全知全能と天冥炎鎖
身体強化の魔術を以って地を蹴って、宙に浮かべば無数の魔物の群れが見えた。地平線を埋め尽くすようなその群れは、正に雑多と言ったところでそこそこ強い魔物から大して強くない魔物まで……ただ、常軌を逸した強さの魔物は居ないように見えた。
「こんな量の魔物……」
ルーシェさんの話からして、この魔物達は小手調べ程度のものだろう。こんなの、どうやったって人類は魔族に勝てないんじゃないかって……そう思わされるような、絶望的な光景だった。
「だけど」
数だけで言うなら、こっちだって負けやしない。レプリが居るからだ。それに、ただの数の暴力だけなら……
「本気で使うのは、何気に初めてかも」
僕は魔術によって宙に浮かんだまま手を伸ばし、そして僕の背後に浮かんでいる二つの魔法陣……金色と紫色のそれを、手の平程の大きさから数十メートル規模まで巨大化させた。そこから伸びる大きくなった鎖は、数百メートルの長さを誇っている。
「さぁ、行くよ」
超巨大な二色の炎の鎖が、天から地に叩き付けられるように振り下ろされる。それ自体に重さによる質量攻撃の能力は無いが、それでも黄金色の炎は触れるもの全てを一瞬で燃やし尽くし、紫色の炎は近付く敵をバラバラと崩壊させていった。
「うん、悪くなさそうだ……」
問題は、最初に求めていた素材なんかが一切残らなそうなところだけど……どうせ、今のところは望んでいたような凄く強い魔物なんかは居ないし大丈夫だろう。
「うりゃっ」
鞭を振るうようにして、二本の炎の鎖を動かすと、数百メートルと伸びる鎖が大地を薙ぎ払っていき、避けられなかった魔物達は一撃で燃え尽きた。
「……オポッサム、出来るだけ魔力は温存した方が良いかと思います」
「うわっ!?」
後ろから急に現れたルーシェさんに僕は思わず声を上げた。ていうか、それどうやって空中に浮いてるんだ……?
「あ、うん。いや、分かってるけど……大丈夫だよ。この魔術、意外と燃費良いからね」
「本当に……? 膨大な魔力をその鎖から感じますが。それに、その規模の魔術で燃費が良いなんてことが、有り得るのですか?」
確かにそう思うのは分かるけど、この魔術にはからくりがあるんだ。それが、僕が良く使ってる理由でもある。
「ん、この鎖を作るには滅茶苦茶な魔力が必要になるけど、今はそれを呼び出して操ってるだけだからね。太陽が浮かんでくれてる限りは消えないと思うよ」
「……太陽の鎖、ですか」
「そうだね、こっちは」
僕はそう言って、僅かに巨大な黄金色の炎の鎖を持ち上げてみせた。
「では、もう片方の鎖は……?」
「こっちはまぁ、あの世と繋がってる感じだね」
『天熱、冥炎、無婁の鎖』、それがこの魔術の詠唱の一部だ。天熱とは太陽を、冥炎とは冥界を現しているんだろう。
「……オポッサム、貴方は神の使者ですか?」
「違いますけど」
「でなければ、どうやってそんな魔術を……」
「普通に、だよ」
こんな魔術、どうやって身に付けるんだろう。ていうか、そもそもこの魔術を単独で使うこと自体、本来は不可能だと思う。色々と経験を積んで来た今だから分かるけど、これは明らかに大人数による儀式でやっと発動できるような大魔術だ。
僕が使った時には必要な魔力が爆増する代わりに詠唱自体は簡易化したが、それでもかなり難しかった。全知全能式のトレーニングを受けていなければ、あの段階であんな魔術を使うことは出来なかっただろうし。
「……魔力の消耗も殆ど無しに、その規模の攻撃が可能とは……」
ルーシェさんは、少し俯いてから顔を上げて、僕の目を見た。
「もしかすれば、ここは私の死に場所では無いかも知れませんね」
「だからそう言ってるじゃん」
僕が咎めるように言うと、ルーシェさんはほんの僅かに笑みを浮かべた。
「……そう、ですか」
下げていた剣を構え、そして奥よりまだまだ来ている魔物の軍勢の方をルーシェさんは睨んだ。
「これから、魔族が大挙して押し寄せて来る筈です。私の首級を手にしようと狙っている魔族は少なくないようですから、相当な数が居ることでしょう。強力な魔物も引き連れている筈です。竜や悪魔のような存在が居てもおかしくありません」
その言葉はきっと真実だろう。功を急いて飛び込んで来た二体も、人質の僕が開放されたら直ぐに殺されていた。ルーシェさんを倒す為の戦力というのは、きっと膨大なものになる筈だ。
「それでも」
ルーシェさんの内側から、魔気が練り上げられていくことで存在感が溢れ出してくる。
「この戦い、勝ちましょう」
空の果て、雲の間から開いていく巨大な黒い渦を、ルーシェさんは驚きも恐れも無く睨み付けていた。




