全知全能と人の剣
天冥炎鎖。僕みたいなのが到底扱える訳もない、超膨大な魔力を必要とする大規模魔術であるようなそれを僕が自在に操っているというのは、魔力に関して深い造詣を持つ魔族達であれば違和感を持つに相応しいものだった。
「どうやって、そんな術を……貴様のような矮小の身で」
「失礼な人だね」
言い返した僕だったが、魔族というのは人に分類しても怒らないだろうか。結構、人間を見下している感じするけど。
「ウィルドー! 一旦退くぞッ!」
「ッ! あぁ、分かって……!」
空を飛んでいる大柄な魔族が影を操っていた魔族に呼びかけると、その魔族は影にずぶりと沈んで逃げ込もうとした……が、僕はそれを許さなかった。
「悪いけど、逃がしはしないよ」
「ッ、馬鹿な……!」
黄金色の炎の鎖が地面を貫いて、その影を焼き焦がすように照らし尽くした。光に消えた影に、逃げ場を失った魔族は僕を睨み付けるが、紫色の方の炎の鎖で自分を守るように囲んで牽制し返した。
「これで、先ずは二体ですか」
「ぇ」
ここからどうしようかと考えていた僕の目の前で、影を操っていた魔族の首がごとりと地面に落ちた。剣閃の下を見てみれば、そこにはルーシェが立っていて、その後ろの方では空から頭を失った大柄な魔族が墜落しているところだった。
「好機と見て隙を晒してくれたので助かりましたね」
「一瞬、で……?」
思わず疑問を声に出していた僕は、躊躇うようにルーシェの顔を見た。
「驚きました。まさか、貴方がここまでの魔術士であるとは……」
「いや、驚いたのは……僕、だけど」
今は、正直言って人の形をしたものが死んだことに対する恐怖よりも、純粋な驚愕や混乱の方が勝っていた。ルーシェの内側で渦を巻くような力……気と魔力が入り混じったようなそれは、完璧に制御されていて、洗練されている。本来、それらの力を混ぜて使うのは至難の業の筈だけど……それが出来ているお陰で、こんな意味不明な戦闘力を誇っているのだろうか。
「ここで死ぬつもりだったなんて、嘘……?」
「自分からそう言ったつもりはありませんが。ただ、そう考えていたのは……事実ですが」
剣をすらりと構え直すと、その気と魔力を混ぜ合わせたような力……魔気とでも呼ぶべきそれを、ゆっくりと解いていった。
「私の力も無限ではありません。魔力もいずれ、切れてしまいます。あのゴーレムのような高効率の吸収能力があれば良かったんでしょうが……人の身では、やはり限界があるということでしょう」
「あの、ルーシェさんって何者ですか?」
僕は、ここまででずっと浮かんでいた疑問を遂にぶつけることにした。しれっと増殖しているレプリ達が、今は魔物達を抑えてくれているから丁度良いだろう。
「クイオムニア=ルチェセカット。親しいものはルーシェと呼びます。貴方もお好きなようにどうぞ」
「あ、ありがとうございます……それで、その、何者かって言うのは?」
親しい人はってことは、あの大柄な魔族は当てつけみたいにルーシェと呼んでたってことかな。それに、それを知ってるってことは少なからずルーシェさんの情報を持っていたんだろう。
「……何者、と呼べる程かは分かりませんが、冒険者ギルドからは天晶級の座を戴いています」
「…………天晶級?」
考えた末に問い返した僕に、ルーシェさんはあっさりと頷いた。
「天晶級って言えば、あの……冒険者の中で一番、強いって言う……?」
「最も高い階級であると認識はしています」
「え、最強じゃん……?」
「ギルドに属さない者にも強者は数多く……それに、階級に反映されていない強者というものも十分に居りますので」
確かに、それはそうかもだけど。それにしても、天晶級は世界に数人しかいないってレティシアが言ってた筈だ。滅茶苦茶に強いこと自体は間違いないだろう。
「そんな人が、なんでこんなところで……」
「こんなところ、ではありません。この島の人々を逃す為には、必要な犠牲でした。人が居れば、人が生まれます。きっと、私のようなものを超える戦士も、またその中から……そうなれば、その人が今度はきっと魔王軍を切り開いてくれることでしょう」
「わ、私のようなものって……」
「私は、単に強く生まれるべくして生まれただけです。真の強者ではありません。人として生きることなど、望む意味も無い」
剣を構えたルーシェさんが、足を踏み出した。
「人の盾となり人を守って、人の剣となり魔を斬れれば、それで本望……故に、ここで死ぬことに抵抗はありません」
ゴーレムと魔物の戦乱の中へと、踏み込んでいく。
「待ってよ」
その姿が消える前に、僕もまた踏み出した。
「何で一人で戦うみたいな雰囲気か知らないけど、僕も手を貸すし、一緒に皆が逃げる時間を稼ぐつもりだよ」
「……言っておきますが、魔族はまだまだ残っている上に、強力な魔物も控えています。死ぬ覚悟を持つ必要があるのは私だけではありませんよ」
「うん。だけど、死ぬつもりで戦うのはナシにしよう。死ぬ覚悟があるのと、死ぬつもりなのは全然違うからね」
「……分かりました。貴方のことを守り切れるとは、限りませんからね」
ルーシェさんの言葉に、僕は仮面の下で不敵に笑った。
「大丈夫だよ。僕にはとっておきがあるからね、自分の身は自分で守れる」
「とっておき」
勿論、安心安全の全知全能バリアさんのことである。もし聞かれたら、魔術とは別の秘術とでも答えておけば良いだろう。うん。知らんけど。
「援護を頼みます。ア=オポッサム」
「あ、うん。オポッサムだけで良いからね」
言いながら、僕は地上では初めて二本の鎖を本気で振るうことにした。




