全知全能と焼けた大地
妹からの詰問を躱した僕は、異世界へと足を踏み入れていた。今日はイアビラの辺りでは無く、前にもゴーレムの実験の為に訪れたティッシア皇国の辺りに現れることにした。
例によって仮面を着けてマントも纏っている。ちょっと、威張れるような身長は無い気もするが不格好にはなっていないと願っておく。
「なんか、良い感じの素材になりそうな……おぉっと!」
僕の背後から飛び掛かって来た魔物を、飛び退いて避けながら確かめた。緑っぽい皮膚をした虎のような生き物。だけど、毛が短くてやけにツルツルしてるような……って、そうじゃない。
「さぁ、試させて貰うよ。キミの強さを……!」
ぱちりと手を合わせ、そこら中から沸き上がるようにゴーレムを生み出した。緑っぽい虎の魔物は怯えることも無く目の前の土塊の人形へと襲い掛かり、その腕を噛み砕いた。
「残念だ」
かと思えば、その土塊の人形の反対の腕で首根っこを掴まれて、地面に抑え付けられていた。
「ガ、ガルゥ……ッ!」
なんとか暴れてその拘束を脱しようとした虎の魔物だったが、その頃には既にゴーレム達に囲まれており、四肢と胴体を抑えられて……
「インスタント数体にも勝てないようじゃ、全然期待外れだね」
僕はゴーレム達に指示を出して、虎の魔物を解放した。殺しておくべき、かも知れないけど……あんまりにも力の差がありすぎて、ちょっとその気を無くしてしまった。
「もう、人を襲うなよ」
「ガルゥ……!」
言葉が通じた訳では無いだろうが、虎の魔物はこちらから目を離さないようにしながら後退して森の彼方へ消えて行った。これに懲りて、人間を襲うことを恐れてくれれば良いんだけど。
「うーん……やっぱり、ここらじゃちょっと足りないかもなぁ」
この前に戦ったあの土竜は亜種だか異常種だかだった筈だし、僕が考えているような魔物はここら辺には居ないんだと思う。
「ちょっと、場所を変えた方が良いかな……」
僕が求めているような、強い魔物が居る場所に行ってみよう。と言っても、いきなり魔王城だとかに飛ばされるのは話が違い過ぎるので、全知全能さんに任せて良い感じの場所に……
視界が入れ替わる。焼けた臭いが漂い、死臭と血の匂いと混じり合うような荒れ果てた大地に。
どこ、だ。どこなんだ、ここは……一体。どこに連れて来られたんだ? 僕は。
「……貴方は誰ですか?」
周りを見渡すと隣に女の人が立っていて、そう僕に声を掛けて来た。だけど、はっきり言ってそれどころじゃない。
「ごめん。それより先に……これって、どういう状況?」
見渡す限り、死体死体死体。人の死体は無いが、魔物の死体が掃いて捨てる程に転がっている。いや、死体だけでは無い。その死体の大地とも呼べるような荒野を踏みしめて、また魔物達がこちらに向かって来ていた。
「……魔族の襲撃です。貴方では、到底耐えられません。逃げられるなら、直ぐにでも逃げた方が良いかと思いますが」
言いながら、その女の人は手に持っていた青い光の走る銀色の剣を構える。直後、飛び込んで来た魔物達が一瞬で八つ裂きになってぶちまけられた。
「……ぇ」
見えなかった。何一つとして。剣を振るったところも、その血飛沫を避けたところさえも。
「これから、魔族が来ます。一体や二体ではありません。それに、木っ端の魔物では無く、力のある魔物を引き連れて来る筈です」
女の人は次々に襲い来る魔物達を、大した手間でも無いように僕を守りながら斬り裂いて行く。
「だから、逃げられるのならば今の内に逃げて下さい。尤も、今から走るだけでは間に合わない可能性もありますが」
そこで、僕は気付いた。この血の匂いと、死臭と、焼けた臭いと、それに大量の魔物の気配のせいで気付けていなかったことに、今更気付いた。この女の人の内側から溢れるような力というか、存在感というか……生命としての格の差に。
「どうして、こんなところで一人で戦ってるの?」
「それが、私の役目ですから。そんなことより、早く……あちら側に。北東部に逃げて下さい。時間が経つ程に、貴方の命の保証は磨り減っていくだけです」
女の人は、少し苛立ったように言った。当たり前だ。僕は、この人からすれば逃げるべき一般市民のように見えているんだろう。実際、物凄い格の差を味わっているところだし。どのくらいの差かと言えば、前に魔術士を覗き見ようとして味わった、あの謎の女性と同じくらい震えるような差を感じたかも知れない。
「じゃあ、これだけ聞かせて……このまま戦って、君は生き残れる?」
「勿論です。私が魔族に敗北することは、決してありませんので」
嘘だ。彼女は死ぬ気だった。緊急事態だから全知全能に頼って状況を理解したが、彼女はこの島から市民が逃げる時間を稼いでいるようだった。
「……一日一善、最近出来てなかったからね」
目の前の困っている人を助けるくらい、やらないと駄目だろう。




