませたんだからさ」
君達が取るに足らないと思っているゴーレムは、既に千万体の域に達している。戦闘しながらだし、合体している個体も多いから単純に倍々ゲームとは行かないが、それでもここから更に増殖する訳だ。
「数の暴力、思い知らせてあげるよ」
こんな時の為に……って訳じゃないけど、特別に魔術を用意しておいたからね。




